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星降る夜に君の願いを  作者: 雨宮礼雨
第二章 過去への旅立ち編
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ベルミアと不機嫌なミトラ

 ミトラはその日、終始イライラしていた。


 まず、朝からあのベルミアなる女性からしつこく個人情報を聞かれ、あれほど車には乗せないと言っていたにも関わらず、「もしお嫌でなければ・・・」なんてちょっと控えめに頼めば乗せてもらえるだろうという女を武器にした攻撃を仕掛けられ、さらに彼女に付き纏われている間にミューとアレイディアが「兄妹」設定を持ち出してイチャイチャと―――いや、ふざけているだけかも知れないが―――し始めている。


 もちろんベルミアを車に同乗させたりはしていない。



「ふぅー。」


 近くにいたミューだけでなく、少し前の席に座っていアレイディアにも聞こえるほどの大きなため息が車内に響き、ミトラの疲労感を如実に伝えていた。


「ミトラ、大丈夫?」

心配そうにミューがミトラを見つめる。


「大丈夫じゃない。」

「・・・」

「ミュー」

「はい?」

「手を握って。」

「え?ここで?」

「そう、ここで。」

「・・・」


 ミューはおずおずと手を伸ばし、向かい合わせの前の席からミトラの手をぎゅっと握った。


「これで大丈夫?」

ミューの上目遣いは本当に可愛い。でも彼女以外の女性にされても鬱陶しいだけだ、とミトラはつくづく思う。


「うん、ありがとう。ちょっと落ち着いた。」

「そう、よかった!」


 ミトラはミューの手の温もりをじんわりと感じながら、溜まったイライラを解消していった。



 そしてアレイディアは前を向いたまま、しばらく二人のいる方を振り返ることはなかった。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 ベルミアの車は二台に分かれており、ミュー達と同じでレンネが引いて移動するタイプの車だ。一台はベルミアと侍女、もう一台は少し大きめの車で、中にはたくさんの商品とそれを管理する二人の商会の人間が乗っているそうだ。


 ミュー達の車が先導し、順調に東側の峠に差し掛かる所まで進んできていた。そこは森の中でも少し開けた平らな場所だったので、一同はここで休憩を取ろう、ということになった。



 お昼近い時間帯だったので、外で食事を作ることになったミュー達は、ヒムノ村で購入した食材を使って料理を作っていく。


「へえ、二人とも手慣れてるんだな。」

アレイディアが感心している。

「そうね、何年も一緒に旅をしていた時期があるから。まあ簡単なものしかここでは作れないけどね。」

「・・・そっか。うん、楽しみだな!」

「ふふ、楽しみにしてて、お兄様?」


 ミューの手料理なんて食べたことないなあなどと思いながらふとベルミアのいる方を見てみると、彼女の侍女や商会の人達が食事の準備をしている様子が見られた。ベルミアは外にすら出ていない。


「あっちも何か作ってるね。」

「あら、お兄様、そっちの料理が気になるの?」

「いや、そういうんじゃなくて・・・」

「?」

「何でもない。俺も何か手伝うよ。」


 変なお兄様!と言いながらミューは作業に戻る。



 アレイディアは、これまで貴族として多くの着飾った女性達に会ってきた。全員とは言わないが、彼女らのほとんどは美しく、気品があり、女性らしさを大切にしていたし自分もそう感じていた。


 だがミューと出会ってから、彼女達を素敵だなと感じていた部分は、見た目だけじゃなかったんだと気付かされた。


 それぞれが努力し、工夫し、その華やかさを競い合いつつも、自分の装いや表情、立ち居振る舞い全てを楽しんでいる彼女達・・・その姿を美しいと感じていたんだな、と。


 だからベルミアの、何らかの目的のために作り込んだだけの、妖艶さを装った美しさに、アレイディアは何の感情も湧かなかった。


(いや、勝手に俺がそう思ってるだけで、本人は楽しんでいるのかも知れないが)


 そんなことを考えながらミューの姿を見る。


「君はいつでも美しいよ。」

「・・・突然何?お兄様、熱でもあるの?」


 ミューの視線が痛いがそれよりも遠くから来る視線がさらに痛い。


「せっかく褒めたのに!」

「せっかくって、そんな、別に褒めてって強制したわけでもないのに!」


 口を尖らせながら手際よく準備を進める彼女を、その自然体で何でも楽しむ彼女の姿を、改めて誰よりも美しいと感じた。


(あれほど覚悟を決めたのに、相変わらず重症のままだな)


 アレイディアは自分の気持ちを振り切るように準備の手伝いを始めた。




 ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇




 三人が昼食を終え片付けをしていると、ベルミアがこちらにやってきた。ミトラは不機嫌さがしっかりとわかる表情で、彼女に気付かないふりを装っている。


「ミトラ様!」


 ベルミアは何やら果物らしき物が載った皿を手に持って現れた。


「はい、何でしょうか?」

ミトラが渋々返事をする。


「こちらを皆様に召し上がっていただきたくて、持ってきましたの。ヒムノ村に入る前に手に入れた貴重な果物なんです。今が食べ頃ですし、とても甘酸っぱくて美味しいんですよ?」


 ベルミアから手渡された果物は、綺麗にカットされて何個かお皿に載っている。みずみずしいそれは、白い中にほんのりピンク色が混じった見たことのない果実だった。


「ありがとうございます。では三人でいただきます。」

「あの・・・もしよければ私も混ぜてくださいな!ご一緒にいただきましょう?」

「・・・」

「あ、じゃあ私お茶でも淹れますね!」



 ベルミアは、しなやかで爪の先まで綺麗に整えた白い手を差し出し、その皿をミトラに手渡す。


 頬が微かに上気し、大人の色香を醸し出しながらミトラにさらに近寄っていく。



 この場の男性陣でなければ、とっくに彼女の誘惑に落ちていたことだろう。そう思いながら再び悪戯心を取り戻したアレイディアが助け舟を、いや泥舟を出す。


「ぜひご一緒に!ベルミアさんのようにお美しい方とお茶をいただけるなんて嬉しいです。さあ、こちらへどうぞ!」


 ミトラの視線が先ほどの何倍も痛いが、ミューからは席を離して、ベルミアの席をミトラの近くにセッティングする。


「まあ、コーラル様、ありがとうございます!」

ぽってりとした唇が蠱惑的に微笑む。



(アレイディアはいったい何を楽しんでいるのかしら?)


 全く意図は読めないが、ミトラとアレイディアが何か水面下でやり合っていることだけはわかったミューだった。


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