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楽しくも儚い時間

 山部さんの家に着いた時、庭に和久井さんの車が停まっていてみんながスーパーの袋を持って車を降りているところだった。どうやら、買い物に時間がかかったようで、ほぼ時を同じくして山部さんの家に到着したようだ。


「ありがとうございました」

 松野さんにお礼を言って、車を降りる。押本さんがペットボトルの入った袋を持っていたので、

「代わりに持ちますね」

 一言言って、僕が袋を持った。

「ありがとう」

 押本さんが笑顔で言ってくれた。

 みんなが笑っていると、僕も嬉しい。山部さんの家は、最近新築した家が庭の上の方にある。古い家を取り壊さずにそのままにしてあって、山部さんの部屋は新しい家にまだ荷物を運んでいないらしく、どこかにいって、帰りに山部さんの家に寄ってから解散する感じになっているようだ。

 周りに民家もなく、新しい家は防音設計になっているとのことで、ちょっとくらい夜に大きな声を出しても怒られたりしないらしく、エアガンの試射とかを前回来た時、夜中の三時くらいに男性陣がやっていた。初めてさわったエアガンは想像と違ってずんとした重量感があった。山部さんに教えてもらって、引き金を引いたら弾がドドド、と続けて出てびっくりしたのを覚えている。フルオートモードにすると、引き金を引いている間ずっと弾が出続けるそうだ。サバイバルゲームの時なんかに使うらしい。

 今回も、みんなあんまり遠慮するそぶりを見せずに部屋に入っていく。長い付き合いが為せる技なのだろうか。

「お邪魔します……」

 僕もみんなに続いて靴を脱いで廊下に上がる。最後に部屋に入ったのが僕だったので、障子を閉めた。とりあえず、手に持っているスーパーの袋をテーブルの上に置いた。みんなテーブルを囲うように座っているので、僕も入り口から一番近いところに座った。部屋の主である山部さんと丁度真正面になる。

 山部さんがテレビのスイッチを入れた。リモコンでチャンネルを次々変えている。特に見る番組は決まっていないようだ。

「あの、ニュース見たいんですけど、いいですか?」

 リクエストをしてみた。ちょっと緊張する。

「ああ、ええよ」

 そう言ってチャンネルをニュースに変えてくれた。

「ありがとうございます」

 僕はニュースを見ながら、みんなの話を聞く。みんなお腹はあまりへっていないらしく、お菓子の袋はテーブルの上に置かれたままだ。チョコクッキーがちょっと気になる。


 山部さん、和久井さん、角野さんはエアガンの話で盛り上がっていて、押本さん、松野さん、岡林さんは専門学校の話をしている。ニュースを見ながらだと半分くらいしか内容はわからないけれど、どうやら専門学校は出席に厳しいらしい。好きな専門分野を勉強するだけ、という訳にはいかないようだ。

 テレビのスポーツニュースのコーナーが待ち遠しい。今日のプロ野球のデーゲームの結果と、ゴルフで誰が優勝したのかが気になって仕方がない。携帯でニュースをチェックすればいいんだけど、やっぱり文字だけの記事より実際の映像が見たいので、チェックするのを我慢していた。

 僕の知らない誰かが殺されたニュースを深刻な顔で読み上げた後、CMのあとはスポーツをお伝えします、とニュースキャスターがさっきまでの顔がうそみたいに笑顔で喋っている。スポーツニュースは確かに見たいけど、ちょっと複雑な気持ちになる。

 みんなはテレビをほとんどみてないらしく、さっきまでと変わらず会話に花が咲いている。僕はどうしても細かいことが気になってしまう。

 CMが終わって、スポーツニュースのコーナーに変わった。まずはプロ野球から。プロ野球は地域密着の報道の傾向が強くて、阪神タイガースのニュースが一番に取り上げられる。まあ、それは別に構わないんだけど、あともう二チームの試合を流して、他の試合の結果はご覧の通りです、なんて扱いはちょっと悲しい。ちなみに、僕はスワローズファンだ。珍しいとよく言われる。

 ゴルフのニュースだ。僕の応援している選手が、昨日までのスコアでトップと3ストローク差だったので、優勝争いをしてないか気になっている。あ、ちなみに女子ゴルフだ。

 ニュースはなぜか優勝争いと全く関係ない予選カットラインぎりぎりで通過した選手の映像を流した。そしてふるわない結果らしい。

 なんか最近、若手選手の報道が目立つけれど、僕は優勝争いしてる選手が見たいんだけどな。ゴルフファンの人はなにも言わないのだろうか。結果は昨日までトップの選手がそのままスコアを伸ばして優勝したとのこと。ちらっと順位表が出たけれど、五人ほどしか順位を表示していなかったので、応援している選手のスコアはわからなかった。なんだかなあ、と思わず口に出してしまいそうになった。いかんいかん。


 スポーツの結果がわかってなんだか心の緊張がゆるんでしまったらしい。僕のおなかが「ぐう」と大きな音をたてて鳴った。

 全員に「ええー」と言われてしまった。逆にこっちがびっくりする。

「西田。あれだけ寿司食べといて、もうおなかへってんの?」

 和久井さんが不思議そうに言う。

「うん……だって、おやつ食べてないじゃないですか」

 僕はまともな返答をしたつもりなんだけど、

「いやいや、確かにおやつは食べてないけれども」

 と、岡林さんに突っ込まれた。

「えー、みんなおやつ食べないんですか?」

 誰か一人は同意してくれると思ってそう言ったけど、誰も頷いてくれなかった。

「はいはいわかった、お食べお食べ」

 和久井さんがチョコクッキーの箱を僕に渡してくれた。僕がチョコ好きなのを覚えててくれたんだろう。

「ありがとうございます」

 僕はそう言うと、クッキーの箱を開けて食べはじめる。美味しい。

 一枚、美味しいからもう一枚……と食べていたら、

「あー、もう、ぽろぽろこぼさないの。子どもじゃないんだから」

 押本さんに言われてしまった。

 松野さんが「これ下に置いて食べたら?」とゴミ箱を持っていてくれた。僕はティッシュでこぼしたクッキーを拾ってゴミ箱に入れて、そのままゴミ箱を抱えてクッキーを食べる。

「そんなにおいしい?」

 角野さんに聞かれたから、当然のように

「はい、決まってるじゃないですか」

 と返したら、

「うん、そうやな。顔が糖分糖分、って笑ってるもん」

 角野さんがそう言うとみんなが笑った。みんなが笑ってるのが面白くて、僕も笑う。楽しいなあ。心からそう思った。


 鞄の中で、僕の携帯が「ブーン、ブーン」と震えている。母からメールが来ていた。「何時ごろに帰ってきますか」という文面だったので、部屋の時計を見たら九時五分前だった。話に夢中になって、時間を気にしていなかった。

 笹川方面の電車は三十分に一本しか走っていない。

「すいません。母からメールが届いたので、あと二十分したら、どなたか、駅まで送っていただけませんか?」

 楽しい時間はあっという間に過ぎてしまう。残念だけど、仕方がない。

「あ、もう九時だね。じゃあ、あと二十分で解散しようか。えっと、私は西田君を駅まで送っていくけど、誰か一緒に乗る?」

 松野さんが僕のことと一緒に色々まとめてくれている。こういう時に、しっかりしててすごいなあと思う。

「あ、じゃあ私も一緒にお願い。今日は三河の家に用事があるから」

 押本さんが続いて言う。押本さんは、家が二軒あって日によって使い分けているようだ。

「その二人駅まで送った後、俺の家まで乗っけてってくれない?」

 角野さんは古くから四ツ谷市に住んでいるので、松野さんの帰り道に家がある。

「了解。じゃあ、私の車には三人乗るのね。えーっと、後部座席に三人はちょっときついから西田君助手席で」

「あ、はい、わかりました」

 松野さんのテキパキした判断で、どんどん決まっていく。やっぱり頼りになるなあ。さすが最年長。そう思った後、厳密には角野さんか……なんて考えが頭の中でまわっていた。

「あ、じゃあ俺は岡林送ってそのまま帰るね」

 和久井さんが言う。ニュータウン組は二人なのか。今さらだけど、なんか意外。

「あーい、じゃあ俺は和久井に乗っけてもらうってことで。これでみんな決まりかな?」

 岡林さんの言葉に、僕はうなずいた。

「携帯って便利ですねえ。今までは駅から電話してましたよ」

 僕がそう言うと、

「西田君は携帯必要だって前から言ってたじゃん。この中で一番交友関係広いんだから」

 松野さんがすぐに反応した。

「そういえば西田君って携帯持ったの大学入ってからだよね。この中で一番最後か」

「そうなの!だから私、西田君に借りた本返す時に、いつも家の電話に電話してたんだよー」

 いつになく熱く語る松野さん。僕が携帯を持つのが遅いと前々から強く思っていたようだ。

「あー、そっか。私と松野さんだったら携帯のメールでいいよね。あ、話変わるけど私西田君に借りた本まだ読んでないや」

「あ、また今度でいいですよ。三人でうまく本回していきましょ」

 押本さんに言う。本を貸し借りしている三人は、もちろん松野さん、押本さん、僕の三人だ。


「僕の家に電話かけるの、やっぱ抵抗あります?」

 松野さんに訊ねると、

「うーん、抵抗っていうかやっぱり緊張するかな。西田君がいつも出てくるとは限らないし。もちろん、家族の方が出られてもちゃんと対応するけど、みんなにはメールか携帯に電話で連絡つくから、家の電話にかける機会も少ないしね」

 なるほど。そう言われると、最近固定電話にかけた記憶がない。

「そういえば、岡林さんと和久井さんは携帯持つの早かったですよね。」

 僕が訊ねると、

「まあ、俺は親父が携帯メーカー勤務だからね。高校入学したときには持ってたよ。電話代親父が払ってるから、あんまり使えないけど」

 岡林さんは苦笑いしながら答える。

「和久井が持ったのっていつだっけ?高校一年の時?」

「いや、二年の時だな。確か西田が珍しそうに俺の携帯さわってたの覚えてる」

 岡林さんの問いに、和久井さんが答えた。なんかちょっと事実を脚色されてるけど。

「えー、確かに和久井さんが携帯持ってきた時珍しかったですけど、そんなに言われるほど見たりさわったりしてないですよー」

 僕はそう反論したけれど、

「いーや、俺ははっきり覚えてる。これでインターネットもメールもできるんですよね。ってはじめてパンダ見た子どもみたいやったぞ」

 ……どんな例えだ。僕は上野動物園行ったことないぞ。

「山部さんは、いつ携帯持ったんですか?」

 流れを変えて、山部さんに聞いてみる。

「そうやなー。一年くらい前かなあ……あんまりよく覚えてへんけど」

 携帯をそんなに使う訳ではないようで、あまり関心もないのかもしれない。

「じゃあ、角野さんはいつから持たれてますか?」

「あ、俺は車の免許取った時だから一年半くらい前かな」

 角野さんははっきり覚えているらしい。使い込んでいるのだろうか。

「角野君は持ったんじゃなくて持たされたんだよねー」

 押本さんが言ったことがよくわからなくて、僕は首をひねって考える。

「いや、この人失踪するから親に強制的に持たされてんねん」

「あー、そうなんですか。それはそれは……」

 山部さんの言葉に僕はなんて言っていいのやら困ってしまう。

 まあ、人それぞれ理由は違っても、携帯はコミュニケーションツールの中心になっているようだ。

「あー、じゃあ僕ももっと早く携帯持ってたらみなさんともっと色々遊べたりできてたのかー。うー」

「いや……だから西田君は携帯が必要だと前からね……」

 松野さんの言っていたことをもっと早く聞いておけばよかったと今、激しく後悔している。

「まあまあ、西田は去年受験だっただろ?俺らも高校卒業して一年目だったから結構バタバタしてたしさ。正直去年はあんまり会えなかったけどさ、今、こうやって久しぶりに会ってもちゃんと俺ら話せてるやろ?だから心配せんでも大丈夫やって」

 最後は和久井さんがうまくまとめてくれた感じだ。和久井さんの言っていることは的を射ていると思う。確かに、去年に頻繁に会うのはスケジュール的に難しかった。でも、今こうやって楽しい時間を過ごせた。その事実は絶対だ。

「おーい、もうすぐ時間やでー」

 山部さんの声で、僕たちは帰る準備をはじめた。忘れ物がないか確認して、二台の車に分かれる。

「ほななー」

 山部さんが外まで見送りに来てくれている。

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」

 山部さんにお礼を言って、松野さんの車に乗り込んだ。

「それじゃあ、またー」

 松野さんの車の乗員全員で、山部さんと、車の中にいる和久井さんと岡林さんに挨拶した。

 和久井さんの車が「プッ」という小さな音でクラクションを鳴らしたので、どうやら伝わったようだ。

 山部さんの家から四ツ谷駅までは十分もかからない。携帯も便利だけど、自動車も便利だな、なんて思っていたら信号待ちの時に

「西田君は、車の免許は取らないの?」

 と、心の中を見透かしたように松野さんに訊ねられた。

「うーん、取りたいんですけどね。とりあえず、二年生までは必修の科目が多くて、ほとんど毎日大学に通うと思うんで、しばらく先になると思います」

「そっか。西田君が車の免許取ってくれると、みんな便利になるよ。西田君も遊びに来やすくなると思うし、私と角野君は帰り道だから乗せてもらえるしさ」

 松野さんはいたずらっぽくそう言って、ふふ、と笑ってみせた。

「なるほど。考えておきます」

 僕も笑顔で返す。車の免許か。前向きに考えよう。

 駅のロータリーで、僕と押本さんが車から降りた。

「ありがとうございました。またよろしくお願いします」

「またねー。次は花火大会の日にでも集まろうか」

 押本さんは既に次の計画を練りはじめたようだ。

「それじゃあ、またね」

「んじゃ、また。ばいびー」

 松野さんの車が角野さんを乗せて、勢いよくロータリーから出て行くのを見届けてから、僕と押本さんは駅に入った。切符を買ったところで、方面が逆なので、ここでお別れだ。


「今日は楽しかったです。ありがとうございました」

「こちらこそ今日は楽しかったよ。また、本の話でもしようね」

 押本さんはそう言って四番ホームに向かった。笹川方面の電車は一番ホームから出るので、僕もホームに向かう。

 押本さんが乗る電車の方が先に到着した。押本さんに会釈すると、手を振って返してもらった。たった三十分ほど前までは七人でいたのに、今は一人だ。一人になると、やっぱり淋しさを感じてしまう。

 ホームに電車が来た。椅子に座ると、疲れがどっと出てきた。ずっと楽しかったのに何で疲れてるんだろう。みんなと一緒にいると元気になれるけど、その時に元気を使いすぎてしまうんだろうか。やっぱり、四ツ谷市に生まれた方がみんなと早く出会えてたんじゃないかなあ。もう何回考えたかわからないほど考えたことを、また考えてしまう。


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