(前編)待つ!
今日のクリスマスイブ。寒い街角、いや自転車置き場で一人ある約束のために立っていた。それは若い日の過ちともいえる約束だった。
それは高校三年のことだった。受験に集中するために彼女を振ってしまったことがあった。まあ振ったのも倦怠期というか飽きてしまったというのが正しいのかもしれない。ただ彼女振っただけなら極ありふれた青春の一ページで終わるはずだった。しかし、別れ間際に彼女がとんでもない事を言い残したのだ。
「次にカープが優勝した年のクリスマスイブにここで会ってもらえないかしら? そうしてくれたら、あなたにあげたいものがあるのよ。それはきっとあなたの人生にとって宝物になるはずよ!」
そう、彼女を振ったのはプロ野球の試合観戦後のことだった。1992年夏だった。その前年にカープは優勝していたが、その年はなんとなく優勝するのではないかという期待もあった。
だからそのクリスマスイブにもう一度会って・・・なんてことも思わなくもなく約束してしまったのだ。彼女とはそれ以降連絡を取ることはなくなっていた。なぜなら彼女は夏が終わるころに何処かに引っ越してしまい、町から消えてしまったからだ。
当時の高校生が携帯電話などというものは持ってなく、あったとしてもポケベルぐらいだったが二人とも持っていなかった。それにメールなんてものなんか存在すら知らないというありさまだった。
だから、もう一度会うならカープが優勝した年のクリスマスイブにここで待つしか再び会う事は叶わないというわけだ。
だが、カープが二十世紀中に再び優勝することはなく、あれからずっと低迷していた。だから優勝したらという約束は本当に空手形のようなものになってしまった。そして、その約束なんかいつの間にか忘れていた。
そうそう、自分であるが結局のところ大学受験には失敗し浪人したうえ、一浪して入学したのが三流大学で病気で単位を落として一年留年し、卒業時は卒業時で就職氷河期とぶつかりなかなか内定を取れず、就職したと思ったらブラック企業で、散々安月給でサービス残業させられた挙句にリストラされ、そのあとは・・・
まあ、愚痴を言い出したら止まらないようなケチが付きまくった人生を歩んでしまった。当然のことだが彼女ナシ結婚セズでアラフォーになっていた。そんなことをしていた今年、カープが優勝した!
だから、約束を実行する時が来たと思ってかつて広島市民球場があった場所の近くにある駐輪場に来たというわけだ。しかし自分はいまさら何を期待しているというのだろうか?