秘密①
ミトラが部屋に温かいお茶と共に戻ってくると、部屋の二人はソファーに座り寛いでいた。
「何かお話は進みましたか?」
とミトラが訊ねると、ミューが笑顔でかぶりを振った。
「いいえ、ミトラが来てからの方がいいかと思って、リンドアークの特産品のお話を聞いていたの。」
白い腕がティーカップに伸び、嬉しそうに手元に引き寄せた。
「我が国のお話を聞いていただきありがとうございました。それではミトラ殿も戻られたので、早速お話を聞かせていただきましょうか。」
真剣だがなぜか嬉しそうな様子のリンドアーク王が先ほどより砕けた様子に見えて、ミトラは微かな苛立ちを覚えた。だがそんな気持ちを微塵も感じさせないまま、もう一つのティーカップをソーサーごと王の前のテーブルに置く。
「『守り人』様お気に入りのこの里で作ったお茶です。どうぞお召し上がりください。」
ミトラはソファーには座らず、部屋の別の椅子に腰掛けた。ミューはその姿を横目にしながら話し始める。
「まず、私のことはモーラとでも呼んでくださる?」
リンドアーク王は一瞬考え、すぐにああ、と頷く。
「承知いたしました。・・・本名は告げられないということですね。」
「察しが良くて助かります。ではそのように。」
ミューは一口だけ温かいお茶に口をつけてから話し始める。
「私とミトラは、この星をある災厄から守る役目と、この星セトラが守りたいと願う星の民、自然、ここに息づくあらゆるものを管理し慈しみ守っていく役目を、それぞれ仰せつかっています。」
王は小さく頷き、黙って話を聞いている。
「ミトラは星の管理者。国を守る王達の統括として、そしてこの星や宇宙が与えてくれる大いなる力を調整する責任者として、セトラの民を守る為にここ流星宮で彼の役目を果たしています。」
「はい、よく存じ上げております。」
にっこりと微笑み、ミューが続ける。
「ですが恐らく私の役目についてはあまり知られていませんね。そもそも九星の王にしか名も知られていない。もちろんそのように情報を制限しています。だからこそここからは、真に極秘の話だと理解してください。」
「はい、誓約通りにいたします。」
ミューはカップをテーブルに置き、目を伏せる。ひゅうと小さく息を吸うと、王の目を見据え重い口を開いた。
「この星で『禁忌の力』と呼ばれるものは、元々この星のものでは無いのです。」
王はただ彼女の目を見つめたまま黙っている。続く言葉を待つ。
「なぜここに、どのようにそれが来たのかはお話することはできません。ですがその力の元となる“なにか”は、この星に遥か昔災いの星のように降り注ぎ、各地に大きな爪痕を残しました。」
ミューは再び目を伏せて続ける。
「その力の元はこの星のあらゆる物に融合し、その地の実りを妨げ、病を生み、民の心を引き裂いていきました。そしてたまたまそれを手にした一部の民が、私利私欲の為に力を悪用するといったことまで起こるようになったのです。」
王は腕を組み、考え込んだ。
「禁忌の力についてそこまで詳しい情報は初めて知りました。私達九星王が知っているのは、あり得ないほどの恐ろしい力だということ、その力を使えば使った者も使われた者も滅びの道を辿るということだけです。まさかあの力にそんな過去があったとは・・・。」
ミューはその様子を無表情で見守っている。
「私達が長きに渡り対処してきたので被害は相当減少し、今はどの国にも、民が多く暮らす場所にはほとんど残っていないことが確認されています。ですが少なくなったとはいえ、その脅威は過去だけでなく今も確実にここにあるのです。」
カップを再び手に取りミューは続ける。
「これまでは『禁忌の力』を生み出す物を見つけても大抵の者は触ることすら出来ずにいました。そして己の力の強さゆえにそれを使おうと画策した者達も、最後は自らの欲望に振り回され、その力に追い詰められ自滅していきました。」
冷めてしまったお茶を一口飲み込んでから、再び話し始めた。
「ですが今回は違う。強い意志と私達の想定よりも大きな力を持つ誰か、もしくは組織があの力に気付き、利用し、恐ろしい何かを引き起こそうとしています。」
ミューは静かに続ける。
「そして着実に力を付けつつある。それはゾルダークの王が担ぎ出されたことでより確信が持てました。ですがこの敵の姿が見えず、私達は圧倒的に情報が足りていない。そしてこれが、あなたの力を直接借りたかった理由です。」
ここまで一気に話すと、カップを握りしめたまま、彼女はソファーの背にゆっくり沈み込んでいった。