恋の大岡裁き
「リョウはあたしのものよ」
「いいえ、彼はモノじゃないわ。そして、私のことを愛してるの」
男は自分を巡って争う二人の女の横でうなだれている。しかしうつむけたその顔は、ニヤニヤと笑っているのだった。
「リョウ、あんたはどうなのよ、あたしとこの女、どっちを取るの?」
唐突に訊かれた男は、慌てて笑顔を引っ込め、困惑した表情を作った。
「え? いや、どっちを取るなんてそんな……二人とも好きだし……」
「そもそもあんたがそんなだからこんな羽目になってるんじゃないの!」
「ほら、ミハルさんもきつい言い方しないで。リョウイチさん、こんなきつい女より、私の方がいいわよね?」
ミハルと呼ばれた女がもう一人の女をにらみつけた。何か言ってやりたいのだが、怒りのあまり声も出ないといった体で唇を震わせている。
「いや……でも……」
リョウイチは困ったような笑顔を二人の女に交互に向けた。
「ほーら、こいつはこういう優柔不断な男なのよ。コヨリさんも嫌になるでしょ? あきらめたら?」
ミハルが気を取り直して言った。
「あなたこそ、そんなにリョウイチさんのことをひどく言うなんて、たいして好きでもないんでしょう? 手をお引きになったら?」
リョウイチはまたうつむいている。ほころびそうになる頬を、なんとか引き締めていた。女たちが自分の愛を争う。まったく、うっとりするようなシチュエーションだ。
「なんですって? あんたこそ、澄ましちゃって、情熱が足りないんじゃないの? だいたい後から来て、なに恋人面してるのよ!」
「あきれた。結婚してるわけでもあるまいし、後も先もないわ。問題はどっちが彼を深く愛してるかってこと。あんたなんかリョウイチさんの経済力目当てなんじゃないの? 私は家が裕福だからそんなことないって自信をもって言えるわ」
「あんた、最初はリョウを相手にしてなかったくせに、あたしと付き合いだしたら横からしゃしゃりでてきたんじゃないの、この泥棒猫!」
冷静だったコヨリもさすがに顔色を変えた。
「泥棒猫とは何よ! そもそも飲み屋の女風情が、一流商社員のリョウイチさんと付き合おうなんてのがおこがましいのよ! だから私が救ってあげたようなものよ」
だんだんエキサイトする二人に、リョウイチも本当に困惑してきた。
「あら、職業差別とは、ひどい性格してるわね。あと、救ってあげた、だなんて、いやらしい。本性を現したわね。そりゃ、一流商社のOL様かもしれないけど、リョウ、こんな女でいいの? 苦労するわよ」
今度はコヨリがミハルをにらみつける番だった。リョウイチはここで仲裁に入るべきなのだが、そして本人もそれはわかっていたのだが、どう止めればいいのかがわからなかったので、ただおろおろするだけなのだった。
「まあ待たれよ」襖が両側に開き、向う側にいた大岡越前が言った。「ではそなたたちが両側からリョウイチ殿を引っ張り、勝った方をリョウイチ殿の妻として認めよう」
ミハルがリョウイチの右腕をつかんで引っ張ると、コヨリは左腕に飛びついて引っ張り始めた。
「痛い! 痛いよ! やめてくれ!」
リョウイチは泣き声を出した。
「我慢しなさいよこれくらい!」
「情けない声出すんじゃないわよ!」
二人の女は容赦なく引っ張り続けた。いつの間にか、大岡越前が両足を抱えて引っ張りに参戦していた。
「うわあ、痛い、痛い! 痛……い……」
ブチッ!
リョウイチの体が、三つに裂けた。右腕と顔、腰までをミハルが、左腕と腰までをコヨリが、そして腰から下は大岡越前が持っていた。
「よろしい、ミハル殿はリョウイチ殿の顔を、コヨリ殿は心臓を、それぞれ自分のものとされよ。ミハル殿は財産を受け取り、コヨリ殿は心を受け取るということである。この大岡は、これこの通り、下半身をいただこう。これにて三方リョウイチ得」
〈了〉