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第二話

 




 コンコン。

 返事が返ってくる前に扉を開け放つ。それと同時に漏れ出た甘ったるい芳香には心なしかどんよりとした空気が含まれていた。

 ヴァレットが扉をくぐればいつもなら誰かしらが反応するところだが気づきもしない。今日も今日とて女達がベットを囲んでいるが、その顔にははっきりと困惑の表情が浮かんでいた。

「ヨシュア様。そんなに気落ちなさらないで。ヨシュア様を王太子から外すなんて何かの間違いですわ」

「そうですわ。ヨシュア様以外にランベールの国王に相応しい者などおりません。こんなにも美しい方が王になるのだと皆が楽しみにしているのですよ」

「まったく。どこの馬の骨が自分は国王の息子だなどと語っているのでしょう」

「聞くところによると黒髪の忌み人だとか」

「まあ!不吉だわ!そんな者を王になどと陛下は何を考えていらっしゃるのかしら」

 ベットの中心にあるこんもりとした布の膨らみに向かって女達は慰めの言葉をかけている。こんな事態になってもヨシュアに媚びる女達を呆れた目で一瞥し、ヴァレットはベットの前まで進み出て仁王立ちした。

「また性懲りも無く女をはべらしているのですか。いい加減自覚なさったらいかがですか。女の尻を追いまわし、挙句の果てに王座まで奪われるなど恥ずかしくはないのですか」

 ヴァレットの辛辣な言葉にふくらみがぴくりと反応する。

「……ヴァレット様!いつからおいでに。いいえ、それよりもその言い草はあまりにも酷すぎますわ!」

「そうです!親愛なる陛下に裏切られヨシュア様は深く傷ついておられるのですよ」

「本来なら婚約者がヨシュア様をお慰めするべきですのに。貴女の代わりに私達がヨシュア様を癒して差し上げているのです。ヴァレット様はどうかお引き取りくださいませ」

 すかさず女達が反撃を試みたがヴァレットは一顧だにしなかった。強引に掛布を剥ぎ取り、渦中のその人を引っ張り出す。

「ヨシュア様!」

「……うるさい」

 けれどヨシュアはヴァレットには目もくれず再び掛布にくるまろうとする。

「ヴァレット様!今はそっとしておいてくださいまし!」

「ヨシュア様、お気になさらないで。ヨシュア様は何も悪くありませんわ」

 非難の目を向ける女達と再び蓑虫となってしまったヨシュアを前にヴァレットはため息をつきたった数日の間に起きた出来事を思い返していた。




 一昨日。

 国王から思いがけない発表がくだされた。

 今は亡き最初の王妃カトレアとの間に実は子供がおり、故あって死んだものと思われていたが紆余曲折の末、王宮に戻って来たと言うのだ。

 更に信じられない事に彼を王太子に据えるという。国王と王妃の息子というのが仮に真実だとすれば王太子となるのは正当であり、ヨシュアに反感を持っていた貴族達にとっては願ったり叶ったりだ。


 彼は本当に国王の息子なのか。今更王太子を据え変えるなど国の混乱を招くのではないか。ヨシュアに与する貴族達の反発からそもそも彼の存在自体が秘匿されていた起因など問題は山積みだが国王自身が決定事項として推し進めようとしている。

 おそらくこのままいけばまず間違いなくヨシュアは廃嫡されるだろう。


 ヴァレットはまだ事の顛末を詳しく聞き及んでいないが、彼が王宮に戻って来られた理由については知らされていた。

 話を聞いた時は普段生真面目な父が冗談でも言ったのかと我が耳を疑った。彼が戻るまでの紆余曲折の中にヨシュアが深く関わっていたのだから。




 数年前からこんな噂が流れ始めた。

 王都から見て南東にある辺境の村ベーレに世にも美しい宝石姫がいる、と。

 真珠のように白い肌。サファイアのようにきらめく青い髪。ルビーをはめ込んだような瞳。その美貌は神が宝石を用いて手ずから創り上げた人形のような美しさだとか。

 彼女を一目見れば誰もが魅了され感嘆のため息を漏らすという。

 噂は貴族の間にも広がり、ヨシュアまでもが知るところとなった。

 何を思ったのか彼はその宝石姫を自分の妻にしようと企み、臣下に彼女を迎えに行かせたのだ。王妃に据えるつもりだったのか妾として囲むつもりだったのかは知らないがいくらなんでも王子として浅慮過ぎる。

 それだけならまたかと呆れられる程度で済んだだろう。行く行くは国王の位を継ぐのだとしても今はまだ王子の身分だ。国王を始め、重鎮達が止めただろう。

 けれど、運命とは思わぬところから転がり出てくるものらしい。

 宝石姫は王宮に向かう道中、悪漢共に襲われた。もちろんついていた護衛が応戦したが、戦力は拮抗し共倒れ。

 一人森に取り残された彼女を偶然にも通りかかった青年が助け、王宮まで送り届けようとしてくれたらしい。

 その道中、彼女の到着を待ちきれなかったヨシュアが自ら迎えにいった。

 そこで宝石姫の隣にいた青年が親しげかつ、黒髪であったためにあろうことかわざわざ王宮まで連れてきて処刑しようとしたのだ。

 首を刎ねる直前に国王が現れたために事なきを得、青年と国王の邂逅の末に彼が死んだと思われていた王子であると判明したのだった。





 そうして現在。国王から直接廃嫡宣言を受けたヨシュアはその日から部屋に引きこもり女に慰めてもらっていた。

 恨めしげに睨みつけてくる女達を物ともせずにヴァレットはもう一度掛布を剥ぎ取ろうとした。

「ヨシュア様。いつまでそのように意地けているおつもりです?すべて自業自得ではありませんか。短絡的な行動の果てにこの状況を作り上げたのも。女にかまけて務めを放棄し、継承権を持つものが現れた途端に用済みと捨てられる立場しか築いてこなかった事も…」

 抵抗を感じていた布は勢い良く翻り、中から憤怒に頬を上気させたヨシュアが飛び出し、ベットの上に立ち上がった。突然の事に女達はきゃあと悲鳴を上げ、部屋の隅に後退する。ヴァレットはその場から動かず、ただ冷静な瞳をヨシュアに向けていた。

「うるさい!お前に何が分かる!?僕は最初から王になんてなりたくなかった!なのに跡継ぎはいないからと全部押し付けて!!努力したところで誰にも認められず、そのくせ正当な後継者が現れれば不要だと邪魔者扱い!!

 僕は何も悪くない!全部、全部お前らのせいだ!!お前が美しくないから!父上が僕を見てくれないから!あいつがしぶとく生きていたから!!僕は切り捨てられ、宝石姫まで奪われた!!全員この部屋から出て行け!僕の視界から消え失せろ!!薄汚い雌豚どもめ!!お前も、お前も……!!」

 ヨシュアは激昂しその矛先は自身を囲っていた女達にまで向かう。ヴァレットにいつもやるようにクッションを手当たり次第に投げ飛ばし、女達は慌てて退散していった。ヴァレットは飛んできたクッションを片手ではたき落とし、おもむろに口を開いた。

「子供のように癇癪を起こすのはおやめください。この状況が不服とおっしゃるのならすべて取り戻せば良いではありませんか」

 その言葉にヨシュアは動きを止め、ぎろりとヴァレットを睨みつけた。

「……なに?」

「奪われたのなら取り戻せばいい。あなたは王に相応しいのだと皆に知らしめればいいのです。微力ながら私も力添えさせていただきます」


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