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第10話「カフェ・アウルと不思議な人」


「カフェ・アウルってどんなところなんだ?」


てくてくとアークとメアの後ろをついてくるキリィに、アークは道を確認しながらも少しだけ目を向けた。辺りは雪が積もっており、注意が散漫になっていると危ないのだ。


「そうだな、名前で多少予想できるとは思うが……コーヒーや紅茶がとても美味しい喫茶店……と言うべきか」

「ちょっと変わってるんだよね〜」

「変わってる、ってのは?」


キリィが変わっている喫茶店、と言われてすぐ思いつくのは趣味趣向が他とは違うとんでもないところだったのだが、アークとメアに限ってそれはないだろう。部屋や食器を見るに、相当趣味が良く、お洒落で洗練されている。


「喫茶店って言うには、ちょっとお客さんの数が少ない……うーんなんかね、知る人ぞ知るっていう感じのお店だから、基本ほとんど人がいないの」

「へえ……さすがアークとメア、そんなところの常連なのか」

「私もアークに紹介されたんだけどね。もうあそこの紅茶一度飲んだら……ふふ。キリィも覚悟しといたほうがいいよ?」

「まじか……」

「あぁ。本当に素晴らしい店だからな」


アークは笑みを浮かべ、まるで自分のことのように自慢する。そこまで言われたら、もう覚悟するしかない。


雪がちらちらと降る中、大通りを外れて路地をしばらく歩いていく。右に曲がり左に曲がり、こんなところにあるのか、と言いたくなるところにそれはあった。


“カフェ・アウル”


木製の看板にローマ字の筆記体で書かれていて、古めかしいのにどこか整っていて綺麗だった。その文字の隣には何かの植物の葉が描かれている。外観は他の建物と対して差はなく、レンガ造りの二階建てだ。


アークの後を追って中に入ると、一階はお店ではないようで仕切りがしてあり、そのまますぐに階段を登った。すると少しずつクラシック音楽が流れてきて、階段を登り切るとそこは__。



「いらっしゃい、アークさん。メアさん……と、もう一人の方」


30代前半くらいの、若いがどこか他とは違う雰囲気を感じさせる青年が3人を出迎えた。黒に近い焦げ茶色の短髪に、おっとりした目元では何を考えているかわからないような、深い若草色の瞳が煌めいている。


中は落ち着いた色の家具しかない、シックな様子の喫茶店だった。どちらかというと、バーに近い感じだろうか。所々に置かれた観葉植物や食器などがいいアクセントになっている__ 一言で言うと、大人の喫茶店だ。


「マスター、一週間ぶりだな。お邪魔する」

「こんにちは、マスター!お邪魔しまーす!」

「はい。お二人なら大歓迎ですよ。……そちらの方は?」


顔は笑っているが、マスターは隙のない瞳でキリィを見る。キリィはそれに気づいて少しだけびくりと肩を揺らした。キリィのように感情の機微に敏感な人でなければ、その笑顔を向けられた時点で警戒を解くのだろうが……生憎とキリィは、そういうものにとても敏感だった。体を強張らせながら、緊張した面持ちでマスターの質問に答える。


「……キリサリー・メディオールです。最近アークとメアの補佐官として派遣されてきました、これからお世話になるかもしれません。よろしくお願いします。お気軽にキリィとお呼びください」


自分が出来る限りの誠実な態度で、目をしっかりと見つめて発した言葉__それが伝わったのか、アークとメアの補佐官と言われて警戒を解いたのか、マスターは幾分か柔らかくなった表情で、またニッコリと笑った。アークとメアはその様子を、横で口を挟まずに見守っている。


「はい、私はヴィッセン・ルブルックと申します。アークさんとは数年前から友人としてお付き合いさせて頂いてます。メアさんとも1年ほど。……よろしくお願いしますね、キリィさん」

「は、はい!」

「ふふ。……気づかれてしまいましたね。警戒してすみません、どうにも昔からこういう性質(タチ)でして。家もこういうことにうるさいんです。……どうか、お気になさらず」


マスター_本名はヴィッセン、愛称はヴィンだが、基本マスターと呼ばれているためここでもマスターと呼ぶことにする_は、申し訳なさそうに目を伏せた。それはアークやメアのような綺麗で美しいという意味とは別の意味で、どこか浮世離れしているように感じた。不思議な人だな、とキリィは思う。そして、悪い人ではない、とも。


「はい、大丈夫です。初対面の人をいきなり信用するのもどうかと思いますし……」

「なぁ、マスター、キリィはいいやつだろう?」

「えぇ。……アークさんは信頼した人しかここに連れて来ませんもんね?」

「おいヴィン……!」

「いいじゃないですか、アーク」


ふふっ、と悪戯が成功したように微笑むマスターに対し、アークは頬を染めてそっぽを向いた。しかし訂正しないところを見ると、マスターが言ったことは本当のようだ。


「そうなのかアーク。俺のこと信頼してくれてるのか?なあ」

「お前も面白いもの見つけたみたいな顔してからかうんじゃない!」

「えー」


アークが珍しく慌てているのを見て、キリィはまた少し仲良くなれた気がして嬉しくなった。__と、そこで。奥の扉の方から足音が聞こえたかと思うと、その扉がキィ……と開いた。そこにいたのは、


「ミーシャちゃん!」

「メアリアさん!アーキルトさんも!お久しぶりです」


以前、アークとメアにマスターのコーヒーのブレンドと自分のケーキの試作品を届けた、黒縁眼鏡をかけた三つ編みの黒髪緑目の少女__ミーシャだった。アークとメアの姿を見て、嬉しそうに駆け寄ってくる。他に客がいないからこそできることだろう。


「あぁ、久しぶり。ケーキのメニュー開発は進んでるか?」

「はい!また今度メアリアさんに試作品持っていきますね。アーキルトさんのお口に合いそうでしたら、アーキルトさんの分も持っていきます」

「ああ、ありがとう」

「うん!やった!」

「いえいえ。……そちらの方は?」

「あ、俺は__」


ミーシャに聞かれたキリィは、マスターの時と同じような説明をする。


「なるほど。キリサリーさんですね、よろしくお願いします。私はデザート担当のミーシャです」

「はい、よろしくお願いします、ミーシャさん」

「はーい。……ところで、今日はケーキは食べていかれますか?」


その言葉に、メアはばっ、とアークの方を見る。その視線を感じたアークは、メアの方を向くと苦笑しながら頷いた。夜ご飯に支障が出ない程度にな、と。基本、アークはメアに甘い。


「食べるー!キリィもどう?アークは?」

「俺は遠慮しておく」

「あ、俺は食べようかな。おすすめは?」

「紅茶の茶葉を使ったシフォンケーキなんてどう?軽めだし、そのままでも美味しいのにホイップクリームをつけるともっと美味しいの!」

「じゃあそれで」


紅茶が好きなメアとキリィには最高のケーキだろう、メニューを見た瞬間に即決した。夜ご飯にあまり支障がでないのも素晴らしい。それを聞いて、ミーシャはわかりました!とにっこり笑って厨房へと戻って行った。


「マスター、俺はブレンドコーヒーを」

「はい。スプーン半杯の砂糖、ちゃんと入れておきますね」

「……あぁ」


さすが長い付き合いだ。アークがコーヒーを飲む時はスプーン半杯の砂糖を必ず入れ、朝はミルクを多めに、昼は少なめに、夜は無しと決めているのだ。今は夕方だが、アークの様子を見てミルクは無しでいいと判断したらしい。アークもそう言おうとしていたのだが、先に言われてしまったようで小さく苦笑した。


「マスター、私はダージリンで」

「はい。キリィさんはどうなさいますか?」

「んー、俺は……じゃあ、アークと同じブレンドコーヒーで。ブラックで大丈夫です」

「かしこまりました」


キリィは初めて飲むコーヒーはブラックで飲む派だ。マスターがコーヒーを入れていくのをぼんやりと見つめながら、音楽に耳を傾けた。


漂ってくるコーヒーの香りに、静かに響くクラシックの音楽。誰も喋っていない無言の空間なのに、それが今はとても心地良かった。こんなに落ち着いたのは、何年振りだろうか。最近は、ずっと落ち着かない生活をしていたから……。


キリィは思わず、ため息を一つ溢した。



「ねえ、キリィさん」

「っ、はい」


突然話しかけられたことに驚きつつも、アーク、そして自分という順番で出されたコーヒーをしっかりと受け取る。今度は紅茶を作り出したマスターだったが、先程とは違い、話しながら作るつもりのようだ。


「何か悩んでいることがあるんじゃないですか?」

「…………。……」


図星だ。でもそれは、ここで話していいことではない。


「……確かに、そうです。でもそれは、ここじゃ……」

「キリィ、マスターの家は政府と繋がってるぞ」

「えっ」

「はい。そういう家なんです。いえね、親戚が政府の名家だったり、政府直属の情報屋だったりでして。私もルブルックという姓を名乗るからには政府または直属の組織に所属していなくてはいけないということで、政府事務官に合格してまして、書類上は政府の一員なんです」

「そうなんですか……例外的に認められている感じなんですね」

「ええ、私の父もそうでした。もちろん、休職のような扱いとはいえ少しは仕事をしなければなりませんから、多少書類作業などもしていますよ。それに親戚のおかげで、政府の内情も割と知っているんです。ですので……」


そこでマスターは言葉を止め、作った紅茶をメアに出した。そしてふんわりと笑って、優しく柔らかい声で、言った。


「キリィさんが内側に溜め込む必要はありません。私もアークさんもメアさんも、あなたの味方ですよ」

「あぁ」

「うん!」


そんなに優しい声と笑顔でそんなこと言われたら、もう。……話してもいいな、と思ってしまうじゃないか。


「ひとまず、コーヒーを飲んで落ち着いて考えてみてください」


そう言うマスターの言葉に頷いて、コーヒーの香りを楽しみながら一口飲んだ。そして絶句した。__コーヒーは、ここまで美味しくなるのか。


こんなに心を暖めてくれて、体全体に染み渡っていくような優しく美味しいコーヒーは初めて飲んだ。


「おい、しいです……。その、すごく」

「それは良かった」


マスターは自分がブレンドしたコーヒーが褒められて嬉しいのか、とても嬉しそうに笑んだ。そしてキリィが二口目を飲んでも、アークもメアもマスターも、誰も話せと催促しなかった。


__ああ。この人達は。


本当に、優しくて良い人だ。そんな優しい人達には、自分も誠実な態度を返さねばなるまい。少なくとも隠し事はしたくないと、キリィはそう思った。


そして、話す決心をした。



ケーキを運んできたミーシャにお礼を言い_ミーシャはマスターの計らいで話が聞こえない休憩室に下がってもらうことになり、外のOPENと書いてある看板をCROSEに変えてもらった_、とりあえずケーキを先に食べようということになって、ケーキを口に運んだ。それはとても柔らかく、優しい紅茶の味がしてとても美味しかった。たまにホイップクリームをつけることで飽きないし、今度また違うものを頼んでみようと心に決めたところで、


「……じゃあ、話します。俺はどうして補佐官としてアークとメアにつくことができたのか、それに、……この顔の傷の意味も」


キリィは自身の左頰にある傷を指ですっ、と撫でて、決心したように口を開いた。



「俺は、半年前までとある兄弟の刑特の補佐官だったんだ」


〜*〜

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