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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

その男、桃太郎

作者: 時田翔

サークル『創造小説』第三回投稿作品です。


テーマ:桃太郎の二次創作

 その昔、あるところに桃太郎という名の男が居た。

 川を下る巨大な桃の中から誕生するという数奇な運命を背負ったこの男は、おじいさん、おばあさんに大切に育てられ、立派な若武者として成長を遂げる。


 丁度その頃、鬼が島を根城としていた鬼たちが、突如人間界への侵攻を開始した。

 桃太郎の育った村も鬼たちの略奪狼藉に晒され、人々が成す術も無く逃げ惑う中、桃太郎は鬼との戦いを決意する。


 犬、猿、雉、実に三匹のお供を引き連れ、鬼が島へと乗り込む桃太郎。

 大地を揺るがすような激しい戦いの末、遂に鬼の頭領を討ち取ることに成功した桃太郎は、奪われた宝を取り返し、村へと凱旋する。

 その雄姿を迎える村人たちの歓呼の声はいつまでも続いたと言う。


 後に「第一次鬼が島攻略戦」と呼ばれる戦いから十数年の月日が流れた。



 その日、桃太郎は執務室に備え付けられた机に向かって書類の山と格闘していた。

 おとぎ話の精神を伝えるためにと仲間を集めて劇団を作り、団長の地位に納まってから数年。

 ほとんど日課のようになっているのだが、これだけは、どうも性に合わない。

 まだまだ低くならない書類の山を目にして、桃太郎は思わずため息をついた。


「桃太郎さま、浦島太郎さまが、いらっしゃいました」


 控え目なノックの音と共に扉が開かれ、着物姿の女性がそう報告する。

 普段あまり海を離れたがらない彼がわざわざやってくるとは、余程の用か?


「お通ししてくれ」

「はい」


 やがて、案内された浦島太郎が執務室に入ってきた。

 いつもの漁師姿は歳を重ねることで、むしろ精悍さを増していた。


「やあ浦島、ひさしぶりだね。乙姫さまは元気でやって……」


 そこまで言いかけた桃太郎は、浦島太郎のただならぬ表情に気付いて言葉を止める。


「桃太郎、悪い知らせだ」

「……鬼が島か?」


 浦島太郎が無言で頷いた。

 やはりな。

 彼の住んでいる海岸からは、ちょっと沖合いに出れば鬼が島を望む事ができる。

 何か動きがあったことをいち早く察したのだろう。


「ここのところ、鬼たちが活発な動きを見せている」

「ばかな、奴ら前の戦いで降参したはずじゃなかったのか」

「まだはっきり確認したわけでは無いが、どうも新しい頭領が来たらしいんだ」

「そいつが鬼たちをまとめ上げて何か企んでると」

「おそらく」


 しかし、頭が代わっただけで、あの鬼たちの士気がそこまで上がるとは。

 余程のカリスマを持っているか、そうれとも超越的な力の持ち主か、いずれにせよ厄介だな。


「奴らの狙いは、人間界への再侵攻か?」

「それと桃太郎、お前への復讐だろう。奴らは既に船の準備に取り掛かっているようだ」


 このままでは、この村も都も再び戦火に見舞われる。

 人々の中には、鬼の恐怖が生々しく残っている者も少なく無いだろう。

 それをもう一度味あわせるなど、あってはならない事だ。


 桃太郎は苦虫を噛み潰したような表情になる。

 部屋に重い沈黙が訪れた。


「一刻を争う事態だな、すぐに準備にかかる。事前にわかって良かったよ、感謝する」

「やはり討って出るのか?」

「ああ、村を危険に晒したくない。先手を打つ」

「……そうか」


 浦島が、何かに迷うような微妙な表情をしている。


「どうした? 浦島」

「桃太郎、あのな……」


 浦島は、そこまで言いかけて口をつぐんだ。

 桃太郎と浦島太郎の視線が無言のうちに交錯する。


「いや、なんでもない。それで鬼が島にはいつ渡る?」

「できるだけ早い方が良いな。浦島、船を頼みたいんだが、いつまでならできる?」

「そうだな……明朝までにはできると思う」

「そうか、ならば明日、日の出と共に出発することにしよう」

「了解した」


 浦島太郎は、それだけ言い残すと執務室から去っていった。

 普段からあまり愛想が良いわけでは無いが、今日はどうも態度がおかしかった気がするな。

 何か心配事でもあったんだろうか。


「ん? おつう、どうした? まだ何か用か?」


 桃太郎は、うつむき加減で執務室に残る着物姿の女性に声をかけた。

 おつうは、『つるの恩返し』で見せた機織りだけでは無く、予定の管理からお茶くみまで秘書としての仕事を完璧にこなす。

 残業ができない点を除けば、いまや劇団の業務を行うのに無くてはならない存在だ。

 いつもは柔らかい笑みを絶やさない彼女の唇は、硬く引き結ばれている。


「鬼が島に……行かれるのですか?」

「ああ、鬼を退治するのは俺の本業だからな。このまま捨て置くことはできない」

「犬も! 猿も! 雉も! 他の皆も誰も居ないのに、一人で行かれるんですか!」


 顔を上げた彼女から、桃太郎の身を案じる必死な想いが、痛々しいほど伝わってくる。


 そうなのだ。

 ここ最近、おとぎ話の演目を行うにあたって、主人公を五人とか六人、場合によっては十数人用意して欲しいという良くわからない依頼が増えてきている。

 なんでも、子供たちに『平等』の精神を教えるという事らしい。

 代役を立てて対処はしているが、そのため劇団は慢性の人手不足に陥っていた。


 桃太郎のお供を務めた犬、猿、雉も今は出払っていて、ここには居ない。

 まさにタイミングとしては最悪と言っても過言では無いだろう。


「どうか思いとどまってください、いくら桃太郎さまでも一人では危険すぎます」

「おつうも聞いていただろう? 手をこまねいてる暇は無い」

「ならせめて二日、いえ一日で結構です。お待ちいただければ誰か助けを……」

「おつう、無理を言うな」


 桃太郎は慰めるように、おつうの肩に手を置いた。

 おつうの肩は、小さく震えていた。


「今から早馬を飛ばしても一日では間に合うまい。それにこちらに駆けつけるとなると依頼をキャンセルすることになる、劇団の信頼を落とすことはしたくない」

「この大変な時に劇団の信用など……」

「俺は、おとぎ話の仲間たちが集うこの劇団が好きだし、ずっと守って行きたいと思ってる。なあに、一度勝った相手だ、負けはしないさ」


 桃太郎は、おつうを安心させようと微笑みかけた。

 彼女は、目に大粒の涙をためながらも、健気に微笑み返す。


「どうしても行かれるのですね……お早いお帰りをお待ちしております」

「ああ、きっと勝って戻ってくる。だがもし俺が倒れることがあったら……」

「桃太郎さまは負けないとおっしゃいました。もしもの話は必要ありません」

「そうだったな、大船に乗ったつもりで帰りを待っていてくれ」

「わかりました」


 丁寧に頭を下げるおつう。

 気を引き締めながら、桃太郎はそれに力強く頷いた。



 翌朝。

 桃太郎は、浦島太郎の操る船に乗って、鬼が島へと向かっていた。

 彼の出で立ちは、日の丸の鉢巻きに陣羽織、腰に愛刀を差し、背中には日本一の旗。

 かつての攻略戦の物だが、この日に備えて体格に合わせ仕立て直してある


 彼方には既に鬼が島が見える。

 厚い雲に覆われ、その中をときおり龍のような稲光が這い回る光景は、ここからでも不穏なものを感じさせる。

 また、風や波も徐々に強まっており、まるで上陸者を拒んでいるようであった。


「波が荒くて、これ以上進めそうも無いな。迂回して裏手に回ろう」

「任せた、好きなようにやってくれ」


 二人を乗せた船は、ゆっくりと向きを変えて鬼が島を大きく迂回する。

 浦島太郎いわく、鬼が島の裏手は入り組んだ地形になっていて、波の影響をうけにくいのだそうだ。


 やがて、なんとか鬼が島に到着した二人は、手頃な入り江に船を隠し、海岸へと上陸した。

 ごつごつした岩場には鳥や動物の姿は見えず、ただ風の吹きすさぶ音のみが支配している。


「桃太郎、あれが鬼の城の裏門だ」


 浦島太郎が指をさす方には、巨大な門が雷の光の中、異様な存在感を放っていた。

 こちらから城を見るのは初めてだったが、正門に負けず劣らず大きい。


「正門に比べて警備はかなり手薄なはずだが、万一もある。慎重に行けよ」

「わかってる。浦島、お前はいつでも船を出せるように、ここに待機していてくれ」

「承知した。くれぐれも無理はするなよ」

「心配性だな、そんなに俺が信用できないか?」

「そういうわけでは無いが……」


 桃太郎は、浦島を安心させようと、にやっと笑いながら軽く片手を上げる。

 そして手頃な岩に両手をかけながら慎重に岩場を進みはじめた。

 ここから先は、わずかな怪我も後の命取りになる可能性がある。

 裏門が近づくにつれ、桃太郎の表情も自然と引き締まっていった。


 裏門の目の前は、大きな広場になっている。

 身体の大きな鬼たちが通りやすいように岩場を崩して整地したのだろう。

 なにしろ人間と比べると見上げる程の大きさなのだ、門も含め全てが規格外の大きさである。


 桃太郎は手頃な岩に身を隠すと、慎重に門の様子をうかがった。

 両開きの扉は固く閉ざされてはいるものの、見張りは立ってないようだ。

 桃太郎は、辺りの様子を警戒しながら、慎重に歩を進める。

 そして、門に手をかけようとした、その時だ。


「待っていたぞ、桃太郎!」


 鳴り響く雷鳴を圧倒する大きさで響いた声と共に、そこらじゅうの岩場から多数の赤鬼、青鬼が姿を現す。

 しまった! 待ち伏せか!

 鬼たちは素早く桃太郎の退路を塞ぐ、この組織立った動きは以前の鬼たちには無かったものだ。

 相当有能な参謀がついた可能性が高い。


 取り囲む鬼たちから、殺気、怒り、憎しみ、あらゆる負の感情が桃太郎に叩きつけられる。

 とても話し合うような雰囲気では無い。

 一戦交える覚悟を決めた桃太郎は、周りに警戒の視線を投げつつ、ゆっくりと腰の刀を抜いた。


「やあやあ我こそは、その名も天下に轟きし日本一の桃太郎なるぞ! 鬼が島の鬼たちよ、この名が怖くなければかかって参れ!」


 桃太郎は、刀を天に振り上げると、自らを奮い立たせるように声を限りに名乗りを上げた。


「お供も連れずにナメやがってぇ!」


 赤鬼、青鬼が数匹、怒りの形相で金棒を振り上げて突進してくる。

 周りの鬼たちには、桃太郎の姿が、かき消えたように見えたことだろう。

 一瞬の交錯。

 剣閃が幾筋もの軌跡を描き、後には一匹残らず倒された鬼たちの姿があった。


「遅すぎて欠伸が出るぜ、もっと本気で来な」

「ぐぬ……」


 鬼たちは怒りの表情を見せるものの、今度は軽々に飛び掛っては来ない。

 迂闊に仕掛ければ、同じ目に会う事くらいは理解できるようだ。

 刀を構え油断無く見回す桃太郎と、周りを取り囲む鬼たちに緊張と警戒が満ちる。


 と、その時である。

 鬼たちの後ろから、妙に場違いな音が聞こえてきた。

 一定のリズムで手を打ち合わせる音、拍手である。

 桃太郎どころか、鬼たちでさえ訝しげな表情をする中、拍手の主は鬼たちの間を縫うように姿を現した。


 鬼にしては珍しく、ちょっと小柄で筋肉がついておらず、一見弱そうな印象を受ける。

 そして、まるで深い森のような緑色の身体。

 それは、今まで桃太郎が見たことの無い鬼であった。


「お供不在とは言え、さすがは桃太郎。なかなかの腕前、感服いたしましたよ」


 実に楽しげと言った風に満面の笑みを浮かべ、まだ拍手を止めようとしない。

 全く予想外の反応に、桃太郎は戸惑いの色を隠せない。


「なんだ、お前は?」

「おっと自己紹介が遅れましたね、わたくし……そうですね、緑鬼と呼んでいただいて結構です。この体の色はわたくし特有のものですし、鬼の名前の発音は人間には難しいでしょうから」


 桃太郎の問いに、そう答えると緑鬼は優雅に一礼してみせる。

 一太刀で倒せそうに見えるのに、奴のこの余裕はなんだ?

 しかも周りの赤鬼や青鬼が、畏怖の表情を浮かべている。


「お前が新しい頭領とやらか?」

「さて、どうでしょう」

「答える気は無いか……それにしても盛大な出迎えだな、正門は守んなくて良いのかい?」

「桃太郎、今日はあなたが一人で乗り込んでくる記念すべき日ですから、船の修復もお休みして全ての鬼たちを集めました。気に入っていただけましたか?」

「ああ、ご厚意痛み入るよ」


 俺がいつ、どこに乗り込んで来るかが、すっかり筒抜けだったらしい。

 こいつら一体どこでそんな情報を……。


「なぜわかったのか、不思議そうな顔ですね」

「そうだな、正直驚いてる。一体どんな方法を使ったんだ?」

「そうですね、冥途の土産の一つもお渡ししないのは失礼と言うもの。せっかくですので教えて差し上げましょう」

「なかなか親切じゃねえか、見直したぜ」


 緑鬼は、話したくてしょうがないという風に、にんまりと笑う。

 その表情は、まるでネズミを追い込んだネコのようである。


「むかしむかし、あるところに奇形と呼ばれた鬼の兄弟がいました。生まれつき体が弱かった兄は妖術を学び、その力で姿を変えて人間たちの社会に紛れ込みました」


 緑鬼が両手で印をいくつか結ぶと、みるみるその姿が変わって行き、そこには一人の人間の女性の姿があった。


「人間は実に単純です。『正義』『平等』『博愛』、耳障りの良い言葉でくるめば、どんな要求でも通ります。それがたとえ『演劇の配役に不平等があってはいけないので全員を主人公にしましょう』なんて馬鹿げたものでもね」


 桃太郎は驚きの顔を隠せなかった。

 ここ数年で増えた、主人公を増やしてくれという依頼は、全て目の前のこいつが仕組んだことか。


「あなたの劇団もさぞかし忙しかったでしょう? そうしてわたくしは人間たちを扇動しながら時を待ったのです。あなたの育ての両親が他界し、依頼が増えすぎて味方が減るこの時を。全ては桃太郎! あなたを確実に葬り去るためです!」


 女性の姿のまま、般若のような表情を浮かべる緑鬼。

 なまじ美人なだけに、その怒りは一層凄惨な物だ。


「随分と念の入った作戦だな。で、最後はあんたが直接相手をしてくれるのかい?」

「そうしたいのはやまやまですが、生憎わたくしには戦う力はありません。ですから、代わりに弟があなたのお相手を務めます」


 桃太郎を取り囲む鬼たちの外側で、何かがのっそりと立ち上がった。


 でかい。


 他の鬼と比べても、頭二つ分以上大きなそれは、黄色の鬼である。

 低いうなり声を上げ、周りの鬼をかき分けて前に出てくる様は、まるで大人と子供だ。

 凄まじいほどの威圧感である。


「弟の黄鬼は上手く喋れませんので、自己紹介ができないご無礼をお許しください」

「気にすんねい、ここまで歓迎してくれてありがとよ」


 軽口で返しては見たものの、桃太郎の頬を一筋の汗が流れおちる。

 黄鬼が咆哮を上げ、手にした金棒を大きく振り上げた。

 普通の鬼が両手で持つそれを、両手に一本ずつ持ち軽々と振り回している。


「おいおい、冗談じゃねえぞ」


 あんなのと打ち合ったら刀ごと叩き潰されそうだ。

 別々な角度から、まるで生き物のように襲い掛かってくる二本の金棒を、桃太郎は必死で避ける。

 黄鬼自体の動きが鈍いのと、巻き込まれるのを恐れて他の鬼が襲い掛かってこないのが幸いして、なんとか躱せてはいるが、一歩間違えば桃太郎の身体は一瞬にして血みどろの肉塊と化すに違いない。


「くそっ、あと一歩が踏み込めねえ」


 もう少しだけ懐に入れれば、威力のある斬撃を浴びせられる。

 しかし、それがどれだけの危険を伴うか。

 かと言って、このままではジリ貧なのも確かである。


 ええい! イチかバチかだ!

 横なぎの金棒をかわしざま、身を沈めた桃太郎は思い切って黄鬼に肉薄する。

 眼前には黄鬼の丸太のような脚。

 この間合いなら、外しようが無い!


「くらえ! 必殺、青龍斬!」


 桃太郎は、刀も折れよとばかりに渾身の力をこめて斬り上げた。

 鬼を相手にするために桃太郎が体得した必殺剣である。

 これが決まれば、いくら巨大な鬼だとて。


 しかし、黄鬼の胴を斜めに断ち割るはずだった切っ先は、黄鬼の巨大な金棒と恐るべき腕力によって、がっちりと止められていた。


 思わず見上げた桃太郎の視線に、黄鬼の貪欲な笑みが写る。

 まずい、と思う暇もあらばこそ。

 蹴り飛ばされた桃太郎は、成す術もなく地面に倒れ伏した。

 全身がばらばらになったような衝撃にうめき声しか出ない。


「桃太郎を一蹴! さすがは我が弟! この世で鬼こそが力の象徴、最強の生き物、鬼が人間に負けるなど万に一つもあってはならないのです!」


 勝ち誇る緑鬼。

 悪態の一つもついてやりたいが、身体がぴくりとも動かせない。

 気を抜くと、意識まで持っていかれそうだ。


「そして浦島太郎、あなたの手際も見事なものでした。次もこの調子でお願いしますよ」


 ……今、なんていった?

 桃太郎は霞む目をこらして、必死に緑鬼の方を見る。

 鬼の姿に戻り、加虐的な笑みを浮かべる奴の隣に立っているのは、さっき別れたはずの浦島太郎だった。

 桃太郎は、あまりの衝撃に痛みも忘れて、刀を杖代わりにして立ち上がる。


「おや、桃太郎さん、まだ立ち上がれたんですね。悔しいですか? あなたが親友だと思っていた浦島太郎は、わたくしの大事な片腕。あなたはまんまとそれに騙されたのです」

「へっ、何言ってやがる。浦島が俺たちを裏切るわけ無いだろう」

「なら、本人に聞いてみましょうか? 浦島さん、あなたはどちらの味方なんです?」


 気まずい沈黙。

 皆が固唾を呑んで見守る中、浦島太郎が含み笑いを洩らす。

 そしてそれは、自棄になったかのような哄笑へと変わっていった。


「そうさ桃太郎! 私はお前を、そして人間たちを裏切ったんだ!」

「浦島……冗談だろ?」


 桃太郎が絶望感に襲われようとしたその時、救いの手は意外な所から現れた。


「浦島さん、乙姫さまは無事です! もうそんな奴らの言うなりになる必要はありませんよ!」


 桃太郎の傍ら、地面に空いた穴から顔を出しているのは、『おむすびころりん』の白ネズミであった。


「大変でやす! 牢の中に乙姫たちがおりやせん! 代わりに床にでっかい穴が!」


 どたどたと城の中から走り出してきた青鬼が、わざわざネズミの言を証明するように報告する。

 ぱっと明るくなる浦島太郎と、額に手をあてて呆れる緑鬼の表情の対比は、それは見事なものだった。


「やっぱりな、そんなこったろうと思ったぜ」

「騙してすまなかった、桃太郎」

「気にすんな。俺だって、おつうや他のやつらを人質に取られたら同じようにするさ」

「ありがとう、ここからは私にも手伝わせてくれ」


 浦島は、担いでいた釣り竿を構えると、ひゅんと音を立てて一振りする。

 すると周りに居た赤鬼青鬼が、触れてもいないのに、ばたばたと倒れた。


「鉄も寸断する特殊鋼の糸とフグの毒をたっぷりと染み込ませた針です。近づくとただでは済みませんよ」

「ひゅう、やるじゃねえか」


 思わず口笛を鳴らす桃太郎。


「おのれ浦島太郎! 我らを裏切る気ですか!」


 他の鬼たちの身体を盾に辛くも難を逃れた緑鬼が悔しそうに叫ぶ。

 人質を取って無理やり従わせてた者に、裏切るのかとは片腹痛い。


「さあて、それじゃあ俺も本気を出すとするか」


 桃太郎は、腰の袋から丸い物を取り出すと、躊躇いなく口の中に放り込んだ。

 それを見た緑鬼が驚愕の声を上げる。


「な、それは……きびだんご!」

「お、博識じゃねえか、その通りだ」

「ばかな、それを作れるおばあさんは、もうこの世に居ないはず」

「あいにくと、俺には優秀な秘書がついてるんでな」


 桃太郎の身体の中を凄まじい力が駆け巡った。

 怪我を癒し、体力を充実させ、陣羽織が破れそうな程の筋力が宿る。

 おつうが思いのたけを込めて作ったきびだんごだ、効かないはずがない。


「待たせたな、じゃあ続きをやろうか」


 取り押さえようとする鬼たちを薙ぎ払う浦島太郎を横目に、桃太郎は黄鬼を挑発した。

 黄鬼は両方の金棒を振り上げたまま、雄叫びを上げて桃太郎に突進する。

 その時だ!


 黄鬼の顔面を横一文字に閃光が走った。


「グアッ……目ガ!」


 思わずたたらを踏む黄鬼。

 そこへ続くように、二本の閃光が黄鬼の胴に十文字を描く。


「来てくれたのか、お前たち!」


 何者かを認めた桃太郎が、歓喜の声を上げた。


「当然です。我らは常に桃太郎さまに付き従うのが務めです」

「桃太郎さん、このような大事に我らをお呼びにならないとは、いかなる了見ですか」

「こんな楽しそうなの独り占めなんて、ずるいよ桃太郎」


 犬、雉、猿。

 桃太郎と共に鬼が島攻略戦を戦い抜いた、歴戦のお供たちであった。


「どうやって、いや、どうしてここに?」

「おつうさんに頼まれたんですよ、桃太郎さまを助けてやってくれって」

「おつうさん、夜通しで知らせに飛び回ってたようですよ。綺麗な羽根も見る影も無くなっておりました」

「桃太郎、こりゃあでっかい借りができたね」


 おつうのやつ、無理しやがって。

 桃太郎は、こみ上げてくるものをぐっと堪える。


「それで、急いで雉につかまってここまで来たってわけさ」

「それに、馳せ参じたのは我々だけではありませんよ」


 雉が羽根の先で指し示す方を見て、桃太郎は驚いた。

 岩場の向こう、海原の上を何と人が走って来るのだ。

 金太郎、一寸法師、花咲爺、それに舌切り雀、傘地蔵、みんな桃太郎の大切な仲間だ。


「雪女さんが、氷で道を作ってくれてるんです」


 先頭に立つ白い着物姿の雪女が舞う度に、氷の結晶がきらきらと輝き白い道が伸びる。

 彼らの鬨の声が届くや、鬼たちはにわかに騒然となった。


「あいつら、仕事ほっぽって」

「それだけ桃太郎さまが大切なのですよ」

「大事なのは、おつうさんかも知れないけどね」


 桃太郎は、苦笑を浮かべた。


「ええい、こうなったら! 全員ここで倒してしまいなさい!」


 緑鬼が叫ぶ。


「お前らこそ、おとぎ話の主人公なめんじゃねえぞ!」


 ここに、第二次鬼が島討伐戦の火ぶたは切って落とされた。


「どすこーい!」


 『さるかに合戦』の臼が、唸りを上げて赤鬼の一匹に体当たりをかけた。

 しかし、赤鬼は両手でがっちりと臼を受け止める。


「ぐふふ、こんな程度ではまだまだ」

「まだ終わりませんよ! 六地蔵あたっく!」


 臼の後ろから突進してきた地蔵たちが、次々と赤鬼に飛び掛かる。

 両手が塞がった赤鬼は、地蔵の体当たりを全身に浴びて、その場に倒れ伏した。



 一方では、花咲か爺が鬼たちを対峙していた。


「じじい、痛い目に遭いたくなかったら、あんまりうろうろするんじゃねえぞ」


 見せつけるように金棒を振り上げる赤鬼、青鬼。

 籠を小脇にかかえた花咲か爺は、やれやれと言った風にため息をつく。


「お主らこそ、ワシを甘く見るとタダでは済まんぞ?」

「なんだと! 構わねえ、やっちまえ!」


 怒声を上げて鬼たちが殺到する。


「年寄りの言うことは素直に聞くもんじゃ」


 花咲か爺は籠に手を突っ込むと、中の灰を鬼めがけてばら撒いた。


「枯木に花を咲かせましょう!」

「な、なんだ! 俺たちの身体が木にっ!


 風に舞った灰が鬼たちに降りかかる。

 すると、その姿が見る見るうちに満開の桜の木変わっていった。


「まあ、一、二時間もすれば元に戻るじゃろ。しばらくそこで大人しゅうしとれ」


 花咲か爺は、そう言ってからからと笑った。



 また、さらに他方では五人の公達が鬼を相手に奮戦を繰り広げている。


「我ら『かぐや親衛隊』! 鬼などに遅れは取らぬ」

「当然だ! 姫さまの所望された品々に比べれば、鬼の討伐など児戯に等しい」


 五人による息つく暇も無い連続攻撃に、鬼は防戦一方である。


「今だ! 帝すまっしゅ!」


 公達の放った目にも留まらぬ斬撃は、鬼の胴に菊の如き大輪の花を刻み込んだ。



 そこかしこで繰り広げられる、おとぎ話の主人公と鬼たちの戦い。

 主人公たちの士気の高さは完全に鬼たちを圧倒していた。


「ぐぬぬ……黄鬼! はやく桃太郎を倒してしまうのですよ!」

「お供がついてりゃ百人力だ、さっきと一味違うところを見せてやるぜ」


 黄鬼が両手の金棒を振り回しながら桃太郎に迫る。

 しかし、その行く手を三匹のお供が阻んだ。


 黄鬼の足元を犬が駆け回り、上では雉が容赦なく顔を突く。

 それに気を取られた黄鬼の後ろから、今度は猿が頭めがけて飛び掛かった。

 注意が完全に逸れたのを見てとった桃太郎は、全身の力を込めるように、ゆっくりと刀を構える。


「今度はくらってもらうぞ! 青龍斬!」


 渾身の力を込めて刀を振り上げ、そのまま身体を半回転させると、傷跡めがけて肘と膝を打ち込む。

 胴にざっくりと深い爪あとを刻まれた黄鬼は地響きを立てて倒れた。



 黄鬼が倒れ、逃げようとした緑鬼が浦島太郎に捕縛されるや、鬼たちの軍勢は総崩れになった。


「さて、最初の質問にまだ答えてもらってなかったな、新しい頭領というのは、お前か?」


 浦島太郎の糸にぐるぐる巻きにされた緑鬼に向かって桃太郎が凄む。

 無言で憎々しげに睨み付ける緑鬼と桃太郎の視線が交錯し、火花が散るようだった。


「言わぬか……ならば!」


 桃太郎が刀を振りかぶった、その時である。


「頭領は私です! だからその鬼を堪忍してやってくださいまし」


 声と共に、城の門をくぐって一人の女性が、しずしずと歩いて来る。

 整った顔立ち、つややかな黒髪、きらびやかな着物。

 頭の一本角と口元にわずかに見える牙が無ければ、とても鬼だとは思えなかったろう。


「姫様! 出てきてはなりませぬ!」

「もう良いのです。これ以上、同胞たちが命を散らすのを見てはおれません」


 悔しそうに、がっくりと項垂れた緑鬼は、やにわに姿勢を正すと桃太郎に平伏した。


「桃太郎たのむ! わたくしはどうなっても良い、だから姫様には手を出さないでくれ!」


 生き残った赤鬼青鬼たちまでもが、それにならって平伏する。


「どうやらあんたが頭領で間違い無いようだな」

「はい、私は茨木童子とお呼びください。はるか昔に人間たちが付けた名前です。此度の事は仕方なかったとは言え、大変申し訳ありませんでした」


 茨木童子と名乗った女の鬼は、深々と頭を下げる。

 相手に戦意が無い以上、無益な殺生は必要無い。桃太郎は刀の血を払うと鞘へと納めた。


「茨木童子さんとやら、事情を話してもらえるか? 『仕方ない』とは一体どういうわけだい」

「はい、話せば長くなりますが」


 それから茨木童子は、ゆっくりと話し始めた。


 彼女の父親であり地獄を統括する閻魔大王は基本的に人間界には干渉しない主義であったが、鬼が島の頭領がそれに従わず、勝手に人間界の侵略を始めた。

 この時の頭領は桃太郎の活躍によって成敗され、鬼が島の鬼たちは閻魔大王と人間界への不可侵を約束することで特別に恩赦を受けたらしい。

 しかし、これをよしとしない一部の鬼たちが彼女の父親を捕えて幽閉し、新たな閻魔大王を立てたというのだ。

 そして彼女は、閻魔大王の身柄と引き換えに人間界への侵略を要求され、やむなくそれに従っていたらしい。


「鬼が島の鬼たちは、私の身を慮って協力していたに過ぎません。ですから、なにとぞご容赦のほどを」

「なるほどな、つまり一番いけ好かねえのは、その新しい閻魔大王ってことだな?」

「はい、その者は己の力を過信する余り、世界全てをその手中に収めようと企んでおります。ですが、今の私たちにはそれに対抗する力がありません」


 伏し目がちに話す茨木童子を見て、桃太郎は少なからず驚いていた。

 鬼たちにも、人間の情のような物があるのか、と。


「そうか、それなら一つ提案があるんだが」

「はい、なんなりと」

「もし俺たちが、その新しい閻魔大王とやらを倒して、あんたの父親を助け出したら、鬼たちは人間と協力して仲良く暮らすことを約束できるかい?」


 茨木童子が、ぱっと顔を上げる。

 その瞳は信じられない物を見るような驚きに満ちていた。


「力をお貸しいただけるのですか?」

「ああ、乗りかかった船だ、このまま帰っちゃ寝覚めも悪いってもんだ」


 桃太郎は、不敵な笑顔を見せ、仲間たちも力強く頷いた。

 当然である。

 弱きを助け、悪を討ち果たす。それがおとぎ話の主人公たちなのだから。


「桃太郎さまを罠にかけるために作り話をしているとは考えないのですか? 私は鬼なのですよ?」

「残念ながら、俺たちは人を疑うってことをしないんだ。もし罠だったら、その時に考えるさ」

「そうですか。ならばここは恥を忍んで、ぜひお願いいたします」


 桃太郎と強い絆で結ばれた仲間たち。

 彼らが地獄での激しい戦いの末、みごと閻魔大王を討ち取った話は、機会があればまたいずれ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] ・読みやすい文章は相変わらずですね。滑らかで滞ることのない文章になっていました。 ・なんというか、知ってる有名人物が集まって敵を倒すっていいですね。男心をくすぐられます。 [気になる点]…
[良い点] 男らしい桃太郎がまず素敵でした。 「残念ながら、俺たちは人を疑うってことをしないんだ。もし罠だったら、その時に考えるさ」 というラストの言葉にぐっと来ました。 鬼に圧勝して終わりではなく…
[良い点] 桃太郎のその後を表した作品は新鮮でした。そして童話がらみの劇団長という設定も意表を突かれる設定だと思います。 一番良かった点は桃太郎だけでなく、童話に出でくる登場人物を扱った点。誰が出て…
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