未知への探求
エゴグラムという心理テストがあるのは知っている。いくつかの質問に答えることで、五つの項目を点数表記して、グラフで表示するというものだ。
ただ、僕は答えの操作の仕方までは知らない。バウムテストや箱庭療法なら、本心を知られないようにテスト結果を歪曲させることはできるけど、エゴグラムは無理だ。
「ん、大丈夫かい?やめておく?」
「いえ、大丈夫です。やります」
萩原先生になら、構わない。
僕は開き直って、正直にひとつひとつ回答していった。
質問は五十個で、ちゃんと回答すると結構時間がかかった。
診断結果のページをプリントアウトして、萩原先生が僕に渡してくれた。
ソファに戻って、結果を二人でじっくり見ると。グラフはアルファベットのWのような形になっている。一番右の項目の得点が高くて、Wを左へ三十度くらい回転させたような感じだ。
ほかの項目は「外向性・内向性レベル」が外向性3,内向性7だった。
まあ、当たっていると思う。実際そうだし。
「ストレス度レベル」は心理的側面が横棒グラフの上限を振り切っていた。要注意らしい。生理的側面でも要休養で、総合レベルは要注意だった。ストレス判定の一番上のカテゴリに入っている。
なんだかちょっと気まずい。
最後の「総合診断コメント」はひどいものだった。上に僕の性格の分析が出ている。文字列の組み合わせで表記してあるんだろう。まあ当たっていることにする。
コメントの後半部分は目もあてられない。
まず専門家にご相談なさることをお薦めします。ストレスと欲求不満の影響で、精神的な悩みや不安が強く、心のしこりが大きくなって心理的な抑うつ状態にあります。それがいろんな形の健康障害にリンクしかかっているからです。
すでに、カウンセリングを受けているのに、これ以上どうしろというのだ。
「……どうなんでしょうか」
おそるおそる先生に聞いてみた。
先生はうーん、と少し唸ってから、
「まあ、あくまでもテストだから。そんなに深く気にしなくてもいいよ」
そういってもらっても、何だかフォローにもなっていないように思えてならない。
肩を落としていたら、さらに心配されたのだろう。
「西田君、病院で一度診察を受けてみたらどうかな」
萩原先生にすごいことを言われた。
「病院って……やっぱり精神科とか心療内科ですよね?」
「うん、そうだよ。僕が紹介できるのはそういった病院しかないからね」
どうやら、僕はかなり重症らしい。
「やっぱり、いった方がいいんですよね?」
おそるおそる先生の返事を待つ。
「そうだね。一度受診してみるのをお薦めするかな。そこでお医者さんが診察してくれるから。必要であれば薬も出ると思うし、その必要がなければ、そう言ってもらえるからね」
先生はゆっくり、そしてはっきりと口にした。
「……わかりました。いってみます」
先生がそう言うんだから、やっぱりいった方がいいんだろう。
僕の言葉に先生が、うんうんと頷いてくれた。
「僕が紹介できる病院は三つなんだけど、西田君が好きなところを選んでくれていいよ。住所と電話番号を印刷してくるから、少し待っていてね」
先生はパソコンの前で作業をはじめた。
僕はもう、流れに身をまかせるだけだ。
先生がプリントアウトした紙には、病院の名前と電話番号が三つならんでいる。どこにいくかは結構重要だから、じっくり考えなければ。
上から順番に、うえのクリニック、祝川クリニック、まきたクリニックという名前だ。
名前と電話番号だけでは、判断材料には乏しいので、先生に聞いてみないことにはわからない。病院の場所から先生に聞いてみた。
先生の話によると、うえのクリニックは新斎橋にあるらしい。これは県外なので、さすがに通えない。
祝川クリニックはその名の通り、祝川駅の近くにあるらしい。北口駅の隣の駅だ。北口駅はここ数日利用しているので、その隣なら通える。ただ、北口駅から乗り換えて一駅隣だ。確か、祝川駅は特急は停まらないはずだ。うーん、候補にはなるかな。
そして、まきたクリニックは居間津駅から徒歩五分とのこと。ここも北口駅から乗り換えて二駅。北口駅から乗り換えというのは同じだけど、居間津駅が終点なので、こっちの方が楽そうだ。
先生にお薦めの病院はどこか聞いてみたけれど、
「お医者さんとの相性は人によって違うからね。西田君が通いやすい病院でいいんじゃないかな」
とのこと。まあ、それはそうか。
結局、一番通いやすそうな、まきたクリニックに決めた。
先生に伝えると、紹介状を書いてくれることになった。
先生はパソコンで作業中だ。
ソファに座って窓から外を眺める。やっぱり僕は桜の木が気になる。入学式の時はみんなに見てもらえてたから、それでいいのかな。
僕も、萩原先生に見てもらっているから、それでいいや。
「お待たせしました。これが紹介状です」
「ありがとうございます」
先生から紹介状が入った封筒を受け取る。紹介状になんて書いてあるか気になるけど、もちろん開けて見るようなことはしない。
「あと、カウンセリング室のパソコンのアドレス。予約変更の時とかにメールしてもらえれば。僕は水曜日しか来ないから、メールをみるのは水曜日になるけどね」
先生から紙を受け取った。本当に予約変更のみにしか使えないだろう。カウンセラーはクライアントに私的な連絡先を教えてはいけないことは知っている。
それでも、やっぱりうれしい。先生が僕のために紹介状を書いてくれた。ちょっと特別な気がした。
「そろそろ時間だね。来週は予約どうしておこうか?」
「お願いします。今日と同じ時間で大丈夫です」
先生の言葉のあと、間髪入れずに僕は答える。
「わかりました。予約とっておきます。それでは、また来週」
先生はにこりと笑って僕を送りだしてくれた。
笑うとなくなる細い目が好きだ。
僕は頭を下げて、カウンセリング室から通路へでた。学生が何人か前を通った。
カウンセリング室から出てきたことが周りにわからないように、早歩きで僕は校舎の外に出る。なるべく自然な動きで、そして、できるだけ速く。
外のベンチに座ると、カウンセリング室のメールアドレスを携帯に登録した。
アドレス帳の登録がひとつ増えた。うれしい。
病院の連絡先が書いてある紙を取り出した。まきたクリニックの電話番号も登録しようかと思ったけど、まだ早いと思ってやめた。
僕も精神科デビューか。
メンヘル系の仲間入りだ。




