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第2話「違和感」

今日は良い天気だ。


眩しいくらいに街を照らす太陽に、アークは手で自分の顔が隠れるだけの影をつくった。


「どこに行こうね」


るんるん、とスキップでも始めそうな程にご機嫌なメアは、少しだけ前を歩いていたアークに近寄って腕を絡ませる。アークはたまにこうして甘えてくるメアを見ていると、仲良くなれてよかったと心の底から思うのだ。__メアの心の支えになれているのなら、それでいい。


「何か足りないものでも……。あぁ、そういえばそろそろメアの紅茶が切れそうだったな」

「えっ嘘!?最近朝も夜も寝惚けてて全然残量とか気にしてなかった……」

「前あまり飲まないコーヒーを間違えて淹れそうになってたくらいだもんな」

「うぅう〜〜……」


アークの腕から手を離し、メアは近くの煉瓦造りの壁に手をついて自身の情けなさを恨んだ。__この辺りは車など通れない程に狭い道がそこかしこに続いており、全ての建物が煉瓦造りである。居住地や店が入り乱れていて、この辺りを適当に歩いていれば生活必需品は全て揃ってしまうという便利な場所だ。


この通りの名は__“コーヒー通り”。その名の通りコーヒーが有名な地域で、それと同時に紅茶の有名な地域でもある。よって、まだ朝早くにも関わらず、休日ということもあってかちらほらと観光客のような者の姿が見えていた。


「じゃあいつものあの店に__」

「あの!」


行こう、と言いたかったアークの声を遮って、メアとアークの後ろから女性らしき者の声が聞こえた。2人が同時に後ろを振り向くと、声の主は見覚えのある人物であった。


「あぁ君はカフェ・アウルの……」

「はい!え、えっとその、マスターから預かり物があって……!」


少女はアークに向かって、小さい茶色の紙袋を差し出す。


三つ編みで結んである黒髪に、黒縁眼鏡をかけた緑目の小柄な少女__彼女はアークお気に入りのカフェ、カフェ・アウルの従業員である。ちらりと見たことがある程度だが、一応互いに顔を認識している程の仲ではあった。


「これをアーキルトさんに試して頂きたい、と……」

「新しいブレンドか……?わかった。また近いうちに寄らせてもらう」


アークが受け取った紙袋に貼り付けてあるカードは間違いなく店主であるマスターが書いたもので、彼がよく使うカードの絵柄だったため完全に彼からの物ということで間違いはないだろう。__職業柄、一応受け取る物には気をつけている。


「は、はい!えっとあと、その……」


アークが紙袋を受け取ってもまだ立ち去らない少女は、メアとアークの方を交互に見ながらもごもごと口を閉じたり開いたりしている。不思議に思ったのか、若干離れたところにいたメアも少女の近くへと寄ってきた。それがきっかけとなったのか、少女は思い切って今度は紙袋ではなく普通の袋を差し出してきた。


「こ、これ……っ」

「……これは……」


袋の中身を見たアークは、最初は驚いた顔をしたが、すぐに優しい微笑を浮かべてメアに場所を譲る。それを見てメアも袋の中身を覗いて、キラキラと目を輝かせた。


「私が食べたいってマスターに言ってたケーキ……!完成したの!?」

「はい、えっと、実は私がデザート担当でして……。今ちょうどマスターに試食用の完成したケーキをお店に持って行こうとしたところで……ちょうどアーキルトさんのコーヒーもお渡しできてよかったです」

「え、いいの?マスター用のもらっちゃって……」

「いいんです。マスターにはお店に行けばいつでも会えますし、マスターは優しいですから!」


少女はメアを気遣わせないように、にっこりと優しく笑う。このケーキをメアにあげても店になんら影響はないし、むしろ新しい意見が貰えるかもしれないのだから、店にとっても有益だろう。


「ふふ、そうだね!すっごく嬉しい、ありがとう!!ねぇ名前なんていうの?」

「えっ、わ、私はミーシャといいます……!お二人のこといつも見ていて、その、お仕事頑張ってください!!私、応援してますから!」


では失礼しますっ!と急いで告げて走り去ってしまった少女にメアは手を伸ばすも、間に合わずに置いていかれてしまった。……それでも、とてもうれしい、なんて。自分達のことを応援してくれる人が近くにいたのを実感して、メアは自分の頬が嬉しさで熱くなっていくのをしっかりと感じていた。


命の危険が伴う仕事で、無事に帰って来れたら喜んでくれる人がいるのは、もし帰って来れなくとも悲しんでくれる人がいるのは、……すごく……。


だって、私にはそんな人、今はアークしか……いないから……。



「よかったな、メア」

「うん!……ミーシャちゃん、かぁ」


お友達になれるといいなあ。……なんていうのは、少し欲張りすぎだろうか。いいや、でもアークに比べたら私の欲張りなんてちっぽけかな、とメアは思う。アークの成そうとしていることは、それ程のことだから。


「よしっ、アークいこっ!」

「あぁ。ケーキが悪くならないうちに、紅茶を買ってはやく家に帰ろう」

「えっでも、目を慣らすのは……」

「家でやるさ。彼女の気持ちを無駄にしてやるな」


こうやって自分より他人のことを優先してしまうのはアークの悪い癖だ。……でもメアはそれが嬉しかった。自分の意思を優先させてくれる人がいるのは、とても、心強い。



__「お前は俺の言う通りに働いていればいいんだ!!」


遠くて近い過去の、思い出。



「わかった、アークありがとう!今日はいつもよりもっと美味しいもの作るねっ」

「メアが作る料理はいつも美味しいよ」

「だからそうじゃなくて!!嬉しいけどそうじゃないの!!今日はもっともっと美味しいものつくるの〜〜!」

「はいはい、期待してます」


ぎゃんぎゃん騒ぐメアを見て、アークはふっ、と笑う。こうやって普通に過ごす日常が一番楽しくて、何物にも代え難いのだ。それは、メアも同じだろう。


……でも、それでも。



絶対に許せない過去がある。


2人には、絶対に許してはならない人が、人達が、いる。



__「私はあいつを殺す」


私を道具のように育てたあいつを。



__「俺はあいつらを殺す」


俺から全てのものを奪ったあいつらを。



だから2人は、この美しい特務官達は。



日常と戦場の合間を、生きていくと決めた。




__。アークの人間離れした右目に、“とある物”が映った。


それを即座に判断すると、アークはメアの方を向いて直ぐさま告げる。


「メア、この紙袋とケーキを持って一旦家に帰れ。いいな?」

「え、ど、どうして?」

「頼む」


あくまで、強制はしない。


「わ、わかった」


突然のことに戸惑うメアだったが、アークを疑うようなことはしないと心に決めている。早足で家に向かっていくメアを少しだけ目で見送ると、アークはメアとは逆方向に走った。


“あれ”は、まさか__。



「……考えすぎであってくれよ」


〜*〜

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