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圧迫に至る病

 本を読了するまでには、思ったより時間がかかった。

 周りの音が気になって、あまり集中できなかったのと、本に期待しすぎたのかもしれない。つまらなかった訳ではないけど、この作家さんの人を喰ったような作風が好きだったんだけど、シリーズものではないせいか、なんだか肩透かしをくらった気分だ。

 いつのまにか、サラリーマンの人はいなくなっていた。仕事に戻ったのだろう。高校生が集まってなにやら楽しそうに話をしているけれど、きっと授業が終わってからここに来ているのだろう。サボっているのは、どうやら今日も僕だけらしい。


 昨日よりも少し早いけれど、帰ることにした。昨日よりも電車の中には学生が多い。どうもばつが悪くて、僕はじっとうつむいている。

 きっと誰も僕のことなんて気にしていないんだろう。そう思うけど、誰かに学校を休んだことを責められはしないか、そんな考えが頭の中を深い霧で覆う。終点に着いて、乗り換えでみんな電車を降りていく。最後の一人になって、僕はようやく電車を降りた。


 電車を乗り換えて、駅のホームに立つ。二日続けてここにいるというのも、変な話だ。

「五時半につくから。迎えお願いね」

 家に電話を入れて、電車を待つ。駅のホームはやっぱり学生がたくさんいて、僕が居ていい場所はどこにもないように思えた。

 僕の居るべき場所。……やっぱり、大学なんだろう。心にずしりと重いものがのしかかった気がした。


 笹川駅のロータリーで、母さんの車を探す。いつもより陽が高いせいもあるのか、すぐに見つかった。ドアを開けて、後ろの席に乗り込む。

「ただいま」

「おかえりなさい。今日は早かったのね」

 母さんの言葉で、一瞬、胸に激痛が走った。

「う……。うん、そ、そうだね」

 僕はそう返すのが精一杯だ。首筋に嫌な汗がつたった。

 母さんは何も気にしてない様子で、いつもと変わりない。

 僕は顔、首筋、背中から汗が噴きだしているのがわかる。家に帰るまで、ずっとハンカチで汗をふいていた。

「今日、ごはんいらないから」

 家に着くと僕はそう言い残して、自分の部屋に駆け込んでベッドに入ると、ふとんを頭からかぶった。


 頭の中は後悔でいっぱいだ。学校にいっていないから、講義の内容に遅れている。

 四ツ谷駅で、電車からちゃんと降りられるようにならなければ。目的地までいって、電車から降りるなんて小学生でもできることじゃないか。なんで僕はそんなこともできないんだろう。

 本屋さんの人にだって、長時間座って本を読んでいるのに、買うのは一冊だから、きっと良く思われていないだろう。

 今日行ったカフェのウエイトレスさんだって、仕事だから僕と話をしてくれるだけで、お店が混んでいるのに四人用の席に座っている迷惑な客だと思っているかもしれない。

 涙があふれてきた。なんて僕はだめな人間なんだろう。人並みにできる唯一のことが勉強だったのに。勉強ができなくなった僕なんて、最低以下じゃないか。

 胸が痛い。横隔膜が痙攣しているのだろうか、涙がとまらない。丸くなって、ふとんをぎゅっときつく抱いた。


 どれくらいそうしていただろう。泣くのも疲れたし、考えるのも疲れてしまった。もしかしたら眠ってしまったかもしれない。

 ふとんから顔を出して、目覚まし時計を見る。針は二時を少し過ぎたところを指している。窓の外は暗い。どうやら夜らしい。

 ぐう、という気の抜けるような音が僕のお腹から鳴った。どんな時でも、お腹はすくんだ。なんだかもうどうでもよかった。

 玄関を開けて、外に出る。まわりに明かりがないから、星空がよく見える。携帯電話を蛍光灯がわりにして、小屋の前に止めてある自転車をにまたがった。

 よろよろするけど、なんとか乗れる。僕は真っ暗な外の道へ自転車をこぎ出した。


 自転車をひたすらこいで、一番近くのコンビニに着いた。顔から汗がいっぱい出ている。袖で拭きながら、僕は中へ入る。

 夜中だから、お客さんは誰もいなかった。店員さんは、なんだかやる気がなさそうに、商品の補充をしている。

 カゴを持つと、ちょっとでも気になったものは、片っ端からカゴの中に入れた。コーラ、コーヒー、アイスクリーム、スナック菓子、シュークリーム、チョコレートケーキ……。

コンビニの会計で三千円を超えたこと、いままであったかな。

 大きな袋を二つカゴに入れて、僕は元来た道へと自転車をこぐ。


 大きな袋を抱えて、部屋に戻ってきたら、三時前だった。

 ペットボトルの紅茶を飲んで、汗を拭く。最後に自転車をこいだのはいつか思い出せないくらい前だ。呼吸も早くなっているし、心臓もドキドキしている。ベッドに寄りかかるように座り込んで、袋の中を捜す。なかなか見つからないので、袋を二つとも逆さにした。どど、と買ったものが落ちてくる。最後に、紙でできた小さい箱がこつん、と音を立てて床に落ちた。


 少し震える手で、箱の中身を引っ張り出す。右腕にカミソリを握りしめて、僕は左手の手首に刃をあてて、横にすっと引いた。少し遅れて、赤い血がにじみ出てきた。

 少し落ち着いたような気がする。もう一度、手首を切った。きれいな赤の線が表れる。

 そのまま何回も何回も赤い線がでて、僕の左腕から、赤い玉が床に滴り落ちた。


 久しぶりのリストカットは、僕の心に安息をもたらしてくれた。

 カミソリをゴミ箱に捨てて、ペットボトルの紅茶を飲んだ。もう少し生きていけそうな気がした。


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