第7話「裏切り者は白(シラ)を切る」
__カランカラン。
喫茶店にあるような、扉の上にある少し高めの音のベルが響いた。
「いらっしゃー……あ!?ザキエル!」
「ザキエル!?無事だったのかよ!」
中は雑然としたバーのようで、カウンターから拘置所に捕まっていた男__ザキエルの仲間達が飛び出してくる。もう店は終わっている時間のため、一般人はいない。
仲間が驚いたように向かってくるのを見て、メアに操られている__メアの意向で少しだけ意識はあるが__男は少し口角を上げ、いつものように笑って言った。
「あぁ、無事だった。ほんとギリギリだったけどな」
「おいおいあの状況からどう逃げたんだ!?すごいな!」
「持ってた鉱石をばらまいたんだよ。あいつら政府は鉱石を蔑ろにできないだろ?その隙を突いた」
「なるほどな……」
相手が保護すべき物を囮に使うってのはなかなかやるな、と仲間達が感心したように頷く。
「でも見てくれよ、逃亡生活のせいで俺こんな痩せたんだぜ?」
「何言ってんだ、昨日の話だろ!」
「はははは!」
ザキエルはわざといつものように軽口を叩き、仲間達を油断させるために敵意が全く感じられない顔で笑った。
「悪い悪い。まぁせっかく無事に帰ってきたんだ、何か美味いもんでも食わせてくれよ」
「おう!悪かったなあの時逃げてよ!でも無事でよかったぜ!」
もちろん敵は完全に撒いたんだよな、と聞きながら気のいい中年の男がザキエルの肩に手を回す。
「おう。当然だろ?まさかこんなところまで連れてくるわけねえよ。上に殺されるのだけはまっぴらごめんだからな……」
「はは、確かにそうだな!ザキエルがそんなヘマするわけねえよな!じゃあ奥行って飲もうぜ!みんなもよ!」
「おう!」
「酒だ酒だ〜〜!」
完全にザキエルのことを忘れて酒を浴びるほど飲んでいたであろうに、まるで裏切っていないかのように振る舞う仲間達。そのままザキエルは引っ張られるように奥に連れて行かれて、静かに奥歯を噛んだ。
__この裏切り者共が。
〜*〜
「__見つけた」
バーの近くの路地裏で目を瞑って立っていたメアが、ぱちりと目を開ける。そしてアークがきちんとメアの話を聞いているのを確認し、もう一度目を閉じた。
「目的の場所は地下だね。扉のパスワードは4659と…………、37558……そこまでのセキュリティロックは2つみたい」
「OK。覚えた」
「さすが。頼りになるね」
一度聞いただけでパスワードを覚えたというアークに、メアは微笑と称賛で返す。
「なるほど、操った人との視界共有で突入する場所を事前に把握し、一気に奥に入ることを可能にすることによって、一般人へ危害が及ばないように、更にはスムーズに制圧できるようにした、と」
「そういうことだ」
アークとメアの会話を後ろからじっと見ていたキリィが、納得したように声を漏らす。それにアークは首肯を返した。
「できるだけ一般人は巻き込みたくない。銃くらいは持っていそうだしな」
「ですね。皮肉なことに、心の鉱石は規制が厳しい分儲かりますから……下っ端にも与える余裕はあるでしょう」
そう言ってキリィは心底嫌そうな顔で息を吐く。
キリィもサポートや護身の意味で銃を持ってはいるが、これは政府が持っている正規のルートで手に入れたものだ。裏のルートの物は弾が暴発する可能性が正規品よりも大分高く、市民がいつ通るかわからないこんな場所で発砲させるわけにはいかない。
__そう、例え自らの身が危険に晒されようとも、彼らは市民と心の鉱石を守るための最善の道を行く。
その覚悟が無い者に、鉱石刑吏特務官を名乗る資格はない。
「あぁ。……そうだキリサリー、勿論守るつもりでいるが、万に一つ俺達がお前を守れなかった場合、自分で身を守れる自信はあるか?」
「あります。銃相手なら」
キリィの迷いないセリフに、メアだけではなく聞いた本人であるアークですら少し驚きながら口を開く。
「お前が使える鉱石の効果か?」
「いえ。……あ、それも少しありますが、俺銃弾避けるの得意なんです。経験ですね」
「確かに銃弾は銃口から真っ直ぐ放たれる分、弾道さえ読めれば避けられるが……すごい動体視力だな」
「確かにすごいね。それならいろんな仕事場所でも一緒に戦えそう」
キリィの頼もしい発言に、アークは驚きメアは思わず微笑する。それに対しキリィは、少しだけ悲しそうに笑みを返した。
そのキリィの表情の意味は__まだ何も知らないアーク達にはわからないだろう。
「さて……じゃあ、行こうか」
一つ、小さな息を吐き出して。
暗い夜の街に、メア達は一歩踏み出した。
〜*〜