scene6『探偵の転入』
2本目です。別のシーンを書いていたら、中途半端な時間になってしまった。
カケルは静かに教室に入ると、特にクラスメイトと挨拶を交わしたりもせず、窓際最後尾の自席に座った。
思い出すのは、成り行きで一緒に登校した旋律のことだった。
文字通り、脇目も振らずに台本の練習に熱中していた彼女。
主役をやりたいけれど、自信がないと悩んでいたその姿は、あまりにも、普通で。だからこそ、憧憬のようなものを感じていた。
この【歪んだ世界】で、普通で居られるということが、特別に思えた。
自分は、あれほど何かに熱中したことがあっただろうか。
自分は、彼女の背中を押せたのだろうか。
他人とあれほど言葉を交わしたのは久しぶりだったから、自信がない。少しキツい言い方になったかもしれない。
――気にしていなければ、良いのだけれど。
それにしても、とカケルは思った。
――演劇部、ね。
少しばかり因果を感じなくもない偶然に、思わず苦笑する。傍目にはその変化は分からなかったので、カケルは教室の隅で一人で笑っている変なやつ、という印象を周りに植え付けずに済んだ。最も、カケルのことなど誰も気にしていないので――登校したことに気付いているかも疑問だ――笑ったところで、見られることはなかっただろうが。
「あ、そうだ。なんかね、転校生が来るんだって」
「はぁ? こんな時期に? それ、ドコ情報?」
ふと、そんな会話が、たまたま耳に入った。
確かに、中高一貫であるこの学校に、転入生とは珍しい。それも、こんな時期に。
『世界政府平和維持同盟直属、対極度歪能力犯罪部極東方面担当班、通称【消音装置】……まぁ、メンバーは【チーム】と呼んでいるが……要するに、世界政府直属の警察の協力組織から来た協力者だ。この地域の【怪盗】事件の担当として派遣された』
昨夜出会った彼女の言葉が頭を過ぎる。
まさか、と思ったその時、始業のベルが鳴り、担任が入ってきた。
教壇に立った担任教諭は、生徒が着席しているのを確認すると、開口一番、言った。
「えー、ホームルームを始める前に、皆さんに転入生を紹介します」
途端にクラス中が色めき立つ。
「転校生って、マジ!?」
「どんな子なんだろ」
「かわいい子来い、かわいい子……!!」
「しーずーかーに! 気持ちは分かるけど。じゃ、入って」
担任が場を納めてから、開け放しだったドアの向こうの誰かにそう促す。
その生徒が一歩足を踏み入れた途端、教室は一瞬で静まり返り。
カケルは内心頭を抱えた。
彼女が教壇の横に立つと、凛とした雰囲気が教室を支配した。
美しい艶を放つ、長い黒髪。切れ長の瞳が、教室を一瞥すると、誰かがごくり、と喉を鳴らした。
息が詰まるようなどこか緊張した空気の中、瞳を若干揺らしながら、彼女が口を開く。
「織目紗麓だ。その……世話になる。よろしく頼む」
瞬間、わっ、と教室が爆発する。
【探偵】が、そこに居た。
◇
紛れもなく、昨夜出会った彼女であった。努めて無表情を装いながら――努めなくても無表情なのだが――カケルは思考を巡らせる。
――ニスイ姉は、知らなかったのか?
いや、あの姉に限ってそれはあるまい。カケルなら上手くやれるだろうという信頼の表れか、面倒だったのか。いやあの性格の悪い姉のことだ、黙っていた方が面白そうだから、というのも十分あり得た。思えば、今朝の意味ありげな言葉は、これを指していたのだろうか。
それにしても、なぜ、わざわざこのクラスになったのか。自分に目星がすでに付いているとは考えにくいのだが。あの人を食ったような【桐生院】の少女が一枚噛んでいる気もする。
――あいつも、大概性格悪いからな……。
とにかく目立たないことだ、とカケルは決意した。問題は無い、目立たないことには慣れている。接触は避け、ひとまず観察してみることにする。
いつの間にかホームルームは終わっており、紗麓はクラスメイトに囲まれていた。
分からなくもない。彼女は紛れもなく美人の類いであり、妙な時期に転校してきたというゴシップも相まって、ティーンエイジの興味を引くには十分だ。
近くでちっ、と舌打ちがした。
見れば、机の上に足を投げ出した素行の悪い男子生徒が、生徒に囲まれる紗麓を面白くなさそうに睨んでいた。彼が不機嫌そうなのは今に始まったことではない。それがポーズなのか、何か理由があってのことなのかは分からないが、それを知りたいとも思わない。彼もカケルとは違った意味で孤立しているが、特に共感できる点もなく、お互い干渉したことはなかったし、これからもそうだろう。今は目の奥にどろどろとしたものが滲んでいるようにも見えるが、興味は無かった。
視線を戻すと、囲まれている紗麓は、むすっとしていて、カケルにはそれがどう対応していいのか分からない、戸惑いの表情のように見えた。
凛とした姿が強く印象付いていたカケルには、意外に思える。
こういう、同年代の人間に囲まれる状況に慣れていないのだろうか。自分と同じ歳で、世界政府直属の犯罪取り締まり組織にいるということは、きっとそれなりに特殊な経緯があったのだろう。これまで学校に行ったことなど、ないのかもしれない。急に慣れない環境に放り込まれたとあっては、戸惑うのも無理はない。
そう考えると、まるで公園デビューした子供のようだ。
いや、考えても栓なきことか、とカケルは首を振った。【探偵】の事情など、自分には関係ない。
特に自分に探りを入れてくる気配もないし、他の生徒に対するのと同様に、関わらないようにすれば良いだろうと、カケルは思っていた。
姉はああ言ったけれど。
自分と関わり続けることが出来る存在なんて、いないのだから。
放課後になって、突然乱入してきた先輩女子に紗麓が連れ去られて行っても、自分と彼女――いや、彼女たちにこれ以上接点が出来るとは、思ってもいなかったのだ。
今日はあと2本ほど投稿します。
ここが厨二:美少女転校生。