21 東洋から来た男は算盤を使いこなす?
「秋」は島国だと言った。
前世の日本は、『古事記』では「秋津島」と呼ばれていた。
ならば、この男は、「日本」に相当する国から連れて来られたのかもしれない。
だとすれば、ドワーフたちに作らせていた算盤を使いこなせるかもしれないのだ。
「佐吉さんは、会計の知識を活かしたいとおっしゃったわね?」
「はい。奴隷ではありましたが、その商家では、下働きだけではなくときどき帳簿をつける仕事を任されることもあったのです。奴隷として買われる前、秋の国ではもともと商人として働いていたものですから。
しかし、聖カトミアル王国に来てからは、この外見で差別を受けることも多く……。どれだけきちんと仕事をこなしても、奴隷の身分から這い上がることはできませんでした。むしろ、他の使用人たちから『奴隷のくせに、身の程をわきまえぬ不届き者だ』と言われて、虐めを受けることも多かったのです」
どんなにきちんと仕事をこなしても、奴隷の身分から這い上がれない。──その理不尽な社会構造に、私は前世の、非正規労働者だった時を思い出す。
しかも、佐吉の場合は外見による差別も、山ほど受けてきたのだろう。
「それは、大変な思いをしてきたのであろうな」
ヴィネ様の言葉に、佐吉は驚いたように大きく目を見開き、複雑な表情を浮かべながら頷いた。
「まさか、陛下御自ら、下々の者にそのようなお言葉を掛けられるなど……、聖カトミアル王国はもちろん、秋の国でも、考えられません。噂は本当だったのですね。
アヴァロニア王国では多数の種族が平和に共存していると聞いたものですから、逃げて来たのです。私は、先ほどの男性ほどの迫害を受けたわけではありませんが……昨今の情勢を見ていると、いつ自分も、異端だと迫害されるかわかりませんでしたから。そこで、今回の試験のことを聞いて、受験しようと参りました」
私は期待を込めて、佐吉に問う。
「そうだったのね。もともと、秋の国で商人だったということは、もしかして、佐吉さんは算盤も使えるのかしら?」
「はい、使えます」
「やはり、使えるのね! それは、頼もしいわ!」
「ほう、算盤とは、エレインがこの前ドワーフたちに作らせた珍妙な道具のことだな。我々には、あの道具の使い方や便利さは、一度説明を受けただけでは、さっぱりわからなかったが。そなたはあの道具を使いこなせると言うのか」
ヴィネ様も感心したような声を上げる。
ドワーフから試作品が上がって来た際に、ヴィネ様やセパルにも使い方を簡単に説明はしたのだが、一度のプレゼンテーションでは皆に理解してもらうのは難しかった。
算盤はその使い方を理解して使い慣れれば便利な道具であるが、習得するにはある程度の練習と時間が必要である。
そこが、計算機との大きな違いだ。
私自身が、算盤についてそこまで詳しい知識を持っていないため、上手に教えることができないということも影響しているだろう。
道具の試作品はできあがったものの、税務官吏たちがその使い方を覚えるまでには至っていない。
「聖カトミアル王国には、算盤を使った計算の仕方は存在していないようでしたが……、エレイン様は算盤をご存じなのですか?」
「あ、ええ……まあ」
前世の記憶について、初対面の人間にべらべらと語るべきではないだろう。
そう思い、私は適当に言葉を濁した。
しかし、算盤に詳しい人材が官吏に加わってくれれば、とてもありがたいことである。
算盤の教育に関しても、任せることができそうだ。
また、今後、国税改革を行うにあたっては、かなり緻密な計算や会計の知識が必要となる。
加減乗除だけ理解していれば済むというものではない。百分率や割合について理解していることは最低限の条件である。さらに、帳簿をつけられるような人材が必要だったのだ。
そして、この者の言う「秋」が、日本に当たるのであれば、おそらく他の国にはない、独自の方程式を使った計算方法も編み出されている可能性がある。前世で「和算」と呼ばれていたものだ。
石田三成のように計算を得意とする優秀な官吏は、今もっとも必要としている人材だった。
偶然か必然か、石田三成の幼名と同じ名を持つこの男性は、ステータス画面でも、ずば抜けた知性を持っていることが確認できる。
「ありがたいわ……試験の結果、期待させていただきます」
「は、はあ……頑張ります」
ステータス画面を盗み見られているとは思ってもいない男は、なぜ自分がそこまで期待されているのかわからぬといったように、きょとんとした顔で頷いた。
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