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新玉  作者: あんみつ
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新玉 3

真っ暗だった空はいつの間にか東の空から徐々に白み始め、日の国が新年の日の出を迎える少し前。

来客が帰り再び静寂の訪れた拝殿に、ぱたぱたと賑やかな足音が響く。

その足音は拝殿正面の扉の前で止まり、軋んだ音を立てながら扉が開いた。冷たい朝の空気共に入ってきたのは、挨拶回りに出ていた刀羅と鏡夜だ。

「ただ今戻りました」

「灯華さま!ちゃんと挨拶してきたよ!」

「おかえりなさい、刀羅、鏡夜」

灯華が2人を迎え挨拶回りについて仔細を訊ねていたところへ、今度は拝殿と台所を繋ぐ扉が開かれた。

「皆、お雑煮ができたぞ」

扉からひょっこりと顔を覗かせたのは、瑞穂家の守護霊である火守(ひのえ)だ。

「やったー!僕もうおなかペコペコなんだ!灯華さま、早く食べよう!」

床に座り込んでいた鏡夜は一瞬で飛び起きると、灯華の手を取って火守の開けた扉へと突進していく。

その背中を追って、実と豊、刀羅が立ち上がった。

「鏡夜ってば・・。そんなに急がなくてもお雑煮は逃げないのに」

「今年の雑煮はお前が作ったんじゃないのか?」

「お雑煮の作り方教えたら、作ってみたいって言いだして・・」

「どのみち僕達ずっと忙しくしてたし、火守が引き受けてくれて助かったよねー」


台所の傍にある囲炉裏を囲んで上座から灯華が座り、それから刀羅達が各々の席に座ると、雑煮を目の前にして手を合わせた。

「朝早くから皆お疲れ様。この後も頑張りましょう。・・いただきます」

灯華の挨拶に合わせて、皆口々に「いただきます」と言うと、雑煮に箸を付けた。

鏡夜は餅を口に咥えて引き伸ばし、「灯華ひゃま、見へ見へ!」とはしゃぎ食べ、隣の刀羅に「行儀が悪い」と叱られている。

「これは実と一緒に作ったんだ」

と言って、火守は三重になっている重箱を一つ一つ並べていく。中には海の幸山の幸がふんだんに盛り込まれたおせち料理が、みっちりと詰まっていた。そんな絢爛豪華なおせちの登場に一同は沸き立ち、新年の朝の食卓はいつにもまして賑やかなものとなる。


*  *  *


「あけましておめでとうございます!」


海から昇った初日の出が江戸の街を照らし出し、起き出した人々は顔を合わせるなり新年の挨拶を交わし新しい年を祝う。

歳神様に挨拶をし、若水を浴び、雑煮とおせちを食べると、それからいよいよ初詣である。

多くの氏子を持ち江戸中の崇拝を受ける豊秋原稲荷大社にも、毎年多くの参拝者が訪れる。

拝殿前で新年の挨拶を済ました参拝者達は、授与所でお守りを買ったりお御籤を引いたりと境内は大いな賑わいを見せる。

更に境内の脇では実が甘酒を用意しており、参拝者に振る舞っていた。

「今年の甘酒も美味しいわねえ。こんなに沢山作るの、大変だったでしょう?」

「う、うん。まあね」

甘酒を振る舞いながら、実は曖昧に笑う。この甘酒を作ったのが守護霊の火守で、今も追加分を必死に作ってくれているなどとは口が裂けても言えない。

「ねえ、どうして狐のお面をかぶってるのー?」

授与所では子供がお御籤を引きつつ、目の前で対応をしてくれている巫女に向かって訊ねた。

「ここがお稲荷様のお祀りされているお宮だからよー」

狐のお面ですっぽりと顔を覆った巫女は首を傾げながら答えると、子供は「そっかあ」と納得した顔になる。

実際は、ここで巫女、或いは神職をしているのは宇迦之御魂神の眷属である狐であり、参拝者の多い時期だけ人に化け、こうして手伝いをしているのである。お面で顔を隠しているのは眷属が人と『直接』接触することが許されていないことへの対策だ。

神主の豊は参拝者の人と世間話をしつつ、情報交換と親交関係を築いていく。氏子と神社の信仰を結ぶことは、宮司にとって大切な仕事の一つなのだ。


そして参拝者はもちろん、人だけとは限らない。


「灯華!!今年こそ俺の嫁になれ!!」

「あけましておめでとうございます、火神さん」

朝の食事を終え再び拝殿へと戻った灯華の元を一早く訪れたのは、火之迦具土神(ほのかぐつちのかみ)である火神だ。

とある一件から灯華に惚れ込み、それ以来絶賛求愛中なのだが、灯華がそれに靡く様子は一切ない。

毎度行われる告白も最初こそ戸惑う様子を見せていたが、今は清々しく聞き流している。

けれどそんなことに気にもせず彼女に迫る火神の姿を捉えた鏡夜が、2人の間に割って入り両手を広げ立ち塞がるや否や開口一番大声で叫んだ。

「灯華さまは渡さないんだからな!!あっちいけええ!!」

「んだとこのチビ!」

「チビじゃないもん!」

そのまま不毛な言い合いを始めた2人の背後から、拝殿を覗く影が数人現れた。

「やれ、新年早々賑やかだのう」

そう声を掛けたのは、江戸を中心として各地を放浪している猫又の魅楼(みかづき)。隣には彼の友人であり江戸内で貸本屋を営む白澤の詩苑(しおん)が立ち、詩苑の肩の上には彼の店に住まう付喪神、冊築(さつき)環巻(わか)が座っていた。

「皆さんお揃いで。明けましておめでとうございます」

「丁度皆で日の出を見に行っていましたので。そのままこちらへ参らせて頂きました」

「ふふっ新年から乙女を巡る男の争いが見られるなんて、今年も良い年になりそうですねえ」

「阿呆。貴様は何を言っておるのだ」

スパアンッと、高く、それでいて重厚な音が境内に響き渡った。

今年最初の、冊築のハリセンによる環巻へのツッコミだ。


彼らの参拝を皮切りに、灯華の元に氏子達に混じって来客が続々と訪れた。

九十九一(つくもい)村の皆で餅ついたんだ。ばっちゃん達が持って行けって言うから・・。ほら、黴る前に食えよ」

九十九一村に住む鬼、陽炎(かげろう)が風呂敷に包んだ餅を大量に持ってきたかと思えば、稲荷神社にほど近い山からは妖怪が2人。木魂である常羽(ときわ)と天狗の迅嵐(しんらん)だ。

「あけましておめでとうございまーす!昨年も迅嵐がお供え物勝手に食べちゃってごめんなさい!ほら迅嵐も謝罪と挨拶!」

「めんどく・・」

「謝罪!」

「・・昨年はご迷惑おかけしました」

「挨拶!」

「・・おめでとうございます」

こんな2人のやり取りも、もはや毎年恒例のものとなりつつある。


「灯華様、おめでとさんです。おーい刀羅、鏡夜、今年も宜しくなー!」

迅嵐達と入れ違いに顔を出したのは、古くから馴染みの河童である水郷(すいごう)。冬真っ只中と言うのに着ているものは薄着で腕や足を露出させているので非常に寒々しいのだが、本人は飄々としている。

拝殿の奥にいた刀羅と鏡夜を見つけてひらひらと手を振れば、彼の姿に気が付いた刀羅がやや顔をしかめながら扉の近くまでやって来た。

「お前・・、もう少し丁寧な言い方ができないのか?灯華様への新年の挨拶を何だと・・」

「あっ水郷兄ちゃんおめでとー!ねえ、一緒にこいつ追い出すの手伝って!」

火神と未だに言い合いを続けていた鏡夜に、言葉をぶった切られて刀羅の眉間に皺が寄った。

「あーあー、新年から相変わらずっすねえ」

水郷はケラケラと笑いながら扉の袖に立っている主祭神の方へと向きやると、灯華も微笑した。

「そうねえ」

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