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第三話

「何を馬鹿な。父上にとって大事なのは前王妃とその息子であるあいつだ。私がいまさらどう足掻こうが何も変わりはしない。……ああ、そうか。お前にとっては未来の王妃の座がたち消えたわけだ。それともあれに取りいって返り咲くか?お前の容姿で色仕掛けは無理だろうがな」

 唖然としたのもつかの間ヨシュアはヴァレットを見下して嗤った。最大限の侮蔑を込めて。

 嘲笑を受けたヴァレットは、けれど落ち着き払い、ヨシュアの言葉に首を振った。

「私がヨシュア様の婚約者である事に変わりはありません。それにまだ挽回のチャンスはあります。国は王あればこそですがそれを支える国民によって成り立っているのです。あなたは自らの役割を放棄し陛下から見放されました。それでも多少なりとも王子としての後ろ盾があります。第二王子という彼もまた王の息子であるという以外何の立場も確立出来てはおりません。言わば今現在、出発点は同じという事です」

「はっ。私とあれが同じであるものか。その陛下の決定が重要だろう。お前の戯言などうんざりだ。もう私に構うな。どうせ要らぬ王子、私は私で好き勝手にやるさ」

 話は終わったとばかりにヴァレットに背を向けて三度び掛布にくるまろうとする。

 ヴァレットもいつもならここで引き下がっただろう。どんなに言葉を重ねようともヨシュアは聞く耳を待たず煩わしそうにするだけだ。最後にはうるさいと追い出す始末である。

 ヨシュアは婚約者であるヴァレットを毛嫌いしていた。

 顔を合わせれば不愉快そうに顔を顰め、王子にあるまじき暴言を吐く。それを隠そうともせず、ヨシュアのそんな態度がヴァレットを侮らせる助長となった。

 けれど、ヴァレットもまたそれらを良しとした。

 ヨシュアを全否定せず、忠告に押しとどめて来た。

 蔑まれ、侮辱され、憐れまれようともヴァレットには待つべき理由があった。

 これは好機だ。ヴァレットが待ち望んだ最高の展開だった。

 ここで諦めるわけにはいかないのだ。



 ーーどんなに邪険にされ、罵られようとも私は……。




「悔しくないのですか?」

 ぴくりと肩が跳ねる。けれどヨシュアは頑なにヴァレットを見ようとはしなかった。

「私は知っています。王妃が亡くなられるまであなたが誰よりも努力していたことを。無能だと陰口を叩かれようともペンの先を乾かすことはなかった。剣を鞘に収めることはなかった。傷だらけで、泥まみれで、がむしゃらでした。努力は実らずとも、私にはあなたが輝いて見えました」

「……だからなんだと言うんだ。父上は僕を認めてくださらなかった。それが答えだ」

 蹲る後ろ姿は子供のそれのように小さく縮こまって見えた。ヴァレットはベットの端に腰掛け、その背に向かい真摯に語りかけた。

「どうか取り戻してください。あなたのあるべき姿を。私はあなたが望むような美しさも甘言も与えることは出来ません。ですがあなたに必要な力をお貸しすることは出来ます。あなたを支えるために私は存在するのです。

 本当にこのままでよろしいのですか?このまま全てを失っても後悔しませんか?今ならまだ間に合います。ヨシュア様、諦める事に慣れないでください。与えられる事象を甘受しないでください。私があなたの手となり足となり未来を切り拓いてみせますから」

 ヨシュアは恐る恐る振り向いた。その瞳には信じられないという思いがありありと浮かんでいた。

「どうしてそこまで私に尽くそうとする?私はお前を……」

 ヴァレットは糸のように細い瞳を更に細め、微笑みを湛えた。

「私は幼い頃に決めていました。何があろうとヨシュア様の味方であり続けようと」


 ヨシュアは後退りしようとした。けれどベットの上に逃げ場はなくヴァレットの言葉を真正面から受け取るしかなかった。

 散々こけにし軽んじてきた目の前のその人が本来はとても強かだった事を今更ながらに思い出す。

 婚約者という立場を笠に着て、許可もなく自分の元を訪れ、お小言ばかりを落としていく煩わしい女。

 最近ではそんな認識が当たり前になっていた。けれど昔から彼女は誰よりも賢く、全てにおいて優れていた。

 ーー王太子であるヨシュアよりもずっと。

 それも気に食わなかった原因の一つだが彼女の優秀さならその言葉も絵空事ではないような気がしてきた。

 別に絆されたわけではない。ヴァレットが王位を取り戻してくれるのならそれも悪くないと思ったまでだ。


「……本当に出来るのだろうな?」

 考えるよりも先に言葉が口をついて出た。ヨシュアの承諾の意を取りヴァレットは笑みを深め、一言一言刻むように言葉を紡いだ。

「私、ヴァレット・ヴィルヴァランはヨシュア様のために最善を尽くす事を誓います」

 自身の名のもとに宣誓することは貴族にとって魂をかけるに値する。正直ヴァレットがなぜここまでヨシュアに心身を砕くのか理解出来ない。それでも利用出来るものを利用して国王、そして王太子の座と宝石姫を奪った憎き黒髪に一矢報いることが出来るならそれも悪くない。その瞬間を思い浮かべヨシュアの心中に仄暗い感情が渦巻いた。


 ヴァレットはすっくと立ち上がるとそれまでの笑みを消し、淡々とした口調に戻して言った。

「事に臨むにあたって私の言う事には従っていただきますようお願いいたします」

「…………何?」

「もちろん協力は惜しみませんが王位を取り戻すにあたってヨシュア様自身が変わられる必要があります。今のあなたでは誰も付き従おうとは思いません。義務を放棄し、女に現を抜かしていたなどという醜聞はあなたの足を引っ張るでしょう。けれど今回の事であなたは心を改め、王太子として相応しい人格を身につけるのです。さすれば王も気付くはずです。どちらを王に据えればより国のためとなるか」

「それがなぜお前の言葉に従う事に繋がる?」

 ヨシュアは不審げに眉を顰める。ヴァレットは決まり切った事をと言わんばかりに口を開いた。

「今の今まで不貞腐れてベットの上で女に慰めてもらっていたのはどなたですか。このままでは王位など夢のまた夢。私は最善の道を提示しているのです。あくまで決定権はヨシュア様にあります。いかがなさいますか?王位は諦めますか?」

 諦めるなと言ったその口で今度は逆の事を聞いてくる。ヨシュアは内心の苛立ちを堪え半ばやけくそで返していた。

「誰が諦めてなるものか!!全部僕のものだ!いいだろう。地位を取り戻すためならお前の戯言にも付き合ってやる。今に見てろ。僕は王に相応しいのだと皆に思い知らせてやる!」

「それでこそヨシュア様です。……では、手始めに。そのだらしのない格好をどうにかしてください。王子ともあろうものが真昼間からそれでは周囲に示しがつきません。これからは規則正しく、健康的な生活を送っていただきます。それから朝は剣術の稽古も再開しましょう。学ぶべきことも多々ありますし、あなたがさぼった三年を取り戻すのは至難の技でしょう。時間は同じように用意されてはいますがそう長くはありません。けれどやるべきことは山のようにあります。くれぐれもはぐれないようついてきてくださいね?」

 ヴァレットは先ほどとは意味合いの違う貼り付けたような笑みを浮かべた。


 “お小言”の増えたヴァレットに判断を誤ったかもしれないとさっそく後悔の念を抱くヨシュアだった。


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