失敗3
翌日、濡れたソファから身体を起こし、いつも通り出社した。そして日も暮れ、すっかり大人の時間になったころ、俺は入社時から色々とお世話になっている先輩と身体を震わせながら居酒屋の暖簾をくぐった。
俺と先輩はビールグラスを軽くぶつけ、鈍い音を鳴らした。
「お前は相変わらずだなぁ。高学歴のくせにつまらないミスをして損するんだから」
先輩は入社した俺の教育係として付いてくれた人だ。落ち着いた温和な性格が物腰に如実に表れている。
俺はビールグラスの半分を胃袋に収める。
「まだ一ヵ月あるんだから自暴自棄になるなよ。五年間も一緒に働いてるから、きっとチャンスをくれたんだろうしさ」
先輩はぐつぐつと煮込まれた鍋から白菜、肉団子、花形の人参を小皿に取り分ける。
「誠意ってなんですか誠意って。誠意もくそもあったもんじゃないっすよ。だいたいなんで他の人はミスプリに気づかなかったんですか」
「おうおう、荒れてるねぇ」
先輩は自分の分を取り終った後、俺の分も取り分けてくれた。軽くお礼をいい、肉団子を口に入れ、かみ砕く。肉汁とともに染み込んだ塩のしょっぱさが中に広がる。昨夜の塩味とはまた違ったしょっぱさだった。
先輩とは入社したての頃からよく飲みに行ったりした。先輩が違う部署に異動した今でも、たまに仕事帰りによく二人で飲んでいる。
「だいたいですねぇ――」
気のおけない仲になってからはよく愚痴を言ったり、聞いたりもしていた。先輩は結婚して四年経つ。俺にときどき愚痴をこぼすときはだいたい家庭のことだったりする。
「あの女は痴女ですよちじょ。この肌寒い秋に生足晒してるなんて誘ってる以外考えられないですよ」
「たしかにあれは寒そうだなぁ……」
俺はビールを飲み干す。
「すいませーん、ビールおかわりっ!」
「おいおい、お前酒弱いんだから飲みすぎんなよ?」
「あかってますよ。先輩全然減ってないじゃないですか。もっと飲みましょうよ」
「しかたねぇなぁ」
先輩に言われた通り酒にはめっぽう弱かった。いつもは食べ物でお腹を膨らませていたが、今日は食欲もあまりなく、酔いたい気分だった。
「女なんてマシな性格してるやつなんていないんですよ。姿かたちで惑わして、偽りの自分を演じて、都合が悪くなったら自分を正当化して逃げる馬鹿ばっかですよ」
「まぁ女は生まれながらにして仮面を持ってるようなもんだしな」
「さ、す、が、先輩! 名言いただきましたっ!」
「名言ってお前なぁ……。まぁでもそれに騙される人も人だし、人間なんてものは必ず腹に一物持ってる生き物なんだよ」