第14話「釣り合い」
__幸せがなんだというのか。
そんなもの、知らない。僕は知らない。俺は……僕は、知らない。
だからこそ、こんな真似ができるのだろう。人の幸せを踏み躙ることが、簡単にできるのだろう。__なぜなら、幸せを幸せと認識できないからだ。金の為ならなんでもやってやる。それで、例え自分のしたことで相手がどうなろうと、それは相手の責任だろう?
__だから今日も僕は、人に悪を囁くのだ。
「ねえそこのお姉さん、綺麗な宝石に興味ない?そこのお兄さんも、このお姉さんが綺麗な宝石で着飾ってるの見たくない?」
デートで街に出てきたのであろう若いが多少羽振りの良さそうな男女のカップルに、僕は胡散臭くないようにふわりと笑って話しかけた。よかったらこれどうぞ、と無駄に飾っていない名刺を渡す。もちろん偽名ではあるが、名前、店名、役職、店の住所、電話番号……などなどたくさんの“それらしい”情報が記載されたものがあると人は信じやすくなる。ああ、なんて簡単な、愚かで愛しい生き物なのだろう。……もちろん、僕もそうなのだが。
「カタログとかはあるのかしら?」
「ここに。これなんかお姉さんに似合うんじゃないかなあ。今季のオススメなんだけど」
「へえ、どう?これ私に似合うと思う?」
「ああ、いいんじゃないか?値段もそんなに高くないし」
良かった。これは店に来るのは確定だろう。この値段でそんなに高くないという当たり、やはり羽振りがいい。ブランド物の服と鞄を持っているところから多少金は持っているだろうと思って声をかけたが、意外にも上客になりそうじゃあないか。
「おっと、そろそろ時間だから失礼するね」
「あら、何か予定でも?」
「お客さんと待ち合わせがね。じゃあ、またお店で会えるといいねお姉さん、お兄さん」
「ええ、近いうちに行くわ」
ひらひら、と下品にならない程度に振った手に、女性は上品に返してくれた。男性は代わりに会釈をし、それから女性の肩を抱いて話しかける前に向かっていた方へと去っていった。
__宝石の中に、心の鉱石があるとも知らず。
あはは、と堪え切れない笑いが溢れる。
__ふふふふふ、カモ2匹つーかまえた。
少しだけ長い肩につかない程度の黒髪を揺らし、藍色の瞳を嬉しそうに細めながら、僕はご機嫌で路地に向かおうとする。お客さんと待ち合わせっていうのは、早く切り上げるための嘘。あまりに勧誘しすぎても鬱陶しいだけだし、僕も面倒くさいからね。さーてなんか良いお酒でも買いに行こうかな。
「__っと」
そんなことを考えていたら、道を歩いていた人に軽くぶつかってしまった。久しぶりに良いカモを捕まえてご機嫌だったからか、ちゃんと前を見ていなかったのだろう。
「ごめんなさい」
「いや。俺もちょっとよそ見してたし」
そう言って笑みを浮かべる青年__いや、見た目は少年なのだがおそらく青年なのだろうと、僕は思った__は驚く程整った顔をしていた。背中半分を越すほど長くふんわりとした黒髪と、鮮血のように赤く鮮やかな赤眼を持つ美青年。長い髪は縛って前に流している。
あまりにも浮世離れしたその容姿に、開いた口が塞がらない。しかもその容姿を更に際立たせているものは、身につけている服やアクセサリー、靴、鞄など全てだ。しかも青年が身につけているそれらは、有名な高級ブランドのものである。更にはシャツのボタンを3個程外しており、引き締まった胸元を惜しげも無く晒している。正直男の僕でも色気がヤバい。女性なんてイチコロじゃないかこれ。
「……どうかしたのか?」
青年の姿を見たまま動きを止めた僕に、青年は心配そうな顔をして顔を覗き込んできた。待った待った、その整った顔を近づけるのはやめてくれ!と思い、ぶんぶんと顔の近くで手を振る。
「いやちょっと、おにーさんがイケメンすぎてびっくりしただけだよ大丈夫」
「……ありがとう」
ふ、と余裕ありげに笑う青年に、あ、この人言われ慣れてる人だ、と一瞬で理解した。まあそうか、こんな容姿してたら世の女性達が放っておかないか。と、一人で納得する。
って、そうじゃない!これこそ最高クラスの上客になるかもしれない人なんだからチャンスじゃん!!そうと決まれば勧誘しないと。
「お兄さん、モデルかなんかやってる?」
「え?いや、してないけど……なんで?」
「かっこいいからもしかしたらって思っただけ!」
モデルみたいに、人気だったり有名人だったりする人が心の鉱石身につけててバレると面倒だからここは確認しないと。ああさっきのカップルがモデルとかはあり得ないから大丈夫。大して整った容姿じゃなかったし。でもこのお兄さんは違う。その辺だけは慎重にいかないと。
「あ、お兄さんちょっと時間ある?」
「ん?急いではいないけど」
僕の突然の言葉に不思議そうに首を傾げる青年。そんな仕草も似合っているなあなんて思ったその時に、青年の隣に少女らしき人がいるのにやっと気づいた。
癖の強い長い銀髪を三つ編みにし、可愛らしい帽子を深く被っている。この少女が身につけている服達もなかなかの有名どころのものだったはずだ。顔は見えないが、この青年の隣を歩いているのだ、おそらく整った顔立ちはしているのではないだろうか。
「……お嬢さんももしよかったらなんだけど」
ターゲットを二人に変更した僕は、にっこりと人受けのする笑みを浮かべて名刺とパンフレットを渡した。この青年ならアクセサリーだって似合うだろうし、うちの店は男物も少数だが揃えている。気に入ってくれるといいのだが……。そう思いながら、簡潔に商品の説明をしていく。
「どうかな?」
若干不安げに青年と少女に感想を聞く。少女は微妙だが、青年はなかなか興味深そうに見ていたため、期待はできそうだ。お金は持っているだろうしね。
「そうだな、今度行ってみるよ」
__よっしゃ!!
心の中でガッツポーズする。僕の紹介で行ってくれるため、先程のカップルとこの青年の紹介料を僕は店から受け取ることができるのだ。だから僕は、こうして警察や刑特の見回りが少ない時を見計らって、かつランダムな日程で勧誘をして金稼ぎをしている。幸せなんてものはわからないけれど、生活するにあたってやっぱりお金は必要だからね。あった方がいいし。
「じゃあお店で待ってるね。僕がいなくても他の担当者がいるはずだから」
「おう、わかった」
「お嬢さんもよかったらおいで」
「……」
相変わらずこの少女は一言も喋らないな。人見知りなんだろうか?さっきから青年の後ろに隠れ気味だし。__いや、青年が少女を後ろに行かせてるのか?まあそれくらいの警戒心がないとおかしいか。
僕はそう納得して、二人に別れを告げる。よし今度こそ、良いお酒買いに行くぞ!
さっきと同じで機嫌が良いけど、今度は前に気をつけて僕は路地に入っていった。
「__釣れたな」
先程“わざと”釣られた青年は、楽しそうな笑みを浮かべて後ろに隠していた_守っていた_少女の隣に並び直す。青年の楽しそうな声に、少女は呆れた顔をしてぺち、と青年の体を叩いた。
「相変わらず君は……」
「なんだよメディー。なんか不満か?」
メディー__そう呼ばれた少女、メディー・コルヴィノは後ろに隠していた“目の不自由な人が使う杖”を出して、カツン、と地を突いた。
「君の仕事に付き合ってやったんだ、今度は僕の用事に付き合ってもらうぞ?」
「ああ、もちろん。じゃあ行こうぜ、いつもの店でいいのか?」
「ああ。君は服のセンスだけは良いからな」
「だけってなんだだけって。鞄とか靴もいいだろーが」
不満そうな青年の言葉に、メディーはぷい、と顔を背けて歩み出す。青年もそれを追い、周りにメディーの障害物になるようなものがないか、危ない人物はいないか、危険はないか__あらゆることを確認しながらエスコートした。青年にとって、この少女はとても大切な存在なのだ。今日だって、できれば自分の仕事に巻き込みたくなかった。
__この少女に降りかかる火の粉は、全て自分が振り払う。
そう、決めたのだから。
「そういえば、この街の刑特に気になるやつがいるんだよ」
「ほう、どんな?高身長高学歴高収入の超がつくイケメンなら僕に紹介してくれ」
「………………絶対に嫌だ」
「まさか本当にいるのか?おい、__!」
メディーが放った青年の名前は、雑踏に吸い込まれて消えていった。
〜*〜