心動く時間
「……君、西田君?」
松野さんから話しかけられたのに途中まで気付かなかった。色んなことに意識を向けすぎなんだろうか。
「あ、は、はい」
「押本さん達、もう上まで行ったんだって。奥のほうの桜がまとまって咲いてるところに場所確保したって連絡きた」
「そうですか。じゃあ、僕らも行きましょうか」
僕と松野さんは坂道を上りはじめた。
みんな結構アクティブだな、と思う。知らないところに来たら、僕なら誰か知り合いが来るまできっと動けない。みんな、自分が楽しむことに慣れているんだ。うらやましいな。
城跡のところまで上ると、たくさんの人が花見を楽しんでいる。今まで、お堀のところでしかやったことがなかったから、初めてみる光景だ。
「奥の方……なんですよね?」
「うん、そう言ってたね」
すぐに押本さん達を見つけることができず、僕は松野さんに確認をとる。まあ、松野さんと一緒にいるんだから心配しなくてもいいのはわかっているんだけど。
奥の方に、木が他の場所よりも生い茂っているところがある。あそこかなと思って向かっていたら、松野さんの携帯が鳴った。
「あ、見える?うん、まっすぐね。わかった」
そう言って松野さんは携帯を切ると、
「ここからまっすぐ行ったところだって。向こうからは私たちが見えてるみたいだよ」
僕にそう告げた。松野さんの声からも、楽しそうな感じが伺えた。
まっすぐいくにつれて、人気が少なくなっている。桜の多いところなのに人が少ないのは少し不思議に思ったけれど、押本さん達が手を振って場所を知らせているのが見えると、僕はみんなのところまで走っていった。
「こんにちは。お久しぶりです」
「いやいや、寿司の桶抱えて走ったらあかんやろ。今日の主役なのに」
「大丈夫ですって、ちゃんと地面と平行になるように持ってましたから。みなさんがこっち方面にいらっしゃるのってめったにないからそりゃテンションあがって走り出すくらいしますよ」
和久井さんからいきなりするどい突っ込みが入ったけど、僕は気持ちが盛り上がって、普段より声も大きくなる。
僕がお箸を配る頃には、松野さんも一緒にむしろの上に座って、久しぶりの全員集合となった。
お茶を入れて、お寿司の桶を開ける。美味しそうだ。
「いただきまーす」
早速、僕はお寿司に手を伸ばす。七人で同じ話をするだけじゃなくて、何組かに別れて、話をしていても場を持たせることができるのが僕には最初不思議で、そしてとてもいいことだなと思った記憶がある。
「西田君、最近読書の方はどうなの?」
押本さんが訊ねてきた。押本さんはかなりの読書家だ。
「えっと、そうですね。この前まで『匣の中の失楽』を読んでたんですけど、挫折してしまいました。日本四大ミステリのひとつなんで完全制覇したいとは思ってるんですけど……。また日をおいて挑戦します」
「そうなんだ。まあ、ちょっと前の作品だし、現代物とは違う感じあるよね。松野さんは最近何読んだの?」
押本さんが話をふる。松野さんも読書家で、本の話はだいたい三人ですることが多い。
「そうだな……私は最近読めてないな。専門学校の講義が結構詰まってて」
「あー、なんか資格試験って日近いの多いよね。あれなんとかならないのかな」
二人はビジネス系の専門学校へ通っている。そろそろ就職活動の時期なんだろうか。
僕はお箸を動かしてお寿司を食べながらみんなが何の話をしているのかな、と男性陣の方に視線をやる。
「しかし笹川寒いな。風強すぎるって」
和久井さんの言葉に、
「うん、四月とは思えん」
山部さんが続ける。
「いえ、たまたまですって。桜咲いてるじゃないですか」
僕は地元民としてフォローしたけれど、
「いやいや、四ツ谷の桜散ってるやん。寒いからまだ咲いてるんやって」
と、二人に一蹴されてしまった。
和久井さんはコンピュータ系の専門学校に通っていて、山部さんは中学卒業後、二年間自然と触れ合う感じの学校に通っていたらしい。今は家にいるとのことだ。
「岡林さんはどうですか?一人暮らしなんですよね?」
「うーん、特にあんまり変わらんかも。食事も買ってきたやつ食べてるだけだし」
「なるほど。一人暮らしって大変そうなイメージがあって」
僕は一人暮らしが多分できないから、あんまり想像できない。
「そうだな……掃除が面倒といえば面倒かな。家に居た頃は親がやってたしな」
なるほど、と僕は頷く。岡林さんもコンピュータ系の専門学校に通っているけど、四ツ谷市から離れた学校に通っているので、現在一人暮らしだ。だから、最近はあまり会う機会がない。
「角野さんはどうですか?何か楽しいこととかありました?」
「え、俺?……訊かんといて」
角野さんはあまり元気がない。どうしたんだろう。
「西田君、この時期の角野君はそっとしておいてあげないと」
押本さんの言葉に、みんな頷いている。僕はよくわからなくて、
え……と考える。
「西田。今は四月だろ?な?」
和久井さんにそう言われて、ようやく気がつく。
角野さんは四月生まれだ。そのせいで誕生日がみんなより早くやって来る。この年齢になると、もう誕生日も子どもの時みたいに嬉しくなかったりするのだろうか。
「ああ……二十歳過ぎてからの一年は早かった……うう」
角野さんが自虐的にそう言うと、大丈夫だって、とみんなフォローを入れた。なんだか半分みんな笑っているけど。
角野さんは和久井さんと岡林さんと同じ高校に入学したけど、一週間で学校にいけなくなって、一年で辞めてしまったそうだ。その後、専門学校へ入り直したけれど、三日で辞めてしまったらしい。誰かからそう聞いたことがあるけど、もちろん本人に確かめたりとかはしていない。
「あーっ、ちょっと山部食べ過ぎ!」
押本さんが言う。そう言えば押本さんは話メインでほとんど手を付けてないみたいだ。
「えー、朝食べてへんし……数あるやん」
山部さんがのんびりそう言うと、
「これは七人分の盛り合わせなの。もともと数決まってるんだからあんたばっかり食べてたらみんなのぶんなくなっちゃうのよ」
「あ、そうなん?まあ、ええやん……」
山部さんは眠そうな声でそう返す。
押本さんはすごくきっちりしているから、みんなのぶんを数えていたのだろう。まあ、男性陣はその辺深いところまで誰も考えてないから、こういったことはままある。別にけんかしている訳じゃない。
「まあまあ、俺の玉子やるから……」
角野さんがそう言ってまとめようとすると、
「えー、とにかく私数食べられないけど、マグロとイカだけは死守するわ」
と、押本さんが返す。僕はこんなやりとりが面白くて、みんなといるときは笑ってばかりだ。中学時代からの付き合いなんだから、きっと楽しいことがものすごくたくさんあったんだろうな。僕も四ツ谷市に生まれたかったなあ、とよく思う。