(中編)ムシの良いのでは?
こんな駐輪場で待っていても来る保障など全くなかった。彼女が高校生の時にした約束を覚えているとは思えないからだ。別れを告げられた男に対してなんでそんな約束をしたのだろうか? 会うのなら高校の同窓会で会おうと約束する方が確実ではないだろうか?
もっとも、自分は高校の同窓会にいったことないというか、やったこともないが。それよりも個人的に開かれた食事会すら誘われた事すらなかった。
それにしても自分も結構ムシが良すぎると思ってきた。振った彼女を今更恋しがるということに。高校生の時には恋愛なんかいつでも出来ると思っていた。そう親にも成人してから彼女を作ることが出来るし、いざとなれば結婚相手なんていくらでも紹介できるなんていわれた。
そう、カープが優勝したころはバブル経済の余韻が残っていた時代。まだまだ世の中が成長するなんて思っていた時代だった。それを自分も信じて疑わなかった。
しかし時代は「失われた二十年」といわれた低迷した社会に突入した。まあ自分がふがいないこともあったが、三流大学に行ってブラック企業に行って、さらには下流の派遣社員へという人生を歩んでしまった。そんな恋愛対象も恵まれず、またお見合いすらセッティングもままならず、おまけに低賃金のアラフォー男となり下がった今では、今後も結婚相手が見つかるとは思えなかった。
街が日が暮れイルミネーションが輝き始める一方で、冬の冷たい空気が身体をまとわりつくようになったきたので、自分はスマホのゲームで時間を潰していた。今日のクリスマスイブは土曜日なので行き交う人々はどこか喜々とした雰囲気が漂っていた。中にはカップルもいたし家族連れもいた。
そんな幸せなオーラを纏っている人たちを尻目に自分は一人寂しく駐輪場に止めた原付バイクの上で独りぼっちで過ごしていた。こんなことをしていたら警察官にでも職務質問されても不思議ではないとも思っていた。
そう思っていると、待っているはずの彼女の事を思い出そうとしていた。たしか名前は・・・苗字は「笹村」と思い出したけど下の名前は・・・あれ? 思い出せない。顔は、たしか丸顔で・・・はっきりしない。それにショートヘアだったのは覚えているけど・・・どんな性格だったんだろ?
自分はそう、彼女の事を良く覚えていなかったのだ! そんな彼女に義理を感じて待っていたのだ! それもこれもカープが二十五年も優勝しなかったからだ! なんて八つ当たり的な事すら思っていた。自分も覚えていない彼女を待っているのが不思議で堪らなかった!
それもこれも恋愛の初心者から抜け出すこともなく中年に達してしまったのが原因だといえた。もしフツーの生活だったら結婚して子供もいて今頃はイブを家族で楽しんでいてもおかしくないのが現実ではないだろうか? こんな風に来る確証もない彼女を待てるのは、そう暇だからだイブの夜なのに!
だからこそ、イブになにか奇跡でも起きると思って来たと人に言われても仕方がない事をしていたのだ。そう思って川の方を見ると原爆ドームがうっすらと見えていた。