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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter1『怪盗、探偵、平凡』
8/40

scene7『歪み無し』

あと一本行きます。


 その日の旋律は、一日中ぼーっとしていて、何度も授業中に注意されてしまった。


 朝出会った男子――心在カケルのことが、ずっと気になっていた。なんとなく、昔会った誰かに似ているような気がして。漫画や小説じゃあるまいし、ありがちな勘違いだとは思ったが、否定しきることも出来なくて。心の中に朧気に浮かぶその存在に、記憶という形を与える作業に没頭していた。


 記憶というのは、不思議なものだ。忘れたい記憶は忘れようと意識することで尚更忘れられなくなり、逆に忘れたくないことは少し気が緩んだ隙に日常の中に埋もれて行ってしまう。掘り起こそうと思っても、ぐちゃぐちゃに積み上げられた記憶の断片の中からそれを探ることは難しく、その癖、ふとした拍子に、例えば連想といった形で思い出すこともある。


 ならばその連想から辿れないだろうかと、朝の出来事の一々を思い返そうとするも、テンパっていたからだろうか、大まかな流れはともかく、彼の仕草、言葉の詳細がはっきりと思い出せなくなっていた。命の恩人だというのに、自分はこんなにも薄情な人間だったのだろうか……それは、あまり考えたくなかった。


 もし、何もかもを忘れずにいられて、蓄積された膨大な記憶をカテゴリー別、時系列順に見出しを付けて整理できるなら、どんなに便利だろう。辛い記憶も忘れられないなら、それは不幸なのだろうか。でも自分なら、辛いことを忘れられる代わりに楽しかったこと、大切なことも忘れてしまうくらいなら、全てを覚えていたいと思う。


 ――もう一度、彼に会いたいな……。


 そうしたら、もっとはっきり何かわかるかもしれない。


 朝別れる時に、何か約束でもしておけば良かった、例えば朝のお礼に昼食をおごるとか……と、少し、いや、かなり後悔していた。用もないのに会いに行けるほど、旋律は大胆さを持ち合わせていない。臆病な自分が、もどかしかった。


 そうしてもやもやとした気持ちを抱えながら悩んだ末、もうとりあえず会いに行ってしまえ、と決心した時にはもう、放課後になっていた。それでも旋律にとっては画期的な早さだった――いつもであれば、悩んで悩んで、結局何も出来ずに終わるのが関の山だったから。


 具体的に何をどうするのか悩んだまま、鞄を掴んだ。


 自分を勇気づける為、探し物は何かと問う古い歌を小さく口ずさみながら、そろそろと廊下を歩く。C組の前に来た。


 あまり社交的でない旋律にとって、他のクラスはまるで異世界のようなものに感じられる。恐る恐る引き戸から覗いた教室に、旋律は奇妙な印象を受けた。人はまばらなのだが、その微妙なくっつき具合、ばらけ具合からなんとなく、嵐が過ぎ去った後というか、祭が終わってもまだ熱が冷め切らず余韻が残っているような、そんな雰囲気を感じた。


 そうやってドアに隠れて中の様子を伺う旋律に――近づく一人の男子生徒がいた。


「あ? 【歪み無し】じゃねぇか。何してんだよ?」


 自分に覆い被さる影とその声に、びくり、と旋律の体が強ばる。


 ワックスで逆立てられた赤く染まった髪。耳には複数のピアス、くたくたの学ランの下にはこれもまた赤い派手な柄物のシャツ、下げ気味に穿かれただぼだぼのズボン。全力で校則を無視したファッションである。


「た、竹薮くん……」


 びくつきながら、旋律が応える。


「ケッ、相変わらずすっとろい喋り方してやがんなぁ……もっとスカッと生きらんねーの? 俺様みてぇによぉ」

「う、ご、ごめん」


 客観的には謝ることは何もないのだが、自分のせいで相手を不機嫌にさせてしまったと解釈した旋律は謝ってしまう。そうした卑屈な態度が尚更、彼を苛立たせるとも分からず。


 男子生徒――竹薮八桁のことが、旋律は昔から苦手だった。威圧的に喋るのもそうだし、中等部に入って髪を赤く染め、耳にピアスをつけて、周囲を積極的に威嚇するようになってからは、もっと苦手になった。


「っつか、イマドキ【歪み無し】とか、マジありえねーよな。人生損してるわ」

「あう……」

「あーアレか、お前もテンコーセー見に来たクチか。ったくみんなどーしてそんなに物珍しがるかねぇ。美人っちゃー美人だけど、大したことねーよ。どーせあぁいう奴に限って【歪み】もしょぼいんだろーし」

「え、転校生……?」


 そういえば、今日はなんだかクラスが、いや学年全体が騒がしかった気がする。あれは、転校生が来たからだったのか。ほとんど上の空だった旋律には、全く噂が入っていなかった。


「別に、私はその転校生さんを見に来た訳じゃないんだけど……」

「でも残念だったな。テンコーセーは3年の妙な先輩に連れて行かれちゃったんだな、コレが。なんて先輩だったかなー。興味ねーからわかんねーや」


 少しは話を聞いて欲しいと思ったが、言うのは憚られた。竹薮は旋律を気にもせず、好き勝手喋りつづける。



「まぁお前みたいな地味な【歪み無し】ちゃんは、さっさと帰って【歪め】るよう頑張った方が良いんじゃねーの? ま、無駄だと思うけど」


 そう言って、竹薮はニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。


 ()()()、旋律は【歪み無し】であることを突くといつも面白い反応を見せるのだ。泣き出したり、怒ったり。()()()()()()()()()()()()ことをずっと気にしていることを、竹薮は知っている。【歪み】もなく、心も弱い、明らかに自分より劣等な存在である旋律は、竹藪の嗜虐心を満たし、優越感を与えてくれる。せっかく見かけたのだからいじめてやろうと話しかけたのだが、今日はどんな反応をしてくれるのだろうか。


「えと、今日は部活だから……」


 だが、帰ってきた答えはそんな普通の言葉だった。


「はぁ?」


 嫌みにも反応せず、期待外れの言葉を返す旋律に、さすがに竹薮も呆気に取られた。突き方が足りなかったのだろうか。


「あ? 部活、ねぇ……。青春を謳歌しましょーってか? くだらねぇ。俺様には理解できねーな」


 面白くもない反応をされ、竹薮は苛立ちを隠そうともせずにそう悪態をつく。だがそれも、


「そうかな……楽しいよ、部活」


 怒りもせず、微笑すら浮かべながらそう言われ、竹薮の心がざわついた。なんというか、毒気を抜かれそうなのだ。旋律と会うのは久しぶりだったが――声をかけた時はいつもビクついていたくせに、この落ち着きようは一体どうしたことだろう。彼女を虐めて楽しもうとしていた自分が急に虚しく思えてきて、竹藪は徒労感を覚えた。


 ――チッ、つまんねー。


 わざとらしく、嘆息。


「はぁ、帰ろ帰ろ。俺様【歪み無し】と喋ってる暇なんかねーのよ。話してるとこっちまで【歪み無し】になっちまわぁ。んじゃねー」


 無駄に毒を混ぜつつ無理矢理に会話を切り、竹薮は旋律にわざと肩をぶつけるようにして横を抜け、教室を出て行く。


 後ろでよろけた旋律が何か言ったような気がするが、無視。


 行き場のない苛立ちが募る。これ以上彼女と話していたら、はっきりとは分からないが自分の中の何かが変わる……いや、変えられてしまうような気がした。少し話しただけなのに、かつて下に見ていた旋律が何か得体の知れない大きな存在になっているように感じられて、竹藪は焦りを覚えていた。


 ――ありえねー、あの泣き虫に負けた気がするなんてよっ……!!


 とりあえず目に付いたゴミ箱を蹴ろうとして、思いとどまる。ここで()()訳にはいかない。


 苛立ちが大きくなっていく。それにつれて、歩く速度も上がっていく。早く、どこかに行ってこのイライラをぶつけてやらなければ。


「さぁて、今日はどこでやろうかね……っ!!」


 歯ぎしりしながら無理矢理口端を上げて凄惨な笑みを浮かべた竹藪を、誰も見てはいなかった。


     ◇


「あ、うん。さよなら……」


 そう言って、旋律は竹薮の背を見送った。もう少し穏やかな調子で話してくれれば、怖くないのにと思う。


 ――【施設】にいた頃は、いじわるだったけど、もう少し話しやすかったのにな。


 というより、あんなに周りを遠ざけるような、というか周りを見下すような態度をとる人ではなかった。


 自分は多分虐められていたのでそうでもなかったが、施設の他の子供達とは普通に話していたように思う。


 何が彼を変えたのだろう。似たような境遇にあったのに、いつの間にか全然別の人生を歩むようになり、すっかり疎遠になった旋律には、想像もつかなかった。


 竹藪のことは――確かに苦手なのだが、嫌いな訳ではない。彼は旋律が【歪み無し】であり、その為に親に捨てられたことを知って、旋律と話すたびにそれを意地悪く持ち出しはするが、周りの誰かに言いふらすような真似はしなかった。よく泣かされはしたが、だからといって旋律は彼を憎むことはなかった。もし彼が旋律のことを言いふらしていたりしたら、【歪んだ】()()()()()()()()()()()()()()()自分が、社会に溶け込めるはずはないのだから。そういう意味では、むしろ感謝すらしている。もちろん、植え付けられた苦手意識は、そうそう無くなりはしないけれど。


 だから今彼に言われたことも、怒る気にはなれなかった。というより、悩みがあるのではと、そのことばかりが気になっていた。無論、彼は旋律のことが嫌いだろうから、悩みがあっても話してくれる訳はない。そして話してくれたところで、自分に何が出来るとも思えない。


「ダメだ、考えても仕方ないよね……」


 ――今は自分の用事を済ませよう。


 そう思って改めて教室を覗くと、2、3人の女子が喋っているだけで、他の生徒はいつの間にか皆いなくなっていた。部活に行くか帰るかしたのだろう。もちろん、カケルの姿もなかった。


 見つけたからといって何をどうするか決めていた訳ではなかったが、せっかく勇気を出してみたのに、空振ってしまったことに旋律は嘆息した。


 もう今日は諦めて早く部活に行こうと振り返ろうとしたその時、


「部活に来ずに油売ってる悪い子は、誰だぁ~?」

「ひゃあぁ!?」


 誰かが後ろから、旋律の耳元でおどろおどろしい声を上げて、旋律は驚いて飛び上がった。鳥肌が立っている。


 振り返る間もなく、背後にいる何者かは、


「旋律ったら何やってんだよぉ。今日は重大ミーティングだぜ」


 と言うが早いか、旋律のセーラー服の襟を掴んで引き倒し、そのまま廊下を走りだした。


「ちょっと、待っ……」

「言い訳無用情け無用、待ったナシだぜさぁ行こう!」

「じゃなくて、離して~~~!!」


 急すぎる展開に全くついていけない旋律に、抗う術は無かった……。


旋律を平凡な少女として書けているでしょうか。


次がちょっとした山場なので、今日はそこまで投稿します。


ここが厨二:チンピラ。

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