予定外の遠回り②
街道封鎖の詳しい話を聞くためにミトラとアレイディアが階下に降りると、何人かの宿泊客が食堂に集まり、宿の主人の話を聞いているところだった。
「どういうことだ?なんで街道が封鎖になってるんだ!?」
「困るんですよ、どうしても急ぎ王都に戻らないと・・・」
ざわざわとした食堂内。各々が自分達の困った事情を話しながら、宿の主人に詰め寄っていた。
「いや、お客さん、私にもどうしようもないんだよ。どうも以前からやばい獣が街道沿いの森をウロウロしてるって噂があったんだが、二日ほど前に大きな雷が落ちてなあ、その獣に直撃したらしくて、その辺りに死骸が飛び散ってるって話だ。」
「別にいいじゃないか!俺らはそんなもの気にしやしねえよ!」
「おお、そうだよな!」
主人は、まあまあと両手で宥めながら続ける。
「そうじゃないんだ。その死骸に釣られてかなりの数の大型動物達が集まってきてて、興奮状態にあるらしい。今行けばどんな目に遭うかわかりゃしないよ!」
文句を言っていた宿泊客達の勢いが弱まる。
「まあ、どっちにしろこの辺りの兵士たちに止められちまう。北や東には抜けられるから、王都に戻りたいんなら一度東に出て、ここから南東の方にある峠を越えるしかないな。」
そしてそれまで黙っていたミトラも質問をする。
「南西のトキラの星宮に向かうのも無理でしょうか?」
主人は首を横に振り「駄目だね。南向きは全て村の入り口で封鎖されてる」と教えてくれた。
「どうします?星宮経由が無理なら、東の峠を越えないといけないらしいですよ。」
アレイディアが横目でチラッとミトラの表情を窺う。
「仕方ないですね、予定外ではありますが、峠を越えましょう。バングルの転送陣で流星宮に戻ってから王都に行くこともできますが、一旦あそこに戻ると多分私が捕まります。」
「え?誰に?」
「業務に、ですよ。」
「ああ、なるほど。」
二人の男達はこれから行くことになる面倒そうなルートを考えて、疲労感を感じずにはいられなかった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「あの、すみません!」
ミトラとアレイディアが部屋に戻ろうとした時、食堂の方から女性の声が追いかけてきた。
「ああ、先ほどの。」
「ミトラ殿、知り合いですか?」
「ええ、まあ。」
ミトラの表情を見て、ああ、きっと面倒な知り合いなんだろうなとアレイディアは察する。「じゃあ、先に戻りますね」と言うと見たこともないようなキラキラした笑顔で肩を掴まれた。
(やばい、これはまずい!)
「アレイディア殿、何を仰るのです?私達はもう仲間でしょう?」
「え、ええまあ。」
(これは断ったらダメなやつだな・・・。ミューがたまに悲鳴を上げてるのはこれか)
アレイディアは仕方なく貴族の子息である自分を取り戻し、
「初めまして、私はアレイディア・コーラルと申します。何か私達にご用がおありですか?美しいお嬢さん。」
と、爽やかに微笑んだ。
アレイディアのスマートな対応に勢いを削がれたのか、「ええと・・・」と、声をかけてきた女性はその場で話すかどうか迷っている様子だ。
仕方がない、とミトラが対応する。
「私に何かご用があってのお声かけですか?」
ミトラの声にブルネットの女性が少し困った顔で、
「はい、そうなんです!実はお二方とも、今食堂で街道封鎖のお話を聞いていらしたと思うのですが、私達もとても困ってしまって・・・」
と目を伏せる。
アレイディアは、「どのようにお困りなのですか?」と紳士的に尋ねる。
「ええ、私共はテラトラリア国内外で書籍や宝石などを扱う商売をしておりまして、今回急ぎで王都に届けなければならない品物があるのですが、どうやら東の峠は盗賊や乱暴な者達が多くいるとのことで、どうしようかと頭を悩ませておりましたの。護衛の者たちが訳あって居なくなってしまったので、それで・・・」
女性はとても自然な上目遣いと潤んだ瞳で二人に近付く。
「もし宜しければ、お強そうな皆様と、王都までご一緒させていただけませんか?」
ミトラとアレイディアは目を一瞬合わせて沈黙した。
(これは、ミトラ殿狙いかな?さっきの俺達の話も聞いていたみたいだし)
面白くなってきたとアレイディアは悪のりする。
「私達は構いませんよ。こんな綺麗なお嬢さんがそんな危険な道を行くのはさぞかし恐ろしいことでしょう。私達と一緒に移動すれば、安心して旅ができますよ。」
アレイディアが笑顔で女性に了承の意思を伝え、「ですよね?」と言いながらミトラを見て、彼の逃げ場を失くす。
ミトラは真顔になっていた。美形は感情が顔に出ない時が一番怖い。
「ほう。そうきたか。・・・わかりました。私達は明日の早朝には出発します。それでもよろしいですか。」
女性は目を輝かせてミトラを見ていた。
「まあ!ありがとうございます!王都まで、ぜひよろしくお願いしますわ!あっ、それと私はベルミア・デルーガと申します。王都にあるデルーガ商会、商会長の娘です。明日の朝、またお声かけしますわ!」
ブルネットのウェーブした髪を揺らしながら、香水の香りをふんわりとその場に残して立ち去っていった。
「ねえ、あれ、なんです?」
アレイディアが遠慮なく問いかける。
「知りませんよ。迷惑の塊です。ところであなたも随分と面白いことをしてくれましたね?」
ミトラの冷たい視線に、アレイディアは笑顔で対応する。
「そりゃ目の前で好きな人とあんな風にいちゃつかれたら、多少は意地悪したくなるのが人情ってものでしょ?」
「・・・」
アレイディアはあの怖い真顔をそれ以上見ないように、振り返りもせずミューの待つ部屋に戻った。