失敗5
「やってしまった……」
本社ビル七階の男子トイレ。俺は個室にこもって頭を抱えていた。顔面蒼白である。
昨夜のことはあまり憶えていない。いや、思い出したくもないし考えたくもない。ただ、朝起きてみた光景は、裸で一緒の布団にくるまれた俺と先輩、そしてなぜか臀部のあたりにひりひりして気持ち悪い感覚があること。それらを踏まえて考えると、答えは一つだけだった。
「な、なんということだ……」
もはやひとりで考えられる余裕はなかった。おろしているロングズボンからせわしなく携帯電話を取り出し、履歴から電話をかける。少々言葉を交わしたあと、俺はトイレから出て仕事に戻った。違う部署になってよかったとつくづく思う。
深夜二時。丑三つ時というやつだろうか。自宅のリビングで俺はジャージ姿でくつろいでいた。鹿威しのように定期的にため息をつく。
そんな風にぼーっとしていると、高い音のチャイムが鳴った。息を吐き出し、玄関へと向かう。
「はーい」
鍵を閉めていないドアを開ける。
「よう、相棒!」
陽気な声で片手を挙げ、挨拶する男性がドアを開けた先に立っていた。彼は中学時代から大学まで一緒の学校に通っていた友人だ。付き合いが長いこともあり、彼の前では素の自分がつい出てしまう。
「おう、久しぶり」けだるく応えると、俺は部屋へと踵を返す。
「おいおいおいおい、なんでそんなに暗いんだよ。今日はお通夜だったのか?」
彼も後ろに続いて俺の自宅へとはいる。
「……うるさいな。そんな気分じゃないんだ」
「なんだよなんだよ、久しぶりにこの俺が恋しくなって電話してきたのかと思ったら、随分とおセンチじゃねーかよ」
青丹色のジャケットに紺のネクタイが良く似合う好青年だ。
俺が出勤中に電話した相手は彼だった。久しぶりに二人で遊ばないかと誘ったわけだ。今はなるべく一人になりたくなかった。独りになってしまうと、嫌でも嫌なことを考えさせられる。
「まぁ、一杯飲もうぜ」
とりあえずお酒で気を紛らわせてからなにかしようと冷蔵庫に向かう。が、
「いや、その必要はねーぜ相棒」
と、突然呼び止められた。
「? お前が酒飲まないなんて珍しい」
「お前が酒飲もうとするのも珍しいわ」
「じゃあなにする?」
「とうぜん! そんなの決まってんだろ。」
といって彼はジャケットのポケットから鍵を取り出す。
「海いこーぜ! うみ!」