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第5話「傷がある者同士」

「__そろそろか」


アークが書類を置いて立ち上がる。気配に敏感なアークは、例え雪が降っていようとも誰かが玄関先に来たということはなんとなくわかるようだった。もしくはアークの食卓での定位置が玄関に一番近い席であるから、雪を踏みしめる音が耳に届いたのかもしれない。


「メア、心の準備はいいか?」

「うん」


メアはアークの問いに間を空けることなく、しっかりと返事を返す。それを聞いたアークはゆっくりとした足取りで玄関に向かい、ノックする音を聞いてから扉を開けた。



そこに居たのは__。


「初めまして。鉱石刑吏特務補佐官として派遣されてきました、キリサリー・メディオールです」


__若さの残る顔立ちをした、しっかりと芯の通った目をしている茶髪の青年だった。少し色素の薄い黒い瞳を、迷うことなくアークとメアに向けてくる。


「……あぁ、よろしく。聞いてると思うが、俺はアーキルト・クロスハイリだ」

「私はメアリア・ムーテノルド。これからよろしくね!」


第一印象は良い。誠実そうな青年を見て、アークとメアは微笑を浮かべながら挨拶を返した。礼儀正しいところを見ると、まだ若いが確かに仕事はできそうである。


「はい、よろしくお願いします。お二人の役に立てるように精一杯頑張ります!」

「あぁ」

「ふふ、頼もしいね!」

「そう言っていただけると嬉しいですが、お二人程では……」


キリサリー __キリィは少し照れたように視線を逸らし頬をかく。その仕草は、キリィが補佐官の制服である黒い長いコートを着ていなければ、アークもメアも思わず微笑してしまうようなものであった。が、キリィの服装で仕事中であるということを嫌でも意識してしまうため、少しだけ口元が緩む程度だった。


「あ、敬語やめてもいいよ?私より年上だろうし」

「あ、いえ、お気遣いは嬉しいのですが、仕事ですので……。お二人を見るに俺が一番年上かもしれませんが、少なくともお二人に俺が認めて頂けるまでは、このままで」


キリィのその言葉に、アークとメアはきょとんと目を瞬かせる。キリィの誠実な態度に驚いたというのもあるが、それよりもう一つの発言のせいで驚きと笑いが抑えきれなかった。


「ふふ、あははっ。私は18歳だけど、ねぇ?」

「あぁ。俺はそんなに若く見えるか?」

「え、あっ」


キリィは何かを思い出したのか、申し訳なさそうな顔をして慌ててアークに謝罪した。刑特の歳や刑特前の経歴など、詳しいことは例えその刑特を担当する補佐官だとしても教えられないが、担当ともなれば大まかにはその人物の情報が与えられる。その情報をきちんと思い返した結果、アークは自分より歳上だということをキリィは理解したのだろう。


「俺は21歳で補佐官4年目なんですが、そういえばアーキルトさんは刑特7年目でしたね。16歳から働き始めたとしても22歳にはなってるはず……。すみません、かっこいいなと思っていた方達の補佐官を務められることになって、嬉しい気持ちと緊張とでそこまで頭が回らなくて」


この国__“クレトローネ”では、正式に働き始めることができる年齢は16歳だ。大抵は高等学校を卒業した18歳で働き始めることが多いが、家庭の事情や飛び級などでもっと早くに働き始める者達がいる。キリィの言う通り、アークは__同じくメアも__16歳から働き始めているのだ。


__始めから刑特に就いていた、とは限らないが。


「いや、大丈夫だ。年齢を間違えられることには慣れているからな」

「アークどう見てもぴっちぴちの10代だもんねー。まあ性格を知ったら、あれっもしかして20代?ってなると思うけど」

「そうですね、性格はまだ掴みきれてませんが、喋り方や雰囲気は凄く大人びてて……その、やっぱりかっこいいです」


キリィのその言葉に、アークは顔にぶわっと熱が集まるのを感じ顔を手で覆う。容姿や性格などを褒められると赤面してしまうのは、前も記したがアークの昔からの癖である。


「……わかった、わかったから、こっちに来て座ってくれ」

「あっはい!失礼します」


アークは玄関に近いいつもと同じ席に、メアはその右隣に、キリィは案内されたアークの向かい側の席に座る。キリィは初めての場所に若干落ち着かなさげにそわそわとしながらも、持ってきた革製の茶色い鞄から書類を取り出し、静かにアークとメアに差し出した。


「こちらが俺がお二人の補佐官になったという正式な書類になります。……と、もう一枚こちらが俺の大まかな経歴などを記した書類です。確認をお願いします」

「あぁ、わかった」

「はーい」


政府からの正式な書類というのは、一般には出回っていない紙やインクで作られている。そのため何年も刑特をやっている者ならば、紙質やインクの色、政府の担当官による印鑑などから比較的容易に本物かどうか判断できるのだ。


「……問題ないな」

「うん、アークが言うなら間違いないね!……あ、私飲み物入れてくるけど、キリサリーはコーヒーか紅茶どっちがいい?」

「あー、えっと、……」

「なんだ?苦手なのか?」


口籠るキリィにアークが問うと、いやそうじゃないんです、とキリィは否定する。


「コーヒーも紅茶もどちらも同じくらい好きなので悩んでしまって……」

「あぁなるほどな。なら、今日は紅茶にするといい」

「このクッキー、紅茶にすごく合うんだよ!」


食卓の上には来客用にと綺麗なスクエア型の、いろいろな種類の花が一枚一枚描かれているオシャレなクッキーが置いてあったのだ。勿論それはキリィ用で、後で勧めるつもりだったが、ちょうどいいためもう今勧めることにしたようだ。


「ああそうなんですね。では紅茶を頂きます」

「うん!ちょっと待っててねー」


キリィの返事を聞いたメアはぱたぱたと台所へ駆けていく。残されたアークとキリィの間にはほんの少しの沈黙が流れたが、その沈黙は書類に書かれたあることを見たアークによって絶たれた。


「キリサリーはワインで有名な地域の生まれなんだな」

「……!」


アークにとっては何気ない一言だったがキリィにとってはとても嬉しい話題だったようで、キリィはぱあああと顔の周りに花を散らせ口を開いた。


「はい、そうなんですよ!もしかしてアーキルトさんワイン好きなんですか!?俺すごくワインが好きでよく飲んでるんですけど、特にフィリーっていうワインがすごく美味しくて__」


マシンガンのように早口で喋り続けたキリィだったが、アークの驚いた顔を見てあっ、と口を噤む。急にこんな話をされて困ってしまったのかもしれない。ああ失敗した、とキリィは自分の失態を嘆く。__が。


「ふ、……キリサリー、お前は俺の昔の知り合いによく似てるよ」


キリィの焦る心とは裏腹に、アークはとても穏やかな心持ちだった。



__「アーク!」



あの元気で優しい大好きな親友を、思い出せたから。


「……今度、俺のお勧めのワインを用意しておく」

「っ、いいんですか!?」

「あぁ。一緒に飲もうか」

「やった!ありがとうございます!」


アークはあまり酒は飲まないが、嬉しそうに笑むキリィを見ていると……こいつとならたまには一緒に飲んでもいいなと、そう思ってしまった。



そこで一旦互いに話を切り、浮ついていた気持ちを仕事モードに切り替える。


「そういえば今日少し大きな仕事があるんだが……」

「ああ、例の政府が追ってる組織の尻尾を掴んだんですよね。それ関係ですか?」

「そうだ。……舐めているわけではないが、今日の仕事は随分と余裕があるはずだ。だから、……キリサリー、お前も来い」

「は、えっ!?」


キリィは驚きのあまり椅子から立ち上がりそうになった。確かに補佐官は事務仕事だけでなく、多少は戦闘の補佐もできるように訓練されている。……が、まさか補佐官になった初日そんな大きな仕事に連れて行かれるとは思ってもいなかったのだ。



「紅茶淹れてきたよー……って、これどんな状況?」


お盆から紅茶が入ったカップを取りアークとキリィ、そして自分の前に置いて、困惑しながらもメアはアークの右隣に座る。


「ああメアありがとう。いやな、キリサリーに今日の仕事について来いと言ったら……」

「あーまあ仕方ないよ。アークがどんだけ強いか知らないだろうしそりゃびっくりするって!ごめんねキリサリー。心配しなくてもアークはほんとにすごーく強いから!」

「あ、いや、はい。少し驚いただけなので……」


アーキルトさんが強いことは人伝に聞いて知っている。だから自分は心配しているわけではない。ただ本当に驚いただけなのだ。


キリィは心の中でそう思って、直様表情を取り繕う。そして行きます、とアークに返事をしてから紅茶を飲んだ。


「美味しい……」

「でしょ!?私のお気に入りなの!」


ほっと一息つけるそれは、キリィの心を優しくて暖かい何かで満たしてくれる。これがお気に入りだと言うメアや、今口に入れたほろほろと崩れるほんのりと甘いクッキーを選んだというアークならば、……またあんなことが起きずに済むだろうか。


キリィは数時間後の夜に行われるであろう大きな仕事を思って、頑張らなきゃな、と独りごちた。




__キリィの顔に刻まれた、ナイフで切り裂かれたような傷には誰も触れようとしない。


キリィにはそれが嬉しくもあり、寂しくもあった。……だからその代わり、この美しく強い2人の傷にもしばらくは触れないでおこうと思っていた。



……思っていた、のだ。


〜*〜

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