第16話「力の差」
〜*〜
「ディスペラート刑務所跡地……もうすぐだよな?」
「ああ、そうだな」
地図も何も見ずに迷いなくそう頷くアークに、キリィは感心するとともに疑問を覚えた。ディスペラート刑務所が跡地になったのは大分前のはず。何故こんなにも完璧に道を覚えているのか__そう、アークは“ディスペラート刑務所跡地”を指定されてからすぐに調べ、そこまでの道を覚えたのだろう。
「……さすがだよな、ここまでの道覚えたのか?」
「まあ今までの経験でこれくらいなら簡単に覚えられる。覚えるか、死ぬかだったからな」
「……そうか」
「ん?……ああ、そんなに気にするなよ。俺がいたところではそれが当たり前だっただけだ」
アークの過去に思いを馳せたキリィに気づいてか、アークはふ、と口角を上げる。だが、そんな時でもアークは警戒を解いていない。隣にいたメアはアークらしいな、と思いながらもアークと同じく周りの警戒に努めた。
「それが当たり前ってだけで、もう俺にとっては凄いことだよ」
「そうだね。アークが頑張ったからこそついた力なんだろうし」
「……ありがとう」
アークにとっては、昔アークがいた場所にとっては当たり前のことでも、今は違うのだと言ってくれるキリィとメアに、自然とアークの表情は和らいだ。過去に囚われすぎてはいけないのだと、柔らかい言葉で諭してくれているかのようだ。……しかし。自分がいるべき場所は、あそこなのだ。今の場所も居心地が良いが、自分が、いなくてはいけない場所は……。
__と、その時。
「アーク!」
「ああ、わかっている!」
「うお!?」
嫌な気配を感じたメアとアークは互いに注意を促すと、メアは一人で、アークはキリィを抱えて跳び退く。
__ドォオオン……!
先程まで3人がいた場所の地面は浅いが少しだけ抉れており、防御や避けることをしなければ重傷とまではいかないが怪我を負っていただろう。草や石があったはずのそこは、もはやただの土と化していた。それを見たアークは、キリィを下ろしながら口を開く。
「この攻撃……おそらく“波動”の石によるものだな。メアはどう思う?」
「私も同意見。特殊の石じゃない限りは波動だろうね」
相手の攻撃を冷静に分析しつつ、2人は十数メートル先を見る。そこには普通の人間ならば気にも留めないような枯れた太い木があり、その近くには同じような木がいくつもあった。
「……2人には何か見えてるのか?」
キリィは2人の邪魔をしないように、2人の後ろで静かに呟く。いくら優秀と言われるキリィとはいえ、それは“新人”の中での話だ。戦闘経験や戦場にいた経験はアークやメアと比べるとほとんどないに等しい。2人が見ているところにおそらく攻撃してきた人間がいるのだろうが、キリィには全くわからなかった。
「“隠密”の石を使っているんだろう?だがバレバレだ、出てこい」
冷ややかな風が吹き荒れる夜の荒野に凛、と響き渡る声。アークからは滅多に聞けない大きめの冷たい、敵に対する声だ。それを聞いてメアとキリィも緊張と警戒を高まらせて構える。
__その時、敵らしき影が木から出てきた。それはゆらゆらと揺らめいていて、常人の目には蜃気楼か何かに見えただろう。だが、アークの目にはしっかりと男女2人の人の姿に見えた。メアもそれが性別まではわからずとも、2人の人間であるということはわかり、自らが持つ召喚の石に力を込める。
「女司祭の、」
「待て、メア」
しかし、女司祭の斬首剣を召喚しようとしたメアの声をアークが遮る。そしてアークは静かに、黒斬≪バドール≫、と呟き体の下に広がる魔法陣から、どくどくと鼓動する黒紫の鎌を軽々と手に取った。
「俺がやろう」
「アーク……。……わかった。キリィは私の数歩後ろに下がってて。絶対に前には出ないこと」
「わかった」
アークの言葉にメアが従い、メアの言葉をキリィが素直に聞き入れた。襲われたということは、相手にはひとまず今は話し合いをするという意思はないということだろう。アークは即座に臨戦態勢を取った。
「まあ、これくらい見破ってもらわないとね」
月明かりに照らされて、若い20代くらいの__暗赤色の長い髪を一つ結びにし、前髪も後ろ髪もパツンと切り揃えてあるという少し変わった髪型と、夜に紛れるような黒い瞳を持った女性が現れる。隠密の石の能力を解除したのだろう、アークやメアだけでなくキリィにもしっかりとその姿が確認できた。
「そうだな」
同じく20代くらいの__橙色から金色に変わっていくようなグラデーションのかかった綺麗な短髪と、理知的な光が灯った橙色の瞳を持つ男性が姿を現して女性の言葉に答えた。
「待たせたわね、__素敵な銀髪のお兄さん!」
そう言うと女性は、手に持っていた二丁の拳銃でアークを狙い撃ってきた。それをアークはさらりと鎌で受け流す_もちろんメアとキリィに当たらないように_。そして鎌で受けた銃弾の感覚的に、普通に出回っているただの銃だろう、とアークは決定付けた。数々の戦場であらゆる銃に出会い、感覚でだが心の鉱石によるものか否かだけはわかるようになったのだ。
「雷光≪トルエノ≫!」
男性は雷を纏った剣を呼び出し、その剣をアークの体に届かない位置で振った。すると雷が電撃のように迸りアークへと迫る。まあまあ距離がある中でアークまで届かせるために、おそらく波動の石も使っているのだろう。
「ほう、いい組み合わせだな」
しかしアークはそう言いながら、平静を保ったまま黒斬≪バドール≫で雷を斬り裂いた。雷に乗じて銃弾が迫るも、それもわかっていたようで焦ることなく受け流す。
「一歩も動かないなんて……!!」
「焦るな、いつも通りにやろう」
「……わかったわ」
アークのあまりに余裕そうな表情に女性は狼狽したが、男性の言葉で冷静さを取り戻したようだ。真剣な表情で銃を構え直し、またアークに向かって連射する。しかしそれではまたアークにさらりと受け流されてしまうためか、今度は男性がアークの近くまで突っ込んできた。味方の射線に入るのは自殺行為__だが、それはこの女性と男性のペアには当てはまらないらしい。
「すごいチームワーク……」
「だな。どこに銃弾が放たれるかわかってるみたいだ……懐かしいな」
素直に感嘆するメアと、昔補佐していたもうこの世にはいない兄弟との戦場を思い出すキリィ。銃弾を避けるのが得意になったその要因の記憶に、キリィはそっと蓋をした。__今、戦場にいる時に考える事ではない。
「らあっ!」
銃弾を気にしていないかのような動きの男性に惑わされると、女性の銃弾に貫かれる。
「は、っ」
弾幕を気にしてそれに惑わされると、男性の雷か波動、もしくはその両方にやられる。
普通の人間ならば面倒なことこの上ないだろう。多少格上でもこのコンビネーションならば勝てるかもしれない。__だが。
__ガキィン。
剣と鎌がぶつかり合う音。しかし、力の差は歴然だった。
「くそ、なんでだ……!」
波動の石の力と召喚の石の力で呼び出した剣、雷光≪トルエノ≫の雷の特殊能力を使っているというのに、アークの体は一歩も後ろに下がらないのだ。鎌一本で、男性の石の力全てを受けるどころか、女性の銃弾までも鎌を流れるように動かすことで受け止めている。
「__おっと。そう来たか」
アークは男性の剣を鎌で弾き返すと、何もないはずのところを鎌で斬り裂いた。
「あ」
「なるほどそういうことか……!」
メアはほんの少し遅れて、キリィはメアの反応とアークの横で抉れた地面を見て気づく。__そう、アークは隠密の石で隠された銃弾を斬り裂いたのだ。
「そんな……!」
女性は普通の銃弾と隠密の石で隠された銃弾を、
「っ……!」
男性は波動と雷をアークに向かって放つ。
__しかし。結果はもうわかっていた。
「経験の差だ、悪いな」
ザシュ。そんな音と共に、女性と男性の攻撃全てがアークに斬り裂かれた。
そして、女性と男性は悔しそうな顔で武器を構え直す。__が、その時。
「メリィ、」
「っえぇ!」
「ライツァ」
「っおう!」
アークと同じくらい凛、と響く声が聞こえた。
「__もういい。戻ってこい」
「了解」
ざっ、と女性__メリィと男性__ライツァは更に後ろに退いた。そしてそこから、
「__よ。アーキルト・クロスハイリ。呼んだのは俺だ」
漆黒の髪と、血のように赤い眼を持った青年が現れた。アークは自分の見ている現実が夢のように思え、パチパチと瞬く。__しかし、それは本当に現実だった。
「……お前、が……?」
「ああ。……。……、……?」
おそらく、アークが抱えている思いと全く同じ思いを向こうの青年もしているだろう。と、アークは何の確証もないがそう思った。
__何か、居心地の悪くない、むしろ居心地が良いような何かを感じる。
「……。とりあえず、ついてこい」
「わかった。……熱烈な歓迎ありがとう」
「うるせ!……。……」
「…………」
アークが冗談めいたことまで無意識に口にしてしまう。そのことにアーク自身が驚き狼狽えつつも、相手が敵でないとわかるまでは気を抜かないようにしなければ、と思いなんとか立て直す。
「……アーク?」
「……どうした?」
そんなアークに気づいた一年一緒にいたメアと、そういう気持ちの変化に敏感なキリィがアークに聞くも、アーク自身よくわかっていないようで、
「……いや。……わからない」
そんな答えが返ってきた。
俺と、彼の関係は一体……。アークは知らないはずなのに知っているような感じがする青年の再度の登場に心を乱しつつも、とにかく現実に目を向けるのだった。
〜*〜




