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戦士の休息

 カウンセリング室で萩原先生と話をして、少し気持ちが楽になったように思う。木曜日、英語の最初の講義で、それぞれの実力にあった基礎的なところからの英語学習とやらで、マークシートのテストを、大講義室で学部が同じ人は全員受けた。マークシートのテストは、いつも答えをふたつまで絞れるんだけど、どっちが正解なのかわからないパターンが多い。まあ、なんていうか最終的には勘に頼ることになってしまう。金曜日は五限まで講義があったけれど、なんとかこなせた。今のところ、講義にはついていけている。そして今日、土曜日は明日のお花見の準備だ。まあ、準備といっても日曜日、お花見に行く七人分のお寿司の予約をするだけなんだけど。

 僕以外の六人は、岡林さん、和久井さん、押本さん、松野さん、山部さん、角野さんだ。

 僕が高校一年生の時、コンピュータ部に入ったのがきっかけで一つ年上の岡林さんと和久井さんと、よく話をしたり、遊んだりするようになった。僕の音楽の好みや、読んでいる小説の話をすると、ぜひ合わせたい友人がいるということで、岡林さんの家に遊びに行かせてもらったときに、押本さんと松野さんと知り合った。

 僕はてっきり男の人だと思っていたんだけれど、女性陣を紹介されて、「男女間の友情は成立するんだ」と思った記憶がある。その時に押本さんと松野さんとは小説の話をした。中井英夫の「虚無への供物」を読んでいるということを言ったら、将来有望なミステリ読み友達だと言ってもらえた。

 山部さんと角野さんと知り合ったのは結構最近で、僕が大学に合格したお祝いにみんなで食事会をした時に、山部さんと角野さんの間の席に座ったのがきっかけだ。最初は緊張してあまり喋れなかったけど、食事会の後、山部さんの家で朝まで喋っていたときに、気付いたら仲良くなっていた。

 全員、中学生の時に四ツ谷市の教育センターにあるフリースクールに通っていたそうだ。学年は松野さんと角野さんが僕より二つ上で、岡林さん、和久井さん、押本さん、山部さんは僕の一つ上だ。

 全員同学年ではないけれど、年の差をあまり考えずに六人で一緒にいることが多かったらしい。僕もいれてもらって七人組になっても、そのことは変わらない感じだ。ただ、僕が困ったときにアドバイスをもらったりする時は、人生経験の差が大きいと思うことはある。

 今は、みんな学校とかも別々になっているけれど、僕と松野さんと押本さんがイベントを企画したら、全員揃うことはあまりないけれど、三、四人で集まって楽しく遊んでいる。

 今回は珍しく全員揃うので、楽しみも大きい。僕が松野さんと押本さんにお花見でもしませんか?とメールをしたら、全員の都合のつく日が明日しかなかった。それで、四ツ谷市の公園に咲いている桜はもう散りかけなので、笹川市の城跡でやろう、ということになった。

 いつも、僕が四ツ谷市に遊びに行ってばかりなので、今回は新鮮だ。笹川市には昔お城が建っていたらしい。今は建物自体はなくなって、お城の周りのお堀に桜がたくさん咲いている。一応、お城のあったところに上ることもできる。今は建物の影も無いけれど、天守閣を再建しようという計画が出ているらしい。

 さっき、スーパーにお寿司盛り合わせ七人前の予約ができているか確認したところ、お昼十二時以降に取りに行けばいいらしい。

 僕は車が運転できないので、松野さんに家まで迎えに来てもらうことになっている。他の五人は和久井さんの運転で来るらしい。松野さんに少し早く来てもらって、地元のスーパーでお寿司を受け取って、笹川城跡で待ち合わせだ。

 楽しいことがあるって幸せだなと思う。まだ八時だけど、はやる気持ちを押さえきれずに、僕はベッドの中にいる。幸せなこの時間が永遠に続くといいのに。こんなときだけ願い事をする僕は、大事なときに願い事を聞いてもらえなかったりするのだろうか。子供みたいなことを考えていたら、僕の意識は薄くなっていった。


 玄関のチャイムが鳴っている。誰か出ないのかな。もう四回目……かな?回らない頭でそこまで考えた後、僕はガバッと飛び起きた。目覚まし時計を見る。朝七時にセットした目覚まし時計は、十二時五分前を指している。時計のアラームは、オフになっていた。どうやら僕は二度寝してしまったらしい。

「ピンポーン」

 チャイムはまだ鳴り続けている、僕は慌てて、玄関まで走っていった。カギを開けて、ドアを開けると、そこには松野さんがいた。

「あ、えーっと、おはようございます」

「あの……西田君、もうお昼だよ」

 そう言われて、改めて今、結構大変な事態になっていることに気付く。

「あ、もう時間ですよね。急いでいきましょう。荷物取ってきます」

 僕はそう言って部屋から荷物をとってこようと、松野さんに背を向けたところで、

「西田君、着替えも忘れないでね」

 松野さんの言葉に、僕は自分がまだパジャマのままでいることに気付く。

「あ……えーっと、とにかく急いでやります」

 ドアを閉めて、部屋まで走っていく。自分の顔が赤くなる音が聞こえたような気がした。

 部屋に戻って、急いで着替えた。おととい着た服が脱ぎっぱなしで床にあったので、表返して目立つ汚れがないことを確認して着た。ズボンは昨日履いたやつでいいか。

 持っていくものは財布と携帯があればもうそれでいい。着替えた後、鞄の中の財布の中身を確認して、スーパーで支払うだけのお金があることを確かめると、僕は携帯を握りしめて、ドアまで走っていった。


「お待たせしました。遅くなってすいません」

「いえいえ。じゃあ、出かけようか」

 こういうときに、余裕のある対応ができるのが大人だなと思う。

 僕なら、相手を急かしてしまうだけになりそうだ。

「あ、そうそう。途中まで和久井君たちと一緒に来たんだよ」

「えーっと、それじゃあみなさんをお待たせしちゃってますよね?」

 心配そうに僕がたずねると、

「うーん、あまり気にしないでいいんじゃないかな。場所とりお願いしといたし」

 松野さんはあっさりとそう言う。

 やっぱり中学生の時からの付き合いだからあまり細かいことは気にしない関係なんだろうか。

僕はまだ、知り合って一番長い岡林さんと和久井さんで四年だ。歳月が関係を深いものにしていくのか、それとも性格の問題なのかよくわからないけど、僕はこういうときにみんなが中学時代からの知り合いということを、とてもうらやましく思う。


 お昼時のスーパーは混み合っていたけど、目的のお寿司は予約しておいたのが功を奏して、すぐ受け取れた。松野さんと相談して、飲み物と紙コップも買っていくことにした。二リットルのペットボトルのお茶を三本買った。カゴに入れてから松野さんにたずねた。

「これで足ります……よね?」

「うーん、たぶん足りると思うよ。足りなくなったら、また買いにいけばいいし」

 そうだ。今、車に乗って来たんだから後でまたいくらでも買いにいけるじゃないか。どうやら、僕の頭はまだ半分眠っているらしい。

 スーパーを出て、城跡に向かう。近づくにつれて、道に植えられている桜が増えていく。

「きれいですねぇ」

 思わず声が出た。大きなお堀の周りにずっと並んで咲いている桜は壮観だ。

「そうだね。四ツ谷と笹川が咲く時期がずれて助かったね」

 松野さんの言葉に、僕もうなずく。

「でも、松野さんのほうがきれいですよ」


 ……なんて気の利いたセリフなんて当然、僕は言うことができない。

 もし言えたとしても、緊張して耳まで真っ赤になって、ついでにどもってしまって何をいっているのか松野さんは聞き取れないだろう。


 車をお城の前の花見客用の駐車場に停めて、僕たちは車を降りた。

 僕はお寿司を持って、松野さんには飲み物を持ってもらった。

「待ち合わせ場所は具体的にどの辺ですか?」

 僕がたずねると、

「うーん、お城の近くっていうことしか決めてないのよ。携帯があるから大丈夫かなと思って」

 松野さんは平然とそう言ってのけた。なんていうか、このアバウトな感じも六人組と一緒にいるときに感じるのだけど、このゆるい感じが、男女比のバランスも違うし、年齢の差も乗り越えてうまくやっていくコツなのだろうか。

 色々と、僕は細かいことを気にしすぎているかもしれないと、みんなと付き合い始めてから自分のことについても少しずつ客観的に考えるようになったように思う。

「あ、押本さんから電話」

 松野さんはそういって携帯を取り出して話をしている。時折、「うん」とか「そう」と松野さんが言っているけど、なんかあんまり近くで聞いてたら悪いかなと思って、僕は桜の花を見るのに集中したり、花見客の楽しげな笑い声に耳を向けた。


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