失敗2
「はーっ。つかれたー」
終電に揺られ、自宅のあるマンションへと帰ってきた。エレベータに乗り、四階へのボタンを押す。しばらく経たないうちに、全身が重力に晒されエレベータが動き出す。
俺は昼頃に言われた上司の言葉を思い出していた。
誠意を見せなければクビ。期限は一ヵ月。一ヵ月なにもしなければ無職。
「誠意ってなんだよ……」
重力のせいで気持ちまで沈んでいくようだった。エレベータから降り、重い足取りで403号室へとむかう。
「ただい――」
「ちょっと、玄関先でやめてよ。さっきしたばっかでしょ」
「もう一回いいだろ? こんなたわわな身体、あんなんじゃ満足できねぇぜ」
403号室のドアを開け、俺は絶句した。
エプロンを着た女性が背後から筋骨隆々とした男性に抱きつかれてた。男性は背後から女性の胸へエプロンの内側から手を忍ばせている。首筋を淫靡な舌が凌辱する。
「――あ? だれだおまえ」
「ふぇ?」
男性が俺に気づくと、それにつられて女性も気づいたようだ。
声が出ない。
一瞬でどこか違う世界へとばされたような気分だ。疲れで幻覚をみているのか、そう考えたほうが現実的だと納得してしまいそうだった。
「え、うそ。今日は帰らないと思ってたのに……」
「なんだ、お前の男かぁ?」
男性は優しく、しかし大胆に女性の乳房を揉みしだく。
「ち、ちがうよぉ。この人ぜんぜんかまってくれないしぃ。み、みられてるってっ」
俺が聞いたことのないような甘美な声で女性は応えている。
「じゃあ場所をかえるか」
そういうと、男性はぴったりとくっついていた女性から離れ、靴を履いた。
「邪魔だどけ」
女性の手を引くと、あっけにとられていた俺に肩をぶつける。俺は情けなくとばされ、鉄格子に背中を強打する。呼吸が一瞬苦しくなった。頭の中がごちゃごちゃとしていた。ぐるぐると目の前が回っていた。
どれぐらいたっただろうか。とりあえず落ち着かなくてはと考えた俺は立ち上がり、靴を脱いで自宅へとはいる。そしてガラスコップに水道水をいっぱいに含み、一気に喉を通す。飲み終わるとともに大きく息を吐き出す。少しだけ意識がはっきりとしてきた。すると同時に一気に悲しみが押し寄せてきた。
彼女は付き合い始めて二年になる恋人だった。半年前から同棲も始め、幸せいっぱいの毎日を過ごしてきた。それなのにどうして、そう考えていると悲しみはいつの間にか沸々と怒りに変わっていった。いますぐ問い糺してやりたいと憤りつつ、仕事での過失でやつれていたこともあり、行動する気力はなかった。
怒りが少し和らぐと疲れが全身を襲った。今日はもう寝ようと、風呂にも入らずリビングのソファに倒れこんだ。
しかし、となりの402号室からきこえてくる聞き慣れた女性の喘ぎ声が耳にまとわりつき、一睡もできなかった。