波乱
昼食と、なぜかぎこちない雰囲気だったデザートタイムを終えて、ミュー達はまた峠の曲がりくねった道を進む。
大きな街道が整備されていなかった頃から存在するこの道は、以前はもっと石や木の根、へこみなどでガタガタしていたようだが、テラトラリアが農業国として発展していったことで少しずつ道が改善されて、今は大きな車も通れるほどの峠道となっている。
そしてしばらくしてから、その最も高い地点に辿り着いた。
そこには車を何台かとレンネ達を繋いでおけるちょっとした空間があった。その奥、木々の間に少し隠れるように木の幹をそのまま使った休憩所のような建物があり、その中にはちょっとしたテーブルや椅子、ベンチやお手洗いなどが設置された、見た目よりも快適な場所となっていた。何人かの商人達がそこで足を休めているようだ。
「ねえ、この峠って盗賊が出たりする危ないところなんでしょう?彼らはあんなに軽装なのに大丈夫なのかしら?」
ミューは心配になってアレイディアに聞いてみる。
「ああ、多分徒歩やレンネ一頭で運ぶような物は彼らは狙わないからね。単価が安かったり、手紙や荷物の類だったり、ここいらで採れる薬草だったりするから、彼らにあまりうまみがない。」
「へえ、そういうことね。」
アレイディアはチラッとミューを見る。
「でもそれは裏を返せば、俺達が乗っているような車は危ないってことだよ。最近は行きで使った街道ができたから、ここの被害もだいぶ減ってきたようだけど。それよりもミューは・・・やりすぎないように!というか今回はミトラ殿に任せておけばいいんじゃないか?」
ミューは、そうかしら?と少し戸惑い気味だ。思いっきり暴れたいんだろうか?とアレイディアは不安になる。
「君が暴れると後が大変そうだから、大人しくしておくように、妹よ!」
「・・・わかったわ、お兄様。」
納得いかない顔のまま、ミューは仕方なく頷いた。
休憩所でもベルミアは相変わらずミトラにまとわりついている。いい加減その様子をからかうのにも飽きたのか、アレイディアがコソコソとミューの様子を伺いにきた。
「ねえ、つかぬことを聞くけどさ、君はあんなにベルミアさんがミトラ殿にくっついているのを見て、何とも思わないの?」
ミューがああ!と小さく声を上げる。
「ああいう光景は見慣れているの。」
「え?」
驚いた顔のアレイディアに説明する。
「ミトラは昔から旅に出ればどこでも必ず女性に声をかけられる。一緒に私がいてもたいていの女性はお構いなしだし、彼女だとか奥さんだとか疑われても面倒なので放っておいてるの。」
アレイディアは絶句する。
「あれ?私また何か変なこと言ったかな?」
「ねえミュー。でも今君は、その、ミトラ殿の『彼女』みたいな立場じゃないの?・・・まあ、俺は不本意だけど。」
ミューはキョトンとした顔をした後、みるみるうちに顔が赤くなっていく。
(ん?気付いてなかったのか?)
「それは、でも、そんなことは・・・」
「・・・気付いちゃったら嫉妬しちゃうのかな?」
「え?」
「いや、なんでもない。」
ミューは少し考えているようだったが、ふっと微笑んで言った。
「私はね、アレイディア。確かにミトラにそれっぽいことを言ったこともあるけど、本当はそんなに気にならないの。だって彼が、私に対してと同じように他の女性に接しているのを見たことがないから。それで、答えになってる?」
アレイディアは口を開けたままフリーズした。
「・・・そっか。」
「そう。」
「俺、ちょっとその辺りを歩いてくるよ。」
「え?アレイディア!?」
ミューは心配そうにアレイディアの後ろ姿を見守っていた。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
休憩所の裏手にある細い獣道をふらふらと歩いていくと、アレイディアは少し下の方に川が流れている場所を見つけた。
あまりここまで人が来ないのか、辺りは草が茂り、枯れ葉に覆われている。だが、よく見ると近くの木々に傷がついていたり、枯れ葉が不自然に覆い被されているような形跡を発見した。
(なんだこれ?)
少し落ち込んでいたはずの彼の気持ちは、『赤き剣』の精鋭としての意識に切り替わる。
枯れ葉をどかしてみると、そこには引きずられたような車の車輪の跡が残っていた。しかもごく最近のものだ。
(まさか、ここから落ちた?)
低い崖のような高さのそこから川がある場所を覗き込むと、さほど大きくはないが、装飾の派手な車がかなり破損した状態で落ちていた。しかもごく最近?
(大変だ!!)
アレイディアはミュー達の元に戻ろうと振り返った瞬間、目の前の誰かに、後ろの崖へ突き落とされた――――