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オリジナルリズム

 次の日、僕は電車に揺られていた。四ツ谷ではなく、玉塚で降りた。電車を乗り換えて、北口駅までいく。北口駅から居間津ゆきのホームを探すのに少し手間取ったけど、駅をうろうろしていたらなんとかホームまでたどり着いた。

 居間津駅までは五分ほどで到着した。一駅の間隔がかなり短い。

 改札を出て、そのまま近くの出口から外へ出た。鞄の中から駅周辺地図をプリントアウトした紙を取り出す。

 方角でだいたいの検討をつけて歩き出した。戦闘モードに切り替える。お店の看板、電柱に書いてある地名、ひとつひとつ確認していく。

 意外とあっさり目的地までたどり着いた。駅から歩いて五分。雑居ビルを見上げると「まきたクリニック」とガラスに書いてある。

 ビルの入り口までいって確認する。一階が酒屋、二階がまきたクリニック、三階が気功道場、四階が住居らしい。中に入る勇気はなかった。

 もう一度二階に視線をやる。はっきりと、「まきたクリニック」と書いてあった。どんなところなんだろう。先生はどんな人なんだろう。

 ビルの中に人が入っていった。患者さんかな。気になるけど、まさかずっと待っているわけにもいかない。駅まで戻ることにした。

 一階の酒屋の前を通った時に、アルコール依存症の患者さんはどうするんだろうと思った。


 駅前のファーストフードで食事をすませて、北口駅近くの本屋で新刊をみていると、ポケットの携帯が振動した。

 メールが来ていた。松野さんからだ。


 こんにちは。

 日曜日、押本さんと会うから一緒にどう?

 カラオケに行って、その後食事をする予定です。


 笑顔になっているのが自分でもわかる。遊びの誘いをもらうとうれしい。

 僕はすぐに返信した。

 もちろん、日曜日の予定はカラオケだ。


 日曜日、四ツ谷のカラオケボックスで僕は松野さん、押本さんと一緒に歌っていた。

 僕は女性ボーカルばかりで、松野さんと押本さんは男性ボーカル、女性ボーカル半々といった感じだ。

「しかし、西田君高い声出るねえ」

「そうですか?自分ではあまり意識してないんですけど」

 押本さんと話をする。

「自分で聞こえる声と、出している声は違うっていうしね」

 松野さんの声に、なるほど、と僕は頷く。

 もしかしたら、僕は自分の頭の中で聞こえている声より、周りに話す声のほうが高いタイプなのかもしれない。

「目をつぶって聞いていたら、かわいい女の子が歌っているんだけどねえ」

 押本さんがそう言うと、松野さんが笑っている。

 それが楽しくて、僕も笑う。

 ああ、やっぱりみんなといると楽しい。


 カラオケが終わると、近くのファミレスでハンバーグを食べた。

 今はデザートのチョコレートパフェを待っている状態だ。

 松野さんと押本さんは二人とも食後の紅茶を飲んでいる。なんだか食べているものだけだと、僕一人だけ子どもみたいだ。

「カラオケ久しぶりでした。楽しかったです」

 そういうと、二人も楽しかったようで、そうだね、と言ってくれた。

「そういえば、初めてカラオケ行った時も一緒でしたよね。あの時は岡林さんと和久井さんに誘われてついていったんです」

「ああ、そういえばそうだったね」

 松野さんに続いて、押本さんが

「西田君緊張してて、全然歌わなかったよね。最後の最後に一曲歌ったんだよね」

 思い返すように言った。

「そうなんです。生まれて初めてだったので。でも、一曲歌ったら気持ちよかったです」

「でしょ?一曲歌っちゃえばどうってことないよ。慣れよ、慣れ」

 昔の話をしていると、僕が注文していたチョコレートパフェが届いた。

「いただきます」

 僕は黙々とチョコレートパフェを食べる。

「西田君、本当に美味しそうに食べるよね。角野君とは大違い」

 押本さんの声が響く。

「え、そうなんですか?」

「うんうん。角野君、なに食べてもまずそうに食べるよねー。ね?」

「うん。まあそうだね」

 押本さんが松野さんに話を振った。松野さんも同意見らしい。

 へぇ。そうなんだ。あんまり意識したことなかったな。角野さんの話になったので、明日の約束を思い出した。

「最近、角野さんと山部さんとよく一緒に遊んでます。明日も、学校まで迎えにきてくださるので、遊ぶ予定になってます」

 僕が口にすると、二人は意外そうだった。

「角野さんって、しっかり自分の意見もってらっしゃいますよね。大学いくのしんどいってメールしたら、『学校なんかやめちまえ!』っていうメールきましたよ」

「えー、そんなことないよ。西田君、あいつの言ってること真に受けちゃダメダメ」

 押本さんがそう言うと、松野さんも続く。

「まあ、学校行く行かないは西田君の自由だけど、西田君の人生だから、西田君が考えなくちゃだめよ。角野君の人生じゃないんだから。もう入学金はもどってこないわけだしさ」

 松野さんの意見は的を射ているように思う。

「まあ、山部はたまに家の手伝いしてるみたいだけど、角野君は親が死んだらどうするつもりなんだろ。どうしようもないよね」

 押本さんは手厳しいようだ。

「そうだねえ。どうするんだろう。まあ、私が養うわけじゃないからいいけど」

 松野さんも厳しい。どうやら、女の人は僕が思っている以上に、タフネスが高いらしい。


 四ツ谷駅まで送ってもらって、そのまま二人と別れた。

 長い間付き合いがあると、なんでも言い合える仲になるんだな。うらやましい。帰りの電車の中、ずっとそう思っていた。六人組で、年齢も男女比も違う。みんな本当に仲がいいんだ。うらやましい。


 目が覚めてから、大学に着くまでの間、ずっと「英語のあと、角野さんと山部さんと遊べるんだから頑張るぞ」と、自分に言い聞かせた。何度そう思ったか数えられないくらいだ。

 結局、英語の予習はできずじまいだった。こういうところが僕のいけないところだ。でも今からではどうしようもない。

 四号館の四階の教室に入ると、すでに何人か先客がいた。熱心に英英辞書を引いて勉強している人もいる。中田君、だったかな。すごいなあ。

 みんな前のほうに座っているので、どうしたのかなと思ったら、指定席になっていた。僕の学籍番号を探す。……心が折れそうになった。

 この講義の僕の席は、一番前の真ん中の席だ。


 チャイムが鳴るのとほぼ同時に、宇白先生が教室に入ってきた。部屋の空気が一気に張り詰まった。

 ハイペースで講義がすすんでいく。先週休んだのが痛い。先週の内容が抜け落ちている。今日もランダムで当てられている。

 どうか当たりませんように。授業についていくので必死だけど、やっぱり神頼みもしておいたほうがいいはずだ。

 今は中田君が当てられている。

「A ruler wears a crown while the rest of us wear hats, but which would you rather have when it’s raining?」

 少しもつまることなく、立板に水を流すように音読している。すごい。

「はい、よろしい。発音も問題ない。では、この訳を……」

 僕は当たらないように祈るだけだ。この一時間、もう何回祈ったかわからない。

「あ、えっと……。すいません。わかりません」

「では、後ろの君」

 宇白先生はどんどん当てていく。今日当たってないのは奇跡的かもしれない。

「わかりません」

「次」

「……わかりません」


 教室の空気がさらに張り詰めたのがよくわかる。胸が痛い。

「だれかわかるものはいないのか?」

 宇白先生が教室を見渡して言った。

「……」

 誰も手をあげない。この空気では上げづらいだろう。

 僕は中田君が音読した文を追ってみた。難しい。

 教科書から目を上げると、宇白先生と目が合った。しまった、と思った時にはすでに遅かった。

「君はどうだ。少しは考えてみたまえ」

 当てられてしまった。心臓がバクバクいっている。胸が痛い。でも考えなくちゃ。

「え、えっと……」

 せめて、なにか少しでも答えなくては許されない空気だ。

「支配者は王冠をかぶり、我々は帽子をかぶる」

 半分までは訳せた。もう少しだ。頑張るんだ。

「えと……し、しかし、雨のときにはどちらがいいだろうか」

「はい。よろしい。君もわかっているならどんどん答えたまえ。時間がもったいない」

 宇白先生はそう言うと、また別の人を当てている。

 なんとか答えられてよかったけど、怒られてしまった。もっと積極的にならないといけない。

 僕には、なかなか難しい注文だ。


 チャイムが鳴った。

「では、これまで」

 宇白先生が教室から出ていくと、教室の空気が安堵に包まれたようだ。

「俺、やっぱり無理」

 後ろからそんな声が聞こえる。僕も授業についていけてないし、発表しないといけない。でも今さらクラスを変えてもらうことなんてできない。どうしたらいいんだろう。

 はあ、と大きくため息をついた。

 前から視線を感じて、頭を上げると目の前に中田君が立っていた。

「これ、先週のノート。来週に返して」

 僕の机の上にルーズリーフを置いて、そのまま中田君はさっと教室を出ていった。

「あ、え……。なんで……?」

 僕がそう口にした時には、中田君の姿は見えなくなっていた。

 どうしたらいいんだろう。


 ブーン、と携帯が鳴る。角野さんから大学に着いたとメールが来た。校門の近くに車を停めてあるらしい。

 少し待ってくださいと返信して、僕は机の上を片付けて、トイレに向かった。


 カミソリを鞄から出して、左腕を切る。何回か切って、僕の心臓は落ち着きをとりもどした。

 宇白先生に怒られて、そんな気持ちのままで二人に会えない。

 せめて、元気な顔をしていかないと。

 鏡の前で、笑えるか試してみた。ちょっと引きつっているけど、なんとか笑えた。大丈夫だ。トイレを出て、階段を下りていった。


 ブーン、とまた携帯が鳴った。今度は電話だ。角野さんからかかってきている。

「もしもし」

「どうした?授業中だったか?」

「いえ、トイレいってました。今いきます」

 電話を切って、僕は校門まで走る。

 山部さんの車を見つけて、そのまま後ろのドアから乗り込んだ。


「お待たせしました」

「はいよ」

 今日は山部さんが運転で、角野さんは助手席だ。

「しかし、えらく長いトイレだったな」

「すいません。いろいろやっていたもので」

 角野さんに聞かれて、うまく返したつもりだったけど、角野さんの好奇心に火をつけてしまったらしい。

「お、いろいろ?具体的には?」

 角野さんはにやにやしながら、こっちを見ている。

 山部さんに、救いを求める視線を送ったけれど、運転で忙しいらしい。

「え、えっと……」

「はい、これ」

 僕は左の袖をまくって二人の間につきだす。

「うあああああああ」

「わあああああああ」

 二人の大きな声が、車内に響いた。


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