第一話 思い込み
この世は弱肉強食だ。
弱いものは食われ、強いものは食う。
そこに慈悲なんてものは存在しない。
ただ在るのは自身の生存欲求。
それと自分が特別で有りたいという気持ち。
何をするにしても付きまとってくるもの。
厄介なもの。 いっそのこと、無くしてしまいたい。
やはり、生き物が生きている限り、永遠に殺すという行為は無くならない。
無くならないということは、元々生き物は殺されるように創られているということ。
どうぞ、殺してください。命令ですよ。
と言われれば、殆どのものが殺すだろう。
私達は、菌を殺すのに罪悪感を感じるのですか?
あなたは、小さな小さな虫を殺して一生、引き籠もりになるのですか?
そんなもの無いに決まっている。
生き物は自分より遥かに下のものには、一切の興味を示さない。
死のうが消えようが知ったことか。
例え、物凄い確率で《トンネル効果》で何処かへ消えても、トンネル効果だけに気をとられるだけであって、掛かった存在事態は注目も何も集めない。
だが、それが自分の親友、恋人、家族だったのなら、どう思うのだろうか。
多分、トンネル効果など眼中に入らない人が殆どだろう。
物理学者は別だが。
所詮、生き物はそういう感じで生きている。
どうでもいいことは本当にどうでもいい。
気になることだけには執着する。
それは、決して悪いことでは無い。
むしろ、それで十分にいいと思う。
普通に全部のことが視野に入っている者がいたら、逆に怖すぎる。
どうやって観ているんだって。
菌なんかが、一々人間の事なんて考えてくれる筈もなく、又虫なども、自分ら以外は一切興味無い。外のことなんてどうでもいいのだ。
だが、やけに人間だけが環境破壊だの地球温暖化だの、考えている。
人間以外がこういうことをしてもちゃんと考えるだろうか。
それは、間抜けな質問かも知れない。
人間は視野が広いから、物事を考えられている。
他の動物が環境破壊したとしても、気づかないし考えられない。
どうでもいいと考える。自分本位に。地球はどうなってもいいと。
でも人間は違う。ちゃんと対策もするし、考える。
根本的に異なるということだ。
人間とその他の生物で比較したが、基本的には人間同士でも同じことだ。
関係のないものには誰も興味は無い。
強者が弱者に施しを与えることなんて無い。
強者は施しを与える云々以前に、弱者を蹴散らしていっている。
僕は弱者。
親に捨てられたら身寄りの無い子供。
当然、強者からの施しなんてものは貰ったことがない。
何時もお腹が空いていた。
おじさんの稼ぎは少なかった。
だから、いつも我慢していた。
強者は傲慢で醜くては汚い。
そう思っていたのかも知れない。
でも違った。
強者が、こんな酷く醜い子供を助けてくれた。
強者がみんながみんな酷い人じゃ無いということを初めて実感した。
この人は、綺麗で美しくて優しい。
慈愛に満ちている。
本当に神様の様な人だ。
強者って何なのだろう。
強くて怖くて酷い人。
でも、この人の微笑みを見ていると本当はそんなこと、どうだっていいと思えて来る。
何だろう。この人。
聖職者なのかな。
白い服に僕と同じ白い髪を纏っている。
いや、厳密に言うと灰色だ。
凄く肌が白い。
目の瞳の色は薄い褐色。
この人は...
その人が口を開く。
「君って、お父さんやお母さんはいるのかな。」
「いえ、いません。」
僕に父と母はいない。会ったことが無い。
おじさんは保護者だが親では無い。
「なら良かった。」
青年はこう顔に笑みを浮かべて言う。
えっ? 何が良かった?
僕の顔に困惑の色が出始める。
そのことを察知したのか、していないのか口を開いてこう言う。
「いや ね、お兄さん教会に勤めているんだけどね。最近子供がめっきり減って、楽しくないな~って 思ってね。そこで、もしよければ、なんだけど 一緒にお兄さんと遊んでくれればって。 どう?」
なんだこの人。
目の前にいる子供を怖がらせないようにという気遣いが感じられる。
こんな気遣い他人から受けたのは初めてだ。
凄く、優しい人だな。
勿論、そんな誘い断る筈もなく。
「はい、お願いします。」
返事をした。
青年は満面の笑みを浮かべ、付いて来てと言うと僕の腕を軽く引っ張り出した。
二十分程度歩いた所に教会はあった。
小さくは無いが大きくも無い。
綺麗でもないが、あまり汚くも無い。
苔などが生えている様子を見ると、最近建てられたらものでは無いだろう。
そして何故か教会らしくは無い。賑やかさが無いというか、静か過ぎるというか。
とにかく、人が居なさそうな所。
寂しい、寂れたという表現が似合うような。
明るく無い。常に暗い。それは救いの手を差し伸べるような所とは思えないような雰囲気を纏っていた。
青年が教会の門を通り過ぎ扉の取っ手に手を掛け、開ける。
扉が開けられて教会の内部が露わになる。
割と普通で意外と綺麗といったところ。
真ん中に赤い絨毯が敷き詰められ、その絨毯を対象として両方に等間隔ずつ白い長細い椅子が並べられてある。
入り口から見て一番奥に祭壇が建てられていた。祭壇だけは豪華だった。
やはり、大事なところにはお金を掛けるのだな。と思った瞬間であった。
そう考えると、不安な気持ちは吹き飛び、今度は興味や好奇心といったものが主体的となっていった。
そういえば、教会なのに誰も居ないな。
まあ、誰もいなくて寂しいから来てくれということだから。確か子供達って言っていたから孤児院的なものなのかな。
辺りを見るが祭壇以外は本当に華やかでは無い。
なんか、祭壇以外はどうでもいいって感じだ。
「ねえ、君。名前は?」
そう言えば、お互いの名前さえ知らなかった。名前は重要だ。単に呼ぶために。
「ミカです。」
そう答えると、青年は一瞬唇を噛んで目つきが鋭くなった。
身に纏う雰囲気さえも変わった。
「えっ、 」
少し、この人怖いかもと思い始めた瞬間でもあった。
「 ミカ。 と君は言うんだね。....」
これまでの口調は何だったの。と思うような鋭い刺さるような話し方。
「あっ、ごめん。 悪気は無かったんだ。」
多分、僕の怯えた顔を見てさっきまでの話し方を止めた。
「君の名前ね。 ちょっと、お兄さんの信仰する神様の愛称 だったからね。 ミカエラ様って言うんだ。....そうだよ。 別に君が悪い訳じゃ無いんだ。 君に罪は無い。 あるとすれば親の方かな。」
「はい。そうだったんですか。ごめんなさい。」
こういう人は狂信者っていうのかな。素は優しいと思うのだけれども。
「こっちの方こそごめん。 うーん あっ。お兄さんが、今から我らの神様のお話をしてあげるよ。」
神様の話。興味がある。
これまで一切知らなかったこと。
この世の中では僕やおじさんのように無神論者はごく少数。殆どが何らかの宗教に属している。
確か、この世界にある宗教は大きく分けてさっき出て来たミカエラを神とするユーセル教。そしてよく分からないホッセル教。
宗教など、これまで興味も無かったからおじさんにも聞いたことが無かった。
おじさんは実は凄く頭が良い。金融業を営んでいたぐらいなのだから。
知識も凄く豊富だった。興味、疑問に思ったことはつい質問していた。
実は僕、学者になりたかったんだ。お金が無く学校に行けなかったけれど、凄く頑張った。だからみんなに負けないっていう自信がある。
でも、結論的にお金が無かったら何も出来ない。学者になるためにはまず学会に入らないと。そのためには莫大なお金が必要になる。
4歳の頃、おじさんがまだ仕事を辞めていなかった時に家中に置いてある本を読み漁った。そして日記を見つけたんだ。
おじさんは若い頃、沢山勉強して学者になっていた。天文学を主に学んでいたらしい。
生まれは凄く裕福で、おじさんはそこの跡継ぎになる予定だったのだが、知識欲が凄すぎて跡継ぎは弟に任して勝手に学者になったらしい。
金融業は適当にやってたら成功した。みたいな事が書かれてあった。
僕は六歳くらいの頃に学者になりたいと言ったら暗い顔をして謝られた。それ以降一切おじさんのいる前で勉強の話を持ち出したことは無い。
五歳まで割と豪邸に住んでいたのだが、仕事で借金をなすりつけられてから貧乏生活が始まったのだ。
財産となるものは何もかも全て売った。後には何も残っていなかった。
おじさんの人生は楽しかったですか。
そんな訳無いよね。
僕には分かる。誰にも理解されなかったことを。
初めは両親が、跡取りになるのだから多少の教養が必要、ということで勉強を始めさした。
楽しかったよね。学ぶことが。学べば学ぶ程、もっと学びたくなる。
周囲に反対されるほど勉強にのめり込んだ。
気付けば誰もいなくなっていた。
孤独になっていた。
書いてあったよ。日記に。
僕は悪い子なのかな。勝手に人のものを見て。
でも、好奇心は抑えきれないよ。
途中でそんなことを考えていた僕だが、青年が話始めるので今度はそちらに意識を移した。
トンネル効果とは、量子力学の中で使われるような微細な範囲で起こるようなものです。ミクロなスケールだと日常的に起こるのが当たり前なんですが、それが人間のような大きいマクロな範囲となるとエネルギーの揺らぎ、とかの色んな要素が絡んで来て絶対と言える程起こる確率が低いんですよ。なんか昔、1メートルの厚さのコンクリート壁から抜け出す囚人の計算したらえげつなかったですよ。確か何十京年掛かっても到底出来ないような確率だったような。
あと、始めとかに書いてある長ったらしいものは、主人公視点では無いです。誰の視点なのかどうか考えてみて下さい。(登場人物がまだ全く出ていないから分からないですけど。)