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第6話「その癖、その痣、その悲しみは」

「ここは……」


街を案内してもらいがてらまったりと歩いていたキリィだったが、他とは違う異様な空気を感じて立ち止まり、そして呟く。アークとメアの家から歩いて1時間と少し–昼食に立ち寄った時間は除く–の場所に、煉瓦造りのそれはあった。


「拘置所だ。先日捕らえた男がいる」

「なるほど。その男からもう一度情報を聞いてから出かけると?」

「……まぁそんなところだな」


アークの返答はキリィの予想とは違う煮え切らないものだったが、いちいちそれを気にしていては仕事にならない。自分はこの人たちの邪魔にならないよう、そしてあわよくばサポートできればいいのだ__そう自身に言い聞かせて、キリィはアークとメアに続いて拘置所へと入っていった。



「刑特のアーキルト・クロスハイリだ。連絡した通り、先日捕らえた男を__」


受付で手続きをするアークを眺めつつ、キリィは辺りを見回す。入り口には2人の警察官とセンサー、受付の横や、おそらく中にもたくさんの警察官がいる。さすが観光地付近に建てられているだけはある__キリィはそう感心していたが、何か違和感を抱く。あぁ、そういえば、隣にいる少女が動いている気配がないのだ。


「……」


いつも、と言っても直接話すのは今日が初めてだが、仕事先などで見かけたときは大抵明るく活発な様子で振る舞う彼女が、何故か今は暗い顔で俯いている。


「……メアリアさん?」


考える間も無く、いつの間にか心配するような声が自分の口から漏れていた。放っておいたほうが良かったのかもしれないが、何か嫌な予感がしたのだ。


「……、……あ、なに?どうかした?」

「いえ、ぼーっとしていたので大丈夫かなと……」

「あ、ほんと?全然平気!むしろ張り切ってて元気いっぱいだよ!」


__完璧な態度。それを見てキリィは、気づかれない程度に息を吐いた。きっとメアリアさんは、自分の気持ちを押し殺すのが上手いのだ。……心の機微に敏感な自分が気づくのがやっとなくらいに。


「……本当ですか?ならいいんですけど……」


なら、これでいいはずだ。


「うん!心配かけてごめんね!」


ほら。やっぱり完璧な答えが返ってくる。


完璧な答えを始めから持っている。



あなたは一体、どうしてそんな風になってしまったんだ?



「__メア、キリサリー。入る手続きが終わった。行くぞ」

「あ、はい!」

「はーい!」


思考を中断するように頭にすっと入ってきたアークの声で、キリィは考えるのをやめた。


深入りは、よくない。よくない。


自分に言い聞かせるのは、もはやキリィの癖になってしまっていた。


〜*〜


__ガチャ。


暗い檻の中で、扉の無機質な音が響く。


「では、ここで引き渡しとさせて頂きますので、あとはよろしくお願い致します」

「あぁ」

「それでは失礼します」


そう言い残すと、政府の職員は一礼して去っていった。


「…………」


__檻の中では、少し汚れてはいるがそれなりに整った格好をした中年の男がいた。


その痩せた顔には絶望と諦念と悲観と、__仲間に裏切られたのだというその事実だけが、しっかりと浮かんでいた。


そんな中メアは、ごくりと息を呑んだキリィと入り口付近で立ち止まっていたアークに構わず前に出て、


「……ねぇ、少しお話をしたいの」


そう言った。


「……もう全て話した」

「そうじゃなくて。私が個人的に、あなたと」


また事情聴取だと思っていた男が、その言葉を聞いて驚いたようにばっ、と顔を上げる。


「は、」

「嘘だと思う?でもね、本当だよ。だって私もあなたと同じだったの」

「俺と……?」


男は信じられない、というようにメアの姿を見る。メアは美しく可憐で、身につけているものも綺麗で全てを失った男とは何もかもが違う。


「そう。私も昔ある人に利用された挙句、こんな風に閉じ込められてた。でもね、どうしてもある人が許せなくてすごくすごく努力した。だから私はここにいるの」


メアは男に目線を合わせるようにしゃがむと、悲しそうに、でも優しい表情で言った。



「__あなたにも許せない人がいるでしょう?」



「……ッ」


男は苦虫を噛み潰したような表情になる。……何故なら、メアの言葉が図星だったからだ。


「だって、あなたは完全に見捨てられて囮として放って置かれてた。……どう?私に協力してみない?」

「……そうしたら?あいつらに復讐できるってか?」


男は馬鹿にしたように吐き捨てて言う。だが、メアはそんな言葉にも真剣に返した。


「そうだよ。私にはあなたが必要なの。あなたがいないとできないことがあるの。私なら、あなたを理解してあげられる。私なら、あなたを絶対に見捨てたりしない。……だから」


つらくて、悲しくて、美しい笑み。



「私に堕ちて」



__。少しの静寂。そして、笑い声。


「ハハッ、__それも、悪くない」


男がそう言った瞬間、メアの右手の甲と男の額が淡い紫色に輝く。そして複雑な紋様のようなものが浮かんだと思ったら、中に吸い込まれるように消えていった。


「なっ……」


__これは、まさか。


「メアリアさん、……“操作”使いなんですね」


お互いに仲良くなって話せということで、使える石の種類は政府からは聞かされていないため(もちろん例外はあるが)、キリィは初めてメアが操作使いであることを知った。


「うん。……私の使う石はそんなに良いものばかりじゃないから、幻滅したらごめんね」

「いえ!幻滅するなんてこと……それより、メアリアさん震えて……」

「っ!!な、なんでもない!先行ってるね!」

「メアリアさっ……」


まだ話したいことが、とキリィがメアの腕を掴んだ時、メアの着ていた長袖の服の袖が少し上がる。


「……ッ!!」


同時に、顔を歪めた。


そしてお互いに何も言えず、顔を逸らす。そのままメアは走るように去っていった。


「……アーキルトさんは、知ってたんですよね」


メアが昔利用された挙句閉じ込められていたこと。__メアの体に、今も残り続ける痣があること。


「あぁ」


__!!キリィは平静に答えるアークにカッと血が上って、アークの横の壁をガンッと叩いた。


「じゃあなんであんな傷つくようなことをさせるんですか!あなたなら止められるでしょう!もっといい方法があったんじゃないんですか!もっと他の方法があったんじゃないんですか!あんな、……っ!メアリアさんが傷つくだけじゃないですか!!」


叫ぶキリィの言葉を、アークはいつも通りの顔で受け止める。どうしてそんなに冷静でいられるのか、キリィはさっぱりわからなくて更に苛立ちが募っていく。


「アーキルトさんッ!!」



「……。知りたいなら、もっとメアから信頼される人間になれ。今日話したばかりの相手のためを想って、そこまで言えるお前ならできるはずだ」


目の前に立つキリィをさらりとかわし、アークは男の肩に手を置きゆっくりと立たせた。



「……あと、俺だって、ずっと冷静なわけじゃない」


怒りを抑えた思考で見たアークは、確かにどこか泣きそうな目をしていた。


__それを見たキリィの怒りは、すっと流れる水のように引いていったのだった。


〜*〜

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