トモダチということ
花見をするというより、集まって喋っている方がメインになっているけど、楽しい時間は過ぎるのが早いもので、桶に残っているお寿司は十個ほどになった。急に吹いてきた風で少し肌寒くなってきたのと、太陽にも雲がかかってきたので、とりあえず山部さんの家に移動することになった。
お腹に余裕のある人でお寿司を片づけようということになり、もちろん僕はお箸を手に取った訳だけど、ハマチのにぎりを口に入れようとしたら、「ピュロー」という明らかに人工的に鳴らされた楽器のような音がして、僕は何事かと辺りを見回した。
スーツを着た人が十人ちょっとと、烏帽子をかぶった人が三人ほどいる。さっきの人工的な音は、神聖な儀式が行われている時によく流れている、ほら貝みたいなので吹く音を、カセットテープのデッキか何かで流しているようだ。
「あれ、ここで何かあるんですかね」
小声で、隣に座っている松野さんに訊ねた。
松野さんは少し考えた後、なにかひらめいたようだ。
「あの、少し離れたところに社が建っているわよね。あれって、きっと昔このお城を統治していた藩主か何かを祀ってあるんじゃないかしら」
松野さんの言う通り、古めかしい小さな社の周りに、人が集まっている。明らかに僕たちは場違いな感じだ。花見をはじめたときに周りに何組かいた人たちも、いつの間にかいなくなって、社の近くには僕たちと、今し方やってきた人たちだけだ。
「とりあえず、早く片づけてそっと出て行きましょう」
そう言うと、僕はハマチのにぎりを口に押し込んだ。
「西田、もう入るだけ口にいれてしまえ」
和久井さんにせかされて、僕は残っていたお寿司を三つ口に入れた。早く噛んで飲みこもうとしたけれど、魚介類は思いのほか噛み砕くのに時間がかかる。
「お、お茶を……」
口の中にお寿司がいっぱいで声になるかならないかの心からの叫びを岡林さんが聞き取ってくれたようで、お茶のペットボトルを渡してくれた。
僕はペットボトルの口を開けて、残っていたお茶を一気に口の中に流し込んでまとめて飲みこもうとした……んだけれど、水分が気管に入ってしまった。
「ごほっ、ごほっ、ぐ……」
声にならない。
そんな僕の姿を見て、和久井さんと山部さんは大笑いしている。
これから神事を行う人たちに、思いきり見られている。
「ちょっとそこ、笑わないでなんとかしてあげなさいよ」
押本さんもそう言うけれど、声が半分笑っている。
松野さんが背中をたたいてくれて、なんとかお寿司が胃袋の中に入った。
「残り、お願いします……」
僕はそう言って、むしろの上で横になった。
残っていたお寿司は角野さんと岡林さんが食べてくれたみたいだ。
「ほら、さっさとのいて!片づけるわよ!」
押本さんの声に、みんなむしろから出て自分の靴を履く。
とりあえず、僕はむしろから横に転がって、少しは片づけやすくしたつもりなんだけど、その姿がまた和久井さんと山部さんにウケているようだ。
和久井さんと山部さんの笑い声を聞きながら、岡林さんに起こしてもらって、靴を履いた。
むしろは松野さんと押本さんが片づけてくれたようだ。
桶は角野さんが持っている。
すでにもうどうにもなってない気がするけれど、僕たちはできる限り静かにして、城跡を後にした。
山部さんの家に行くことはすぐに決まったけど、スーパーに桶を返さないといけない。
松野さんの車に僕が乗せてもらってスーパーに寄って、和久井さんの車に残り全員が乗って山部さんの家に先に向かうことになり、いったん僕たちは二手に別れた。
松野さんの車に乗って、僕たちはスーパーへ向かった。
「今日は楽しかったですね。ちょっと最後びっくりしましたけど」
僕が話しかけると、
「そうだね。神事の日と重なるとは思わなかったね」
松野さんが車を運転しながら答えた。
「あ、確かにそうですね。僕、今まであんな行事があるの知らなかったですよ」
「私も知らなかったよ。きっとお城の近くに住んでいる人しか知らないんじゃないかな」
運転中にあんまり話しかけたら悪いかなとは思うけれど、楽しくて、その思いを口に出すのが止められなかった。
地元なので、あまり出歩かない僕でもナビゲートできた。スーパーに着いたので、僕は桶を返しに行くために車から降りた。その時に思い立って、
「あ、山部さんの家にみんなで行ったらお菓子とか飲み物必要ですよね?」
僕の問いに松野さんはしばらく考えたあと、
「そうだね。とりあえず押本さんに電話して相談してみる」
そう言って携帯で話をしている。携帯が普及して、本当に便利になったと思う。昔のトレンディードラマとかで携帯がなかったせいで別れてしまったカップルが何組いたことか、という話を押本さんとしたことを思い出した。
松野さんの電話が終わったようだ。僕は松野さんに話がどうなったか聞いたら、
「四ツ谷駅近くのスーパーへ寄って押本さんたちが買い出しいってくれるって。何か特に欲しいものがあったらメールで連絡してくれと言われけど、何か食べたいものある?」
「いえ、僕は特にないです。みなさんと同じで。桶、返してきますね」
そう言って僕はお店の中へ入った。色々と細かいところまで気を遣ってもらえるのが嬉しい。
スーパーのお寿司売り場のカウンターへ行って声をかけた。
「すいません」
どうやら、僕の声は忙しい店内の声にかき消されてしまったようだ。ごくりとつばを飲みこんで。桶を抱えている右手をぎゅっとにぎった。
「すいませーん!」
さっきよりは大きな声が出たようで、調理している人が気付いてくれた。
「本日、盛り合わせを七人分注文していた西田です。桶を返しに来ました」
「ありがとうございます。ご注文ありがとうございました」
店員さんは元気があって、声も大きい。やっぱりこの人くらい元気あったほうがいいんだろうな。
「ごちそうさまでした」
僕はそう言うと、松野さんが待っている駐車場へ走っていった。
「お待たせしました」
車の外で待っていてくれた松野さんに一礼する。
「いえいえ。じゃあ、行こうか」
僕たちは車に乗り込んで、山部さんの家へと向かった。
僕以外のメンバーの実家は四ツ谷市にあるので、当然ながら山部さんの家も四ツ谷市内にある。四ツ谷市といっても広いので、笹川市に限りなく近いところにある松野さんの家にいく場合と、ニュータウンにある岡林さんの家にいくときにかかる時間も当然ながら違ってくるんだけれど、笹川市から四ツ谷市まではだいたい車で五十分ほどかかる。電車なら三十分でいけるんだけど、トンネルがいくつもある直線距離での移動となる電車のようにはいかないので、車で行くときは寄り道なんかしてると一時間くらいかかってしまう。
まあ、遊びに行く時は大抵僕が電車で出かけているんだけど、家に来てもらう時は結構負担になるなと感じた。
「山部さんの家にいくの、二回目です。楽しみだなあ」
僕がそう言うと、
「あ、そういえば山部君と西田君が知り合ったのって、この前の食事の時が初めてだったね」
松野さんが意外そうな感じで言った。
「はい、そうです。食事会の後、山部さんの家に行って、朝まで喋ってました」
「うんうん。山部君と角野君と初対面なのに、なんかすごく仲良くなってたよね」
松野さんも思い出したようで、二人とも笑顔になる。
「私もそうなんだけど、山部君とか角野君って、人と仲良くなるのに時間がかかるタイプなんだよね。だけど、その二人とすぐに仲良くなれた西田君ってすごいなって思うよ」
松野さんにそう言われて、僕はちょっと返事に詰まる。僕はどちらかというと人見知りをするタイプで、松野さんの言葉じゃないけど人と仲良くなるには時間がかかる。そんな風に言ってもらったのは初めてのことだ。
「あ……えっと、ありがとうございます」
なんて言っていいかわからなくて、うまく言葉にできなかった。
車の中に、しばしの沈黙が訪れた。六人組の誰かといる時は、ずっと喋っている僕だけど、今は沈黙していても焦りを感じなかった。なんだろう。うれしくて、言葉にできないのだろうか。
「えっと、みなさん知り合って長いんですよね。僕も四ツ谷市に生まれていたら、もっと早くみなさんと知り合えて、中学時代を楽しく過ごせたのにと思います」
沈黙も悪くなかったけど、やっぱり話をしている方がいつもみたいでいい。
「うーん、そうね……教育センターでは、私たちずっと六人でいたから、他の人は私たちの中に入りづらかったみたいだよ。それに、四ツ谷市に生まれていたら普通に学校通ってたかもしれないじゃない。そしたら、私たちと会えてないよ?」
松野さんはしばらく考えて、昔のことを思い出していたようだ。まあ、確かに僕は教育センターがどんなところなのか全く知らない。あと、笹川市と四ツ谷市は環境が違う訳だし、松野さんのいうこともわかる。
「……そうですね。色々あって、今があるんですよね」
僕がちょっと時間を開けてそう口にすると、松野さんはうんうん、と頷いている。「それでいいんだよ」と松野さんが言っているように思ったけど、そこは聞くところじゃないと思った。
「四ツ谷市」と書かれた案内表示の看板の下を、車で通り抜けた。
「もうすぐですね」
「うん、そうだね」
松野さんと、これからもうまくやっていける。そう思った。