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歪んだ世界の終幕  作者: 黒星 落
Chapter1『怪盗、探偵、平凡』
4/40

scene3『怪盗家族の朝』

とりあえず毎日一話ずつアップしていく所存ですが……第一章は展開遅すぎかもしれません。ごめんね。

「………………」


 地方新聞の一面を、心在カケルは無表情に見つめていた。視界の中心には、鼠色の紙面の半分を占めようかという大きな写真と、他記事とは一線を画す、ひときわ大きな見だし。


 『【怪盗メインディッシュ】、またも大暴れ』


 今日の一面はほとんどその記事に関する文章で埋め尽くされていた。


 紙をめくる。この地方新聞はよほどネタがないのか、クロスワードやら駅前グルメめぐりのコラム、商店街の広告などを適当に敷き詰めたような内容の薄い紙面が続き、最後のページに一面に載らない残りの小さなニュースを凝縮し、それでも余る角のスペースにシュールな四コマ漫画を詰め、なんとか体裁を整えているような構成をしている。


 その最後のページを見据える。しばらくしてから、四コマの下にその記事を発見した。


 『【怪盗X】、”夜空の涙”盗む』

 『先日桃の木美術館に対し、同館で展示されている”夜空の涙”を盗む旨の予告状を出していた【怪盗X】が、昨晩未明予告通り同館に侵入、同品を盗み逃走したと、C県警が発表した。C県警に警備を依頼した美術館の館長は、「”夜空の涙”が盗まれたのは残念ですが、正直MDじゃなくて良かった」とコメントしている。被害は”夜空の涙”の他、窓ガラスが一枚割れたのみであったという(一部の情報では、【怪盗X】による被害ではないらしいが、詳細は不明)。また、捜査関係者によると、【X】は活動を休止する予定とのこと。』


 たった数行の記事が、書いてあるだけだった。【メインディッシュ】とは随分扱いに格差があるな、と苦笑するも、傍目には口の端がわずかに曲がっただけの、目立たないものだ。


 カケルはため息を吐きながら、新聞をきちんと折りたたみ、元の状態に戻した。


「カケ兄、相変わらず読むの早いね。なんか面白い記事あった?」


 テーブルの横から目の前に、がちゃり、と若干乱暴に湯気の立つコップが置かれた。だからといってその手の主が怒っているわけではないのはよく知っている。勢い余ってコップの淵から垂れたコーヒーの滴を、カケルはテーブルに落ちる前にティッシュですかさず拭き取る。


「特には」


 ありがとう、と言ってコップに口を付けた瞬間、顔をしかめそうになる――いや、本人はしかめたつもりなのだが、やはり傍目には分からない――恐ろしいほどに、甘かった。また砂糖の加減を間違えたらしい、とカケルは推測した。細かいことは気にしない性格というのも、考えものだと思う。


 新聞を取り上げながら、妹のサラが、コップを片手にテーブルの向かい側に座った。


「あ、また一面」


 早速【怪盗メインディッシュ】の記事を見つけた――見つけるまでもなく真っ先に目に入るのだが――サラが、どこか誇らしげに顔を綻ばせる。が、記事を目が追っていくにつれ、その表情が曇っていく。


「………………」


 気になって観察していると、ほどなく「むー……」と唸り始めた。どうやら記事が気に入らないようだ。


「どうした」


 妹は答える代わりに突然両手を掲げ、テーブルにたたき付けた。握りしめた拳がぶるぶる震えている。


「はラ、ほうひた」


 悲劇を予期し、咄嗟に左手に二つのコップを、右手に妹のパン皿を、口に自分のパンを避難させていたカケルが、どうしたと妹に問う。


「この新聞、全ッ然分かってないよっ!」


 うがー、と鳴きながら、今度はのけ反る。表情豊かで一つ一つの挙動がはっきりしている妹を、カケルは羨ましく思う。


「何が気に入らないんだ。一面記事じゃないか」


 食器をテーブルに置き直しながら、淡々とした声でカケルが問う。


「だって、これじゃまるで()()がただの暴れたがりみたいじゃん!」

「違うのか」

「違わい! ボクはちゃんとした【怪盗】だよ!」


 べー、と兄に舌を出してから、


「ねぇ、ニスイ姉だって【MD】はちゃんと【怪盗】してるって、そう思うよね?」


 サラがカケルの後方へ声をかけると、「ん~?」とソファーで横になってくつろいでいた姉のニスイが面倒くさそうに起き上がった。


「そうだなぁ~」


 背もたれに腕を置き、その上にあごを載せて気だるげに話す姉。わざとらしい棒読みは、彼女の常だ。一応、家長のハズなのだが……。まぁしかし、昨日も仕事で遅くまで、いや()()()()起きていたのだ。責めるまい、とカケルは思った。


「まぁ、()()の記憶が正しければ、機動隊を壊滅させた【怪盗】なんてちょっと聞いたことないかな~」

「う」

「今回に限らず、仕事の度に建造物が一つは壊れるのも、【怪盗】が起こす被害としては異常だよね~」

「うぐ」


 姉の言葉に、どんどん顔色を悪くしていく妹。姉の性格の悪さは折り紙付きである。それが彼女の【歪み】でないのが、不思議なくらいだ。


「これでは【怪盗】ではなく、強盗、いやさテロリストと言った方が……」

「うわぁーんっ!? ニスイ姉がいじめるよーっ」


 泣き出す妹をニヤニヤ眺めながら、「ま、」と一息つくニスイ。


「ターゲットを確実に持ってきてくれれば、別にぼくは何でも良いんだけどね~」


 机に突っ伏しているサラは、そんなフォローも耳に入っていないようだった。そんな妹に肩をすくめながら、カケルは小声でニスイに話しかける。


「昨日の仕事……【探偵】とか言うのが現れたんだけど。世界政府の……【消音装置】とか言ってた」

「あ~……それね。まぁ、大丈夫でしょ」


 珍しく言葉を濁したような姉を訝ると、ニスイはごまかすようにちら、とカケルを見やる。


「それより本当に良いの~? 何もしなければ、カケル君の【歪み】はカケル君自身を蝕むことになるよ~」


 語尾を伸ばしているから、気楽そうに聞こえるが。彼女が思い浮かべているのは、かつての情景。家族を放って【怪盗】稼業にかまけていた自分に下された、悲痛な罰。弟は、気にするなと言ってくれているが、その出来事はニスイの心を、未だに引っ掻き続けている。妹はまだ幼く、覚えていないようだが。


「わかってる。でも今は、別の方法を考えたい……」


 顔は無表情のままでも、弟が落ち込んでいることは、ニスイにも分かっている。


「そうか~。まぁ確かに、カケル君は【怪盗】として超一流と言って良い腕前だけど、性格はそれ向きじゃないからね~。う~ん、そうだな~……」


 ふざけているように見えても、ニスイは自分たち弟妹のことをちゃんと考えてくれている。その信頼があるから、カケルは、【怪盗】として活動を始める時も、自分の【歪み】についても、姉にだけは相談していた。


「時にカケル君、学校はどうだい?」


 しばらく考えこんでいたニスイが、話題を変えて、そう問いかける。


「……急に何だよ。別に、変わらないけど」


 姉は知っているはずだ。自分が、社会の中ではどういう存在であるかを。


「あぁいや、()()()()()()を言いたいんじゃないよ」


 こちらの心中を察したのか、ニスイは続ける。


「ぼくは君の家族だから。こうして相談してくれてることもあるし……カケル君のことも、それなりには、わかってあげられるけどね~。それでも、()()()()()()()。家族以外で君の事をちゃんとわかってくれるような子が、早く見つかるといいんだけどね~」

「………そんな、奴」


 【歪んだ世界】に生まれたから――誰もが抱えている、【歪み】。程度の差こそあれ、それが無い人間など、いない。そして【歪み】は、決して自分以外の人間と分かち合うことは出来ない。それが例え家族でも――ましてや、他人なら尚更だ。


「いない、って言うのかい? ぼくはそうは思わないけどな~。そう、それこそ……今日にも出会ってしまうかもね~? それが女の子だったら、うふふ~……おっと、弟の事なのに鼻血が出そうだぁ~」

「………………」

「まぁ、それは冗談としてもさ~。人間の運命なんて、いつどこで何が起きるかなんて分からないんだ。ましてや、()()()()()じゃ、さ~。疲れて休憩するのも、たまには良いさ。でも、希望は捨てちゃだめだよ~。抗うことをやめたら、ぼくたちは()()()()なんだってこと、忘れちゃだめだからね~」



 カケルが出かけるのを眠そうな目で見送って、ニスイは妹に視線を移す。


「君もそろそろ出かけなくちゃいけない時間じゃないのかな~、サラちゃん」

「うん……」


 机に突っ伏していたサラが、むくりと体を起こす。その顔はカケルとは違って分かりやすく沈んでいるが、それはニスイがいじめたから、というだけではなさそうだった。


「ねぇ、ニスイ姉」


 目を伏せたまま、サラが呟くように口を開く。


「ん~?」

「どうしてカケ兄は、ボクのこと認めてくれないのかな」


 泣きそうで、消え入りそうな声。兄のことを話す時は、いつもそうだった。


「サラちゃん……」

「ボクなりに一生懸命、やってるんだけどな……」


 おやおや、とニスイは内心苦笑する。本当に、甘えん坊なんだから、と。


「うん、ぼくは知ってるよ~。サラちゃんががんばってることをね~。もちろん、カケル君だって、サラちゃんの事を認めてないわけじゃあないんだよ~。ただ……サラちゃんは、ちょっと不器用だからね~」


 ニスイは立ち上がって妹のそばへと歩き、その髪を撫でてやる。サラはくすぐったいよ、と少し身じろぎしたが、そうされるのが嫌いではないのをニスイは知っている。案の定、それ以上抵抗はしなかった。


 本当は――、と目を細めたニスイは思う。

 まだ君が大事なことをわかってないからだよ――とは、言わない。


 それはサラが、自分で気付き、知らなくてはいけないことだから。


 カケルがどうして【怪盗】を始め、そして辞めたのか――その理由を理解するには、今のサラは精神が幼すぎる。


 だからニスイも、かける言葉は優しい響きのものを選ぶ。


「焦っちゃだめだよ、サラちゃん。力を抜いて、いつも余裕を持っていないと。ぼくみたいに、ね~」

「ニスイ姉はちょっと……力抜きすぎなんじゃないかとボク思うんだよ……」

「おぉ、ナイスツッコミだよ~」


 ぐりぐりぐり、と激しく頭を撫でてやると、やめてよー、と小さな悲鳴が聞こえた。ごめんごめん~、と乱れた髪を指で梳いて直してやってから、ぽん、とサラの背を軽く叩き、立ち上がらせる。


「さ、学校へ行っておいで~」

「うん……ありがと、ニスイ姉」

「なに、お姉さんはいつだってかぁいい妹の味方なのさ~。それよりほら、笑顔を忘れない余裕も、持たないとね~」

「うんっ! 近日中に絶っ対、カケ兄にボクの偉大さを思い知らせてやる!」


 また元気になり、笑顔で駆けだしていく妹に対し、単純なのが可愛いんだよな、と思いながら、ニスイは眠たげな目をさらに細くした。


「やれやれ、まだまだ手の掛かる弟妹だなぁ。まったく、お姉さんっていうのも楽じゃない……ふわぁ~……」


 にやけ面でどこか芝居がかったため息をつき、格好をつけてみるニスイだったが、大欠伸をしてしまったので全く締まらなかった。


 やれやれ、と首を振り、寝直すことにする。家事は午後にすればいいや~と、呟いて。


相変わらず雰囲気で行きます。


ここが厨二:無表情系主人公。ボクっ娘、ぼくっ娘。


長男カケルの「僕」は平坦に、妹、次女サラの「ボク」は「ボ」にアクセント、姉、長女ニスイの「ぼく」は「く」にアクセントです。伝わるかしら。


また、お気づきの方もいるかもしれませんが、カケルは感情が読みにくいという設定上、「カケル」として喋る場面では感嘆符、疑問符を使っていません。地の文で捕捉出来ていると良いのですが。


紛らわしいかとは思いますが、結構大事というか気に入ってる設定なのでこのまま行かせてね。

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