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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

しっかり短編

お前ともう一度笑いたかった

作者: 閑古鳥

 世界が滅びを迎えた。それは俺のような一般人には予期なんてできず、突然にこの世界から終わりを告げられた。夕方でもないのに空は紅く染まり誰かの悲鳴や何か爆発音がそこら中から聞こえてくる。俺は兄貴に手を引かれ、同じように父さんに手を引かれた少し年下の弟と一緒にその恐ろしい音の間を駆け抜けていくことしかできなかった。

「この向こうに緊急避難用のシェルターがある!!そこまで走れ!!」

「他の人達まで僕が助けてる余裕はなさそうかなっ……ちょっとそこの人達!!惚けている暇があったら走って!!シェルターまで走れば助かる筈だ!!くそっ……聞いてないかっ……」

 何もわからずただただ走り続ける俺とは違って兄貴と父さんは状況を少しはわかっているようだった。緊急避難用シェルターなんて見たことも聞いたことなかった。そんな物がこの街にあるなんて知らなかった。

「早く!!こっちだ!!」

 明るい茶色の髪を振り乱して叫ぶあいつは……あいつは大学の同級生のロイだ。いつもほわほわしていて緊張感の無いヤツだったが今は必死な表情でシェルターであろう場所へと案内を続けている。

「ロイ!どうしてお前がここに!?」

「説明は後だ!!早く入らないと次が来る!!ほら、入って!」

 ロイは数少ない正気を保った人を中へと案内していく。周辺に居る人も少しずつ意識を取り戻してきたのかその声に呼ばれふらふらとこちらへ歩いてくる。そんな光景を横目にシェルターの中へ入る。そこは無機質で機械的なだけどどこか人間味が残されたそんな場所だった。俺と弟は父さんに連れられて一つの部屋へと通される。

「ここ、一応僕らの部屋ってことになってるからここで待ってて。しばらく辺りも混乱してると思うから部屋からは出ないようにね。」

 そう告げて父さんと兄貴は外へとまた駆け出して行った。俺と弟は呆然としたままベッドに座り込んだ。今までのことは悪夢だとしか思えない。けれど確かに現実のことだと握りしめた手の感覚が告げている。何が起きたのか。そしてなぜ父さん達はそれを知っていたのか。何もわからない。ただわかるのは俺や弟は助けられたという事だけだ。






 数時間経ったのかそれとも数分しか経っていなかったのか。ぼんやりとしたままベッドに転がっていた俺の耳にアナウンスが入ってきた。

「あ、あー、聞こえますかー?」

 ロイの声だ。ちょっとぼんやりとしてふわっとした少し頼りない声。いつもと変わらない声に少し安心感を覚えた。今までの混乱した状況の中にいつもの日常が少し帰ってきた気がして深呼吸するように息を大きく吐いた。

「現在の状況を説明しますから、聞きたい人は大広間に集まってください。繰り返します……」

 どうやら説明をしてくれるらしい。こんな放送をしてるって事はもしかしてロイもこの状況を理解できているのだろうか?同い年なのに俺は理解できていなくてあいつは理解しているという事に少しもやもやした物を感じた。兄も父も知っていたのに自分には何も教えられていなかった。そんなに自分が頼りなかったのかと、そしてロイは頼りになったのかとそんな子どもじみた八つ当たりのような感情が浮かんできた。八つ当たりなんかしてもどうしようもないっていうのに。それでもやはり何も知らされていなかったことが悔しくて……悲しかった。





 この状況の説明があった。それはとても単純で簡単な世界の終わりの原因だった。

 初めにある国がとある兵器を作ったんだそうだ。それはとても強力で、その兵器一つで国一つが簡単に滅ぼせるくらいのものだったんだとか。こんな兵器を持っているとわかったらどんな糾弾を受けるのだろうか。それを恐れた上層部はその兵器を隠蔽しにかかった。その上層部に居たのがロイの父親だった。父さんの親友だったというロイの父親は父さんや他の友人と一緒に、この兵器がもしも使われた時の対策を考えた。兵器が破壊できないほど地下深くにシェルターを作り、避難場所を確保する。そして避難誘導やその後の説明ができるように、仲間達が世界中に散らばった。その準備ができて一年ほどが経った。ある国の内部では兵器を使おうとする奴らと兵器を壊そうとする奴らで戦争が起きていた。兵器の起動キーを持っていた奴は恐らく殺されて、兵器を使おうとする奴らに兵器と起動キーが渡った。一つでもかなりの破壊力があった兵器なのにその国には百をゆうに超えるほどの兵器があった。兵器は簡単に発射され、兵器を作った国も巻き込んで世界を滅ぼした。これがその顛末だ。誰も救われない結末だ。

 避難シェルターに避難した人はそこまで多くはないらしい。まあ、当然だろうな。兵器の直撃を受けた場所は何も残っていない。映像で見せてもらったがビルの立ち並ぶ街並みが、何も残らない荒地に変わってしまっていた。直撃しなかったエリアでもあんな混乱の中ではまともに避難できた人の方が少ないだろう。

 俺はまだいい方なんだろうな。無事にここまで生きていられている。親も兄弟も生きている。けれど……これからシェルターの中で暮らしていかなくてはいけないのはやっぱり気が滅入る。狭い空間の中、娯楽もほとんど無い空間でいつまで続くかわからない避難生活だ。それでも生きていくしかないんだろう。だって自分はまだ生きている。もちろん死にたくもないしな。せいぜいこの中での生活がいいものになるように祈りを捧げるとしようか。

 どうかこのまま何も起こらず平穏に過ごせますように。





 ふらふらと覚束無い足取りで雪を踏みしめて歩き続ける。先のほとんど見えない吹雪の中をただひたすらに前へと足を進める。落ちそうな意識を必死で奮い立たせ一人ぼっちで先を目指す。兄貴も……父さんも……弟も……みんなあの事故……いや…事件ではぐれてしまった。

 シェルターの爆発事故……いや爆破事件。事故が起きるような状況じゃなかった。爆発現場の近くには燃料も発火するものも何もなかったはずだった。それなのに爆発は起きた。誰かの悪意によってあのシェルターは崩壊した。爆発から生き残った避難民は複数あった入口から散り散りに外へと脱出した。

 けれどそこは死の世界だった。暖かく照らしてくれる太陽は分厚い雲に隠れ、ただ深々と降り積もる雪だけがある世界。空気は汚染され、呼吸器なしでは息さえできない。そして異常な寒さに体力も奪われ休むことと死ぬことが同義のようなそんな場所に世界はなっていた。

 俺と同じ場所から脱出できたのはロイだけだった。兄貴も父さんも弟も……爆発より後にみんなの声が聞こえたからきっと爆発からは逃れていたと思う。けれど……もう一度会えるかさえわからない。逃げた場所なんてあの状況では確認できなかった……。それにこんな世界に突然放り出されたんだ。もう生きているかどうかさえわからない。

 そして……あいつは……ロイはもうどこにも居なくなった……。

「ボクはもうここまでだ。だからここに置いていってくれ。」

 あいつは最期まで笑っていた。壊れた腕はぶらりと垂れ下がり足はその大部分が欠け顔にはヒビが入ったそんな姿でも笑っていた。

「君は先に進むんだ。大丈夫。君ならきっとたどり着けるから。」

 あいつのその言葉を胸に抱いて。あいつの遺したレーダーを頼りに。ただあいつやみんなの生きた証を無駄にしたくなくてひたすら前に進んだ。足を止めるな。眠ってはいけない。先へ。先へ。前へ。前へ。進め。進め。生きて。生きて。ここから先へ。レーダーの小さな目印だけを見て。それを目指して歩き続ける。




 前へ前へと進み続ける。どのくらいの時間が経ったかなんてもうわからない。一時間かそれとも一週間か。もう感覚もなくなりかけて意識も朦朧としてきた。ふと顔を上げるとその先に小さな光が見えた。儚い光だ。だが人の生み出した光だ。やっと辿りついた。ここまで辿りついた。シャッターを開け幾つもの扉を開き中へと入る。周囲の温度が徐々に高くなり感覚が次第に戻ってくる。ガチガチと歯が震え音を立てる。

「ようこそ。トム・アーノルド。ボク達は君を歓迎しよう」

 目の前にあいつがいた。

「ロイ……スミルノフ……」

 その言葉を最後に意識が落ちた。





「おはよう。トム・アーノルド。意識は戻ったかい?」

 目が覚めるとあいつが居た。あいつではない。あいつであるはずがない。混乱する頭ではもう何も考えれずただただ呆然と彼を見つめていた。俺が起きたことを確認した彼は口を開いた。

「はじめまして。トム・アーノルド。ボクはロイ・スミルノフだが君の知っているロイではない。うーん何て言えばいいんだろう……」

「……っ……同……型………機……」

 そうだ。そういうものがあるとあいつは言っていた。

「ああ、その事は聞いていたんだね。そう。ボクはここのシェルター担当のNo.1036。君の知っているロイはNo.5だ」

 あいつは言っていた。「ボクはアンドロイドなんだ」って。「同型機としてボクと同じ姿の子達がたくさん居るんだ……なんだか不思議な感じだけどね」って。ふわふわと笑いながら楽しそうにそう言っていた。「兄弟が居ればこんな感じなのかなぁ」ってそう穏やかに笑っていた。

「同じ姿の人物が居るだなんて気持ちが悪いだろうけど少しだけ我慢して欲しい」

 そんなことあるわけない。あいつはあんたを兄弟みたいだと言っていた。弟なのかなと言っていた。そんなあんたを気持ち悪いだなんて言うもんか。

「大丈夫。ボクは一年後自壊するから安心して。」

 彼はそう言って微笑んだ。あいつと同じふわふわとした笑い方だった。

「違っ……そうじゃな……っ……」

 そうじゃない。そうじゃない。俺はあんたに会えて嬉しかったんだ。俺の知っているあいつじゃなくても俺を知っているあいつじゃなくてもまた会えたのが嬉しかったんだ。



 ただもう一度お前と笑いたかったんだ。



 なのにそんな悲しいこと言わないでくれよ。






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