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第13話「笑うというのは」

「俺は、たくさんのものをなくした。家族、親友、尊敬する人、居場所……とにかくたくさん。そしてそれをしたやつが、まだ生きている。俺の大事な人の命と大事な場所を踏躙って生きている。だから俺は、一言で言えば復讐のために生きているんだ。良く言えば、救うために」


さらり。


「__え?」


__なんてあっさりと告げるのだろう。この人は。あまりにも流れるように紡ぎ出されたその言葉に、キリィは目を瞬かせて思わず閉口した。


そんなに大切で重くて辛い過去を、どうして、どうしてそんな。


「俺がしている変わった仕事は、それに関係している。そしてそれはまだ言えることじゃない。だから俺の過去話はこれだけだ」


__終わり?


キリィはそう言いたい気持ちに駆られた。だって、そんな。え?お前の過去を、そんな物語のあらすじを100文字で更に要約したような言葉で終わらせていいのか?


「驚いてるな。でも本当にこれだけだ。……何か聞きたいことがあれば答えるが」

「え、いや、……じゃあ、そんな目的があるのにお前はどうしてその変わった仕事だけをやらないんだ?それに集中することが解決の近道にはなり得ないのか?」

「あぁ。……復讐を遂げるためにはまだまだ俺は強くならなければならない。自分の能力を高めるのに刑特は良い仕事だ。それにプラスで鉱石を守ることができるのは素晴らしいことだろう?」


アークは刑特として働いていることを誇りに思っている。アークの祖国を救うという目的が生きる柱(理由)の骨格と外郭を形作っていると例えるならば、今まで自分が刑特として働くことによって守れた鉱石の数が、アークの骨格と外郭しかない柱の隙間を埋めてくれているのだ。


「そう、だな」

「それに、俺の目的を達成するには俺一人では無理だ。協力者や物資、資金……たくさんのものがいる。だから刑特をしつつ人脈を広げていってるんだ」

「なるほど。そういうことか……」

「……キリィにも、話せる日が来るかもな」


アークは少し下を向いて目を伏せた。話すにはまだ、まだ今のキリィでは駄目なのだ。過去を聞いて、相手の性格を少し知っただけでは……。情報を漏らされては困るし、キリィもまだアークの為に命を危険に晒してもいいと即答できるほど、アークのことを信頼してはいないだろう。



__だが。そんなアークの不安を全て吹き飛ばしてしまうような声で、キリィは告げた。


「話させてやるよ、必ずな!」


__お前がそうやって口を噤んでしまうなら。お前の協力ができるくらい強くなって。信頼を勝ち取って。実績を積んで。


話させてやる。お前がそれを、実行に移す前に。



アークはキリィのそんな前向きで明るい笑みを見て、驚き……そして、目を細めて微笑んだ。


「ああ。これからもよろしくな、キリィ補佐官」

「もちろんだ!」


二人はそれぞれの想いを抱えながら、視線を交差させ、__そして前を向いた。


〜*〜


「やっぱりマスターの淹れる紅茶は美味しいなぁ。キリィもまた今度一緒に来ようね!」

「おう。コーヒーがあんなに美味しいんだから、メア絶賛の紅茶も飲んでみたいなー」

「凄く美味しいよ!是非飲んで!」


帰り道。キリィとメアが2人でカフェ・アウルのメニューについて話して盛り上がっている中、アークはその後ろで考え事をしていた。


前にこの辺りで鉱石を配り、そして売り捌こうとしていた奴ら__あいつらを無力化し逮捕し、鉱石を回収したことであいつらの“上”に少しは目をつけられたはずだ。あれから毎日気をつけてはいるが、まだまだ気は抜けない。メアならば返り討ちにすることも可能かもしれないが、補佐官であるキリィは鉱石を使う者が相手だった場合、良ければ捕らわれ、悪ければ……死ぬ。自分は化け物のような強さの敵でも来ない限り大丈夫だと自負しているが、安心していいわけではない。


ずっと気を張り続けるのは慣れている。二人の分まで、自分が気をつけなければ。理解を示そうとしてくれているキリィを、一年以上 刑特のパートナーとして自分の支えになってくれているメアを、こんなところで失いたくはない。



__ふと、横を通り過ぎていく人物に目が向いた。


その人物は電話しながら歩いているようで、話し声が少しだけ聞こえてくる。


「あぁ、__楽しみだな」


そう言って、ふ、とその人物が笑った気がした。


そのまま、カジュアルな服を着た人物は綺麗で艶やかな結った長い黒髪を揺らしながら歩いていく。声と体付きからして男性だろう。


そしてアークは何故か、その男性に懐かしさのようなものと会ったことはないはずなのに既視感を抱いていた。それがアークを混乱させたが、顔をちゃんと見たわけではない。きっと今まで生きていた中で出会った誰かに似ているのだろう。そう決めつけて、どくどくと跳ねる心臓を落ち着けた。


……どうして、なのだろうか。こんな気持ちになるのは初めてで、アークはあまりのことに目眩を起こしそうだった。


「__ね、アークはどう思う?」

「……何が、だ?」

「もー、聞いてなかったの?カフェ・アウルのメニューでどれが一番オススメかって話!」


ぷく、と頬を膨らませるメアに、アークは思考の海から上がって苦笑する。申し訳ないことに、全く聞いていなかった。ここは素直に謝った方がいいだろう。


「あぁ、……悪い、少し考え事をしていた。……そうだな、俺はマスターに聞くのが一番だと思う。俺のオススメはブレンドコーヒーだが、もうキリィは飲んだからな」

「なるほど」

「アークらしいね」


アークの言葉を聞いて、メアとキリィは顔を見合わせて笑った。面白かったり楽しかったりする回答では無いはずなのに、アークの答えをメアとキリィはしっかりと受け止めてくれる。アークはそのことに静かに微笑んだ。


感情が欠けてしまっていても、こんなに優しく楽しそうに話しかけてくれる2人に、アークは心の中で感謝した。__感情が欠けてしまった時から、どうにも興味のあることでもないことでも、楽しいことでも楽しくないことでも……ほとんど表情と声の抑揚を変えることなく話してしまうようになったのだ。


それは、そう。あの日。大切なもの全てを失くしてしまったと知ったあの時から__。



路地から大通りに出た。もう夜とはいえ、仕事帰りの者や買い物帰りの者、今から食事に出かける者など、まだまだ人が多く賑わっている。さすがコーヒー通り。観光客も人口も多く、賑わっている通りである。


このまま家に帰り、キリィと別れ__こうしてまた今日が終わる。



あの黒髪の青年は敵なのだろうか?……いや、何故だか違うと心が勝手に否定する。アークの持つもう一つの石……影鎖≪シャドーレリック≫でも黒斬≪バドール≫でもない石も、アークと同じで違うと否定する。ならば間違いはないだろう。味方かはわからないが、敵ではない。


またいつか、会えるだろうか。


この世界には新しい出会いで溢れている。良い出会いもあれ、悪い出会いもあれ……きっといつか、出会うことになるだろう。



あの青年がどんな人なのかもわからないのに、アークは空を仰いで口角を上げた。



「あー!アークなんで笑ってるの!?」

「なんでもない」

「えー、だってアーク笑ってたもん」

「よくわかるな、笑ってるって」

「アークのことならなんでもわかります」


キリ、とメアは自信満々な顔で即答する。それにアークは思わずはは、と声を出して笑った。


「なんだそれ」

「アークが笑った……!?」

「失礼だなキリィ、俺だって人間だぞ」

「い、いやそうなんだけど、声出して笑うのは珍しいなーって」

「ああ……何故だろうな、メアといると少しだけ素直に感情が出せるんだ」

「えっ嬉しい」


きゃ〜〜、とメアが手を頬に当てて喜んだ。それを見てまたアークが笑う。キリィも笑う。ああ、幸せだな、と3人は感じたのだった。


〜*〜

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