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第1話「心の鉱石」

__コトン。


美しい金色の装飾が施されたティーカップが、静かにキッチンの台の上に置かれた。



__青年の朝は、コーヒーから始まる。



青年こだわりのカップにお気に入りのメーカーの温かいコーヒーを注ぎ込み、スプーン半杯の砂糖を加え、少し多めにミルクを注ぐ。それを何回かスプーンでかき混ぜると、カップを持っていつも食事をしている机へと向かった。


四人掛けのテーブルの、玄関に一番近い席。そこが青年の定位置だ。


席に座るとゆっくりと優雅な動作でカップを口に運び、コーヒーを飲む。仕事で疲労した体にちょうどよく馴染む味。ほっと一息つけるような、そんな良い匂い。


「……」


美しい顔立ちとすらっとした華奢な体、前で一つに括ってある女子顔負けの艶やかな長い銀髪、それに深い海のような透き通った碧眼__そんな人間離れした容姿を持った青年は、カップの中でゆらりと揺らぐコーヒーを見つめながら過去に思いを馳せていた。



昔はこうしてよくコーヒーを飲みながら本を読み、あいつや部下達が起きるのを待ち、たまに書斎から抜け出してきた主と話をしたものだ。そうしてあいつが起きてくるとうるさくなって、みんなが食堂に集まってわいわいとはしゃいで__真面目な主の秘書が怒鳴りに来るまでそれは続いていた。何度怒られても懲りない主は書斎を抜け出しては自身の兵達に話をしていて、それを見て俺とあいつでまた笑って……。


__随分と幸せな、日々だった。



もう絶対に戻ってくることはない、そんな日々。


青年はぐいっとコーヒーを一気に飲み干して、溜息でも呼吸でもない、ただの息を吐く。


あの日々が戻ってくることは絶対にないが、自分にはやらねばならないことがある。どんな手を使ってても必ずやり遂げなければいけないことだ。……だから。こんなところで止まっているわけにはいかない。


そうして改めて決意を固めた少年の耳に、誰かが階段を降りてくる音が響いた。それを聞いて、強張っていた青年の表情が少し緩む。


「おはよう〜〜アーク」

「おはよう、メア」


ごしごしと目を擦りながら自身の部屋がある2階から降りてきたのは、少女と言うにはもう女性らしさを持っていて、女性と断言するにはまだ少し若いような、それでいて青年よりほんの少しだけ若く見えるそんな者__メアリア・ムーテノルド。愛称はメア。


透明感のある、薄い茶色に近い柔らかいブロンドのボブヘアーに、透き通ったおっとりした真紅の瞳、それに目を引くような整った顔立ち。青年__アーキルト・クロスハイリ、愛称はアーク__よりも幾分か小柄で、身長差は20センチ弱あるだろうか。


2人共色白で陶器のように美しい肌を持っていて__もはや美男美女としか言いようがない。無論、それは人間関係の構築や仕事での活躍に活かされていたりする。そんな美しさを武器にされては相手からしたらたまったものではないが……。2人共目的を達成するためにはあらゆることに容赦が無いのだ。


「ねむい……くぁ」


欠伸をして洗面台へと向かったメアは、身なりを整えてリビングへと戻ってくる。そしてお気に入りの紅茶を注いでいるところで、アークはあまりにも眠そうなメアが気になり声をかけた。


「どうしたんだ?書類作業が長引いたか?」

「ん〜……そうなんだよね。アークが大分引き受けてくれてるからまだ楽してる方なんだけど……鉱石刑吏特務官は大変だ〜」


__鉱石刑吏特務官。それはこの世界で無くてはならない職業の名。他の国でも名前や若干の仕事内容は違えども、似たような職業が必ずある。



この世界では、人が死ぬと小さく美しい“鉱石”が残る。ある人は“魂”だとも、“心”だとも言い、それを扱える人がこの世界にはほんの一握り存在するのだ。


人の遺した鉱石には、特別な力が宿る。例えば、治癒、強化、防御、封印……変わったものをあげれば、重力や刻限などなど。そんなものが存在すれば当然、悪用する者が現れる。それに、遺族にとっては勝手に他の者に盗られてはたまったものではない。


だから、それを取り締まる者達、“鉱石刑吏特務官”__通称“刑特(けいとく)”が現れた。国からの命を受け、時には国を通し一般家庭からの依頼を受け、人の遺した鉱石を使いながら、守り、戦い、この国を奔走している。


刑特になる条件、それは鉱石が扱えることを第一条件とし、実技や筆記などの試験に受かることだ。そんな試験に受かることができるのはエリートばかり__そのため刑特でなくとも、この国では一年に一度全ての国民が鉱石を扱えるか検査をさせられ、鉱石を扱える者は鉱石に関する仕事に就く。国としては、鉱石を扱える者はできるだけ監視下に置いておきたいのだろう。


「そうだな。でもやりがいのある仕事だ」

「うん。……でもなぁ。補佐官はいつくるの?前の補佐官もその前の補佐官も私達の仕事についてこられなくてやめちゃったし。書類処理がちゃんと迅速にできる人が来ないと、私そろそろ疲れ死んじゃうよ〜〜」


ぐでぇ、っとアークの向かい側の椅子に座ったメアは机に突っ伏す。そんなメアに苦笑を零したアークは、席を立ち近くに置いてあった毛布を背中にかけてやる。


「厚着しないと風邪引くぞ」

「うん……。暖炉は……」

「もう少し待て。数日したらつけてやる」

「やったぁ!」


アークの言葉に喜んだメアは、天井に向かって拳を突き出して笑う。それを見てアークも少しだけ口角を上げた。


まだ雪の降る時期ではない。だがもう少しすると白く美しい雪がこの街を埋め尽くすだろう__。


「補佐官も暖炉と同じくらいだろうな」

「えっ?数日したら来るの!?ほんとに!?」

「実はさっき連絡があった」


何食わぬ顔でそう告げたアークだったが、メアはそんな連絡などあったかと不思議に思い、自身の携帯をポケットから取り出して通知を確認すると、叫んだ。


「えっ待って私には来てないよ!?!?」

「お前が補佐官と仲良くやれた試しがあったのか……。いくら心理戦が得意でも、人間関係を一から築くのは苦手だろう、お前」

「うっ……」

「そういうのは俺に任せておけ。信頼できる人間だと思ったら心を開けばいい。……また男だそうだ」

「…………」


男。メアは頭の中でそう呟くと、近くにいたままだったアークの服をひしっ、と掴む。


男には良い思い出がないのだ。いや勿論アークは別だが、ぱっと見男か女かわからないしいやそういうわけではなく、とにかく!


……男は苦手、だ。


「大丈夫だ。補佐官として来るやつは俺達と同じように性格テストを受けているだろう。滅多に性格が歪んだやつはいない。……もっとも俺のように……」


感情の欠けたやつなら、いるかもしれないが。


小さい声でそう呟いたアークに、今度はメアが優しい顔で声をかけた。アークのおかげでもう、不安はない。


「大丈夫だよ。人と仲良くなるのはアークの方が断然得意だし、クールなアークはイケメげふんかっこいげふん、素敵だと思うし!!」

「……全部聞こえてるんだが……」


アークは自分の容姿を褒められるのが恥ずかしいらしく、いつも赤面しては顔を手で隠してしまう。……それがかわいい、なんて。


「これでも昔は親友と一緒にはしゃぎ回ってたんだけどな」

「親友……っていうとその……」

「あぁ、こいつだ」


アークはズボンのポケットから、仕事に使う鉱石を取り出す。それは紫色と黒色を混ぜたように暗い色で、それでいてとても……綺麗だった。__そう、アークの親友はもう。


亡くなっているのだ。


「俺にここまで合う鉱石をもった人間はなかなかないだろうな……」

「運命だったかもしれないね」

「……そうだな」


親友の鉱石を元のようにしまい、アークはメアのふわふわとした髪に手を乗せた。そして少しだけ撫でてから、もう一度コーヒーを淹れにキッチンへと向かった。


「……ッ」


メアはそれを見送ると、赤くなった頬を隠すようにまた机に突っ伏す。……これだから顔も性格もイケメンな人は!


「ああそうだ」


キッチンから顔を覗かせたアークは、左目を閉じる代わりにいつも前髪で隠している右目を開いて、メアを見た。


「今日は休みだろう。たまにはこっちの目で外を歩いておきたいんだが、買い物にでも行かないか?」

「ん!いくいく!じゃあ準備して来るね!!」


あっでも無理はしないでね!と慌ただしく言い残し、メアは自分の部屋のある2階へと上がっていった。__ちなみに国から借り受けているこの家は縦長であり、アークの部屋は3階である。刑特は基本2人1組で活動するため、パートナー同士で共に住む者が多い。


「……ふぅ」


コーヒーを淹れ、アークはまたほっと一息つく。開いていた右目をまた髪で隠し、いつものように左目を開けた。


アークは生まれつき、右目の視力が驚くほど高いのだ。それは仕事に大いに役立っているが、日常生活では少し不便な時もある。だからこそ、たまに日常生活で右目を使っておかなければ。


アークは自分のカップとメアが使ったカップを水に浸けると、自分も準備をするべく階段を上っていった。


〜*〜

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