scene5『訳ありの登校』
ご覧のとおりの展開の遅さですので、第一章は導入部分ということもあり、雰囲気を掴んでいただくためにももう少し進めた方が良いかなと思いまして、今日は何本か投稿しようかと思います。
カケル達が登校した少し後。学校へと続く大通りを歩く学生達の中に、一際目立つ二人がいた。
「いやぁ、まさか紗麓とこうして同じ学校に通える日が来るとは……嬉しいなぁ」
そう言って頭の後ろで手を組みながら笑うのは、長身の男子。やや茶色がかった髪と、優しさと知性を感じさせる細めの眉目、すっと通った鼻筋に、甘やかさを感じさせる唇は、総じて、爽やかな美男子、といった印象を与える。
「はぁ……なんで今更高校生をやらなくてはならんのだ? 私は大学過程までクリアしてるのに……お前だって、高校レベルの知識なんて必要ないだろ」
そうため息をつきながら、棒付きアメを舐めているのはこちらも女子にしてはやや長身の美少女、織目紗麓だ。今は【探偵】の衣装ではなく、学生服に身を包んでいる。
「まぁ、ね。全部頭に入ってるし」
さりげないアピールをスルーされてもめげずに、呼ばれた男子――都村和がそう答える。
「それに、学校じゃパイプも吸えないし……」
水色の棒付きアメを指でくるくると弄びながら、不満そうに紗麓は言う。
「そりゃ女子高校生がパイプなんか銜えてたら色々問題あるからねぇ」
「お陰で、コレで我慢するしかない」
れろ、と再び口にアメを銜える。ハッカによる清涼感が、口の中から鼻や喉へと広がっていく。
「まぁそれも、授業中は我慢しなきゃね」
「ふっ、棒無しタイプもちゃんと用意してある。抜かりはない」
「いや、授業中にアメを舐めてること自体がまずいと思うんだけど……」
「といっても、やはりパイプの趣には叶わん……もういっそ”パイプを吸い続けてないと死ぬ”【歪み】ってことにして、学校公認状態にするのも良いんじゃないか?おお、これは良い思いつきだ」
いたずらを思いついた子供のように顔を明るくする紗麓を、和は可愛いとも思ったが、一応”保護者”としてツッコんでおくことにした。
「それじゃあ生まれた瞬間に死んでるじゃない……」
「む、確かに」
「それに、自分の【歪み】については、必要のない嘘は吐かない。それが僕らのルールでしょ」
「分かってる、冗談だ。あぁ、面倒くさい……」
今までのそれを舐め終わってしまって、紗麓はポケットから新しい棒付きアメの袋を開けて、口に放り込んだ。またしてもハッカ味だ。たまに舐める分には良いと思うが、和は見ていて胸焼けしそうで、わずかに顔をしかめた。
「まぁ、【怪盗】事件のための出張とは言っても、この辺りの特殊犯罪の捜査も兼ねてるからね。長くいることになるだろうから、田舎だし、年齢に即した身分を装えと、チーフがみんなに言ってたじゃない」
「ふん、”出張”、ね……。要するに我々【チーム】は、左遷されたということだろう?」
「いやー、それはいくら紗麓でも上を疑いすぎってもんでしょ。以前にもこの辺りに拠点を張ったことはあったようだし」
和はまるで脳の奥を探るように、頭の横を指でつつくようにしながら、言った。
「私が入る前、か?」
「そうだね。でもその割に、チーフもあんまり嬉しそうではなかったよねぇ。嫌な思い出でもあるのかな?」
「中央から地方都市に追いやられて、嬉しいハズもあるまいよ」
「そうかなぁ……僕は嬉しいけどねぇ」
「お前は楽したいだけだろう」
紗麓がジト目を和に送る。
「あ、分かる? でもそう言う紗麓は、中央へのスカウト断ったみたいじゃないか。なんで……はっ、まさか!」
和は自分の思いつきに目を輝かせる。
「僕とのコンビ解消が嫌だったとか?」
「それはない」
瞬殺だった。
「あ、そうですか……」
「大体、私の初登場シーンだって、お前いなかっただろ。何がコンビだ」
「いや、それは演出の都合で……ってメタな話は置いといて、じゃあ、なんで?」
「………………」
「紗麓?」
「知らないおじさんの言うことなど信じられないからな」
顔を背け、ぼそっと、拗ねたように紗麓は言う。
「子供かよ! ってまぁ、紗麓の場合はしょうがないけどさ……でも、ウチのトップ、結構プライド高くて、怒らせると怖いらしいよー」
「ふん、ふんぞり返ってるだけで何考えてるか分からんおじさんの所になんて行けるか。きっと人体実験とかやってるに違いない」
「そ、そうかな……一応僕らのトップなんだけどね?」
紗麓には人間の上下の区別はないのだ。一応最低限の礼節はこなすけれども、年上であるとかそういうことは一切気にせず、ずけずけと物を言う紗麓の態度に、一緒に仕事に当たることの多い和は何度も冷や汗をかかされていた。
「で、私たちが入る……成桜学園か? そこになったのは、何か理由があるのか?」
「あぁ、まず私立だから色々ごまかして入りやすいっていうのと、あともう一つ……ここ最近の【不審火】の潜入捜査だね」
「【不審火】?」
「あー、紗麓は昨日ミーティングの途中で飛び出しちゃったから聞いてないんだったね」
「う……」
ばつが悪そうに、紗麓は目を逸らす。それと同時に、昨夜の出来事を思い出す。
「まぁ僕が覚えているから良いよ。あのね、この辺りで最近、【不審火】……つまり、原因不明の発火現象が立て続けに起きているようなんだ」
「原因不明、ね。【歪み】か」
「おそらくね」
「だが、ウチに上がってきたということは、ちょっとした制御ミスということではないのだろう?」
「うん。紗麓の言うとおり、【不審火】ではなく故意の【放火】なんじゃないかって、上は睨んでる。それも、学生の犯行と思われるようなんだ」
「何……学生の犯行と“思われる”……だと?」
ピク、と紗麓が眉をひそめたのを見て、説明をしていた和は、「あ、やばい」と思った。紗麓のいつもの“発作”が始まったのだ。
「誰がそう“思った”のかは知らないが、学生の犯行だと何故分かる? 時間帯か? それだと学生に見せかけようとしたのかもしれないし、そもそも地域だって撹乱の為に敢えてこの町まで出てきているのかもしれないじゃないか。だから“この辺り”というのも間違っていて、近隣地域、いやさ離れた場所でも似たような事件が起きているかもしれない。そう考えていくと……そう、容疑者は人類全体だ!」
「疑いすぎでしょ!? なにがそう、なんだよ……。曲がりなりにも【探偵】なんだから、もうちょっと的を射た発言をしてくれよ」
いつものこととはいえ、若干呆れながら、和はツッコむ。それでも紗麓は憮然としたままだ。
「曲がりなりにも、とはなんだ。私は疑うべきは全て疑わずにはいられないのだ」
「疑うべきどころか、疑わざるべき所まで疑っちゃうのが玉に瑕だよね……。まぁ、紗麓の懸念も分かるけど、この件は学生という線はほぼ”疑い無い”よ。学生服……というか成桜の制服を着た同じ特徴の少年が、複数の火災現場で直前に目撃されているって証言があるんだ」
「それだけだとやはり根拠には欠けるな……学生服着た童顔の青年かもしれないじゃないか。そもそもその証言が事実かどうかも疑わしい」
「君の【人間不信】も筋金入りだね……。一応、コスプレってのはあるかもだけど、証言自体は複数あるから信憑性は高いよ。それに成桜の制服は手に入りにくいんだ。ならまず、可能性が一番高い所から捜査するのがまぁ、合理的じゃない?」
一度疑いだしたら止まらない紗麓をなだめるには、合理性を訴えるのがコツだと、短くない付き合いの中で和は理解していた。
「むぅ……」
「納得出来ない?」
子供のように不満そうな態度を取る紗麓に、和は優しく声をかける。
「いや。ともかく高校生をやらなきゃいけないのは、もうわかったよ」
「そこかよ!? まだ納得してなかったのか……君って本当、子供っぽいとこあるよね……。まぁ見た目が大人っぽい美人だから、そんなギャップにもぐっとくるんだけどさ」
ぴっ、とウインクとサムズアップをキメる和だが、紗麓は全く取り合わない。
「子供っぽいとは失礼なやつだな……」
「褒めたんだよ?」
「嘘つけ」
「そこは信じてくれよ……」
「無理」
人の言うことをまともに受け止めない紗麓には、褒め言葉などで気を引こうとしても全く通じないのである。和は事ある毎にアタックしているのだが、一度たりとも取り合ってもらえたことはなかった。不憫である。
「しかしその放火魔、それだけ目撃されていて、もし本当に学生だったら、なんというか、間抜けすぎるだろう」
「まぁ、そうだね……そこに関しても、ちょっと調子に乗った学生が考えなしにパッと犯行に及んだんだと思えば、犯人像としてもしっくり来るけどね」
「そんな三流のチンピラなら、警察がすぐに捕まえてくれるんじゃないか?」
「それが、どうもこの事件の厄介なところでね。犯人像も、犯行現場も、なんとなく分かっているのに、それ以上進まない……どうにも、決め手に欠けるというか、なんとなく以上にならないらしいんだよね。それで、ウチとしても動いた方が良さそう、というわけ。【チーフ】としては、【チーム】、というか君と僕とで捕まえることで、今後この町で警察と僕ら【チーム】の協力関係がスムーズになるのを狙ってるみたい。実際、この【不審火】……いやもう【放火事件】か、に関しては警察から依頼は来てなくて、情報とかもウチの【情報屋】さんがかき集めたみたいだし」
「警察のデータベースからか……? 協力関係が聞いて呆れる」
「ウチの【チーフ】って本当、喰えない人だよねぇ……あ、ところで紗麓。昨夜は勇んで飛び出してたけど、どこ行ってたの? 【メインディッシュ】の現場にはいなかったじゃないか」
「それが……桃の木美術館の方に行っていたんだ」
「は? 美術館? なんで」
「いや……だから、私はミーティングの途中で、もう一人の【怪盗】の予告状が送られていた場所だけ聞いて飛び出したから、【MD】じゃない方に行ってしまったんだ」
「え……? もう一人の、【怪盗】だって? 何言ってるんだよ紗麓。【怪盗】は一人だろ?」
その言葉に、紗麓はぞっとした。【チーム】の情報分析担当、【図書館】たる和の【記憶力】に関しては、紗麓も理解してある程度不信を抱かないでいる。その和があまりに自然に【MD】の他に【怪盗】はいないと、そう言うのが、不可解だった。
「お前こそ、何を言っている……? 昨日ミーティングで言われただろう。でなかったら私が間違えるはずがない」
「え? 昨日のミーティングの内容は……」
「覚えていないのか?」
「まさか。僕が忘れるわけないだろ」
「なら、私が出る前の内容は」
「ん……? 桃の木美術館に予告状、【怪盗】……あれ、おかしいな。すぐに思い出せない」
「思い出せない……お前が?」
「というか記憶そのものが曖昧というか、なんか薄くなって意識しにくい……こんなこと、初めてだ。まさか……もう容量オーバーなのか? でも急にそんな、馬鹿な」
青ざめる和を横目に、紗麓は思考に耽る。
和の【歪み】が不具合を起こしたのか、あるいは、【X】の【歪み】に原因があるのか。だが、他人の記憶にまで影響を与える【歪み】とは、一体何なのか……。
「あ、あぁ、思い出した。確かに昨日は【怪盗X】が桃の木美術館の『夜空の涙』を盗むっていう予告があったんだったね。ちょっと思い出すのに時間かかっちゃった。僕もボケてきたかな? で、紗麓はそれだけ聞いてそっちに行ったわけだ。ははは、焦りすぎだよ……それで、どう……だった?」
ごまかすように笑う和に、紗麓の思考は遮られた。
「あ、あぁ。一応犯行は止められたが、捕まえることはできなかったんだ。はしっこいというか……居場所が次々と変わるという感じで、あっという間に逃げられたよ」
「そうなんだ。紗麓が捕えられなかったなんて……次に会う時までに対策練らなきゃね」
「いや、その必要はないかもしれん……奴はもう【怪盗】としての活動を引退するらしい」
「えぇ? 引退って……なに、そんなに歳行ってんの?」
「いや、同い年ぐらいだったと思う。平淡な声で正確にはわからなかったが、少なくともおじさんとかおじいさんではなかった」
言いながら、【怪盗】の姿を思い出す。黒ずくめの中肉中背に、半分に塗り分けられた仮面。良いように翻弄された上に、人を小馬鹿にしたような台詞の数々を思い出し、紗麓は腸が煮えくり返るような思いだった。
「ふぅん、じゃあなんでやめるんだろうね」
「さぁな……目立たない、とか、疲れた、とか言っていたような気がする。変なやつだったよ。それに、いけ好かなかった。私を前にしても妙に落ち着いているし、人の痛い所をずけずけと……」
「痛い所?」
「いや……なんでもない」
「ふぅん……聞いてる限り、ずいぶんと変な奴だったみたいだね」
「そこまで印象に残っている訳じゃないがな。なんというか、”特徴がないのが特徴”って感じで……それより、【MD】だ。そっちはどうだった?」
「こっちはあまり思い出したくない……機動隊を一人で壊滅させたんだよ? こっちの攻撃は全然効かないし、向こうは素手だったのに。まさに悪夢だったよ。あれのどこが【怪盗】なんだって感じで。彼女の【歪み】の正体まではわからなかったけど、あの場ではどうしようもなかった。対策立てないと」
和は苦虫を噛みつぶしたような顔をしている。
「彼女……? 【MD】は、女なのか」
「うん。眼だけ隠すタイプの仮面をつけてたけど、僕らよりちょっと幼いぐらいの女の子だった。体もちっこいし、なのに誰よりも存在感があるというか、威圧感があるというか……圧倒的すぎて、手も足も出なかったよ。とにかく、紗麓も一度見れば分かる……っと、着いたね」
私立成桜学園、その校門に、二人は立っていた。
「綺麗な学校だね」
「あぁ、そうだな……」
ついに来てしまった、紗麓たちがこれからしばらく通うことになる学校。みなそれぞれの【歪み】を抱えながら、それでも社会からこの施設が消えることはない。
――私も、溶け込めるのだろうか……。
幼い頃から大人の中で育った紗麓にとっては、同世代の少年少女が大勢いる場所は、まさに未知の世界だった。高校に通うのを嫌がっていた一番の理由はそれだ。
それはまるで小さな子供が、新しい環境に不安になっているようだった。
「大丈夫だよ、紗麓は美人だし、男女問わず人気者になれるよ……あぁ! でもそっか、そしたら言い寄ってくる男子が増えるかも……くぅ、由々しき事態だ!」
サムズアップしたり頭を抱えてうんうん唸り出したり、和は忙しない。
「何を言っているんだこの馬鹿は……ん?」
辺りが騒がしいことに気付いて紗麓が周りを見れば、登校してきた生徒たちが、奇異の目線を紗麓たちに注いでいた。それは見た目の良い二人への憧憬の眼差しでもあったのだが、紗麓にはただ和が目立つ動きをしているから気味悪がられているのだとしか思えなかった。
「おい馬鹿っ。目立ってるじゃないか。さっさと行くぞ」
「ぐぇっ!?」
和のネクタイをむんずと掴んで、紗麓は門の中へと歩き出す。
「ちょ、ま、紗麓、苦しいっ」
ずかずかと競歩のようなスピードで人のいない場所――中庭へ来た紗麓は、柱の影でようやく和を解放した。
「まったく、お前のせいで私まで変な目で見られてしまうじゃないか……良いか、はっきり言っておくが、学校内では仕事の話でかつ緊急の時以外は話しかけてくるなよ」
「えぇ!? そんな……それじゃ楽しい僕の紗麓との学園ライフはどうなるんだ!?」
「そんなものは初めからない。いや、そうじゃなくて、ただでさえ妙な時期に転入生が二人もいるだけで目立つのに、その二人が知り合いともなれば、ますますあらぬ噂を立てられそうじゃないか」
「あらぬ噂って?」
「いや……だから、その……わかるだろ、私たちが……」
耳元に唇を近づけ、ぼそぼそと喋る紗麓に、和のテンションは再度急上昇した。
「駆け落ちしてきた恋人同士だと思われるってこと?」
「違うわっ! 私たちが【世界政府】のっ……」
「ちょ、紗麓! それ言っちゃだめなやつ! しーっ!」
ふがふが、と興奮する紗麓の口を和が抑える。落ち着くまでしばらくかかった。
気を取り直して。
「全く紗麓ったら、僕たちのバイトのことは内緒だよ? といっても、理事長と生徒会長にはチーフの方から言ってあるみたいだけど」
「……理事長は分かるが、生徒会長にもか?」
「あぁ、二人とも【桐生院】の人間なんだよ。信頼出来る家系だし、この町で何かするなら話を通してもらっておいた方が楽だからね」
「ふむ……家系を信頼するというのは、私には理解できない概念だな。生徒会長だって生徒なのだから、容疑者の一人ではないか」
「もちろん、それはないってことは事前に確かめた上で、さ。どうも、珍しい【歪み】なんだって。それにほら、僕らが学校内で生徒に対して調査する時、学校内の秩序を担う生徒会長が協力してくれたら、楽だと思わない?」
「むぅ……素人の協力なぞ、仰ぐだけ無駄だと思うがな」
「まぁそう言わずに。使える人手は全部使うのが、迅速な解決の鍵だろ?」
「わかったよ。どうせ片手間の事件だしな。で、さすがにそろそろ入らないと間に合わない気がするんだが、最初はどこに行けばいいんだ?」
「職員室だよ。クラスの担任の先生に挨拶してから教室さ」
◇
「じゃあ、放課後に迎えに行くから、帰らないでねー」
職員室の前、担任に引率されながらそう言って去る和の背を見送って、紗麓はぼそりと呟いた。
「あいつ、年上だったのか……」
紗麓は1年、和は2年だった。
初めて会ったときに当然言われたはずだったが、紗麓はすっかり忘れていたのだった。
和は残念イケメン。
ここが厨二:【図書館】でライブラリ。