強迫的自衛作戦
ショッピングモールの案内図を見ると、食事をとれる場所は一階にかたまっているようだ。あとは、二階にカフェとファーストフードがあるくらいだった。
とりあえず、一階へ向かう。今気付いたけど、入り口は二階だったらしい。どうも、都会の建物はよくわからない構造になっている。
駅からのアクセスは二階で、近隣の人は一階から入るのだろうか。
ついでに、エスカレーターの間にあるオブジェのような物もよくわからない。右手にある上りのエスカレーターに乗っている人は、気にならないのかな。そんなことを考えながら、一階まで下りた。
オブジェの前に立って、眺めてみる。鉄のかたまりに鉄でできたポッキーを刺したようなオブジェのタイトルは「天体の回転」だそうだ。うーん、よくわからない。
一階にあるお店をまわってみたけれど、どうも敷居が高い。夕方から営業するお店は準備中だし、中が見えないお店もあるし、家族連れが何組もいるお店もあった。
「おひとりさま」なのは僕だけみたいだ。平日の昼間から暇な人はいないらしい。
まあ、僕も本当は学校があるから暇じゃないんだけど。
そういえば、英語の講義どうなってるのかな。胸がちくりと痛む。
さっきまでの気分はどこにいってしまったんだろう。考えなくていいこともあるみたいだ。僕は頭の中のもやもやをどうにかしたくて、とりあえず上りのエスカレーターを駆け上がって、ファーストフード店に入った。
大きく口をあけて、ハンバーガーをほお張ると、僕のお腹と頭の中は落ち着いたようだ。
今日休んでしまったことはいまさらどうにもならないし、さっきまでの楽しい気分を思い出すことにした。とりあえず、ハンバーガーは美味しいし、ポテトを口にふくんでコーラで流し込むと、しあわせを感じる。
あらためて、ガラス越しに駅の方を見ると、人の往来は多い。
この辺りの人はどこから来て、どこへいくのかわからないけれど、駅とショッピングモールを結んでいる通路を利用する人はかなりいるようだ。
平日でこれだけだから、きっと休日になるともっと多いんだろう。あと、このショッピングモールは建物が二つあることにさっき気付いた。もしかしたら、向かいの建物の方が人は多いのかもしれない。
考え事をしていたら、二つ目のハンバーガーはいつの間にかなくなっていた。残ったポテトをコーラで流し込む。
また、本屋にいって楽しい時間を過ごそう。そう決めて、僕はお店を出た。カフェの隣にアイスクリーム屋を見つけて、今日のおやつは決まった。どうやら、このショッピングモールは僕にやさしいみたいだ。
本屋に着くと、さっき読もうとした本を手に取った。一冊だけだと立ち読みならぬ座り読み状態なので、選んでいるということにして、ノベルスと文庫も手に取ってから午前中座っていたイスに向かう。
午後になって、人も増えている。空いているか心配していたら、深く考えるまでもなく、四つある机はどこも人がいた。正確に言うと、イスは一つの机に二つあるので、一番奥の机だけはイスが一つ空いていて、相席の状態でなら座れる。ただ、気まずい。
僕は本を抱えたまま、専門書の棚をうろうろして、イスが空かないか見ているけど、そんなに簡単に本を選ぶ作業は終わらないようだ。専門書も、マクロ経済学、相対性理論、哲学と幅広くそろっている。
——いいことを思いついた。僕は心理学のコーナーへいって、端から本を探す。
あった。カウンセリングの本もたくさんおいてある。僕は二冊手に取って、机に向かった。丁度、一番端の机を使っていた人が、荷物をまとめている。どうやら、今日はついているらしい。僕はイスに座って、文芸書は机に積んで、カウンセリングの本を開いた。
久しぶりに読んだカウンセリングの本は、なつかしい言葉がいくつかあって、昔、心理学の本を読みあさっていた頃を思いだした。
あんまりいい思い出じゃないけど、カウンセリングを受ける時は防衛が必要だということを思いだした。自分を守るために、向こうがどの辺りまで自分のことを読んでいるかを考えないといけない。心の壁は、必要だ。
カウンセリングの本を二冊読み終えたら、どっと疲れが出た。背中に汗をかいているのがわかる。大学院を出た人からしたら付け焼き刃の知識なのかもしれないけど、自分がどういう流れに持っていかれているかわかっているかどうかは、とても大切だと思う。
今日は合計六時間以上、本屋にいたことになる。さすがにこれで何も買わないのは申し訳ない。文庫を二冊買うことにして、僕は本をもとに戻す。レジで会計を終えて、「ありがとうございました」という店員さんの声に、心の中で「こちらこそありがとうございました」と返事をした。
下りのエスカレーターに乗った。ものすごい疲労感がある。二階につくと、迷わずアイスクリーム屋にいって、チョコアイスを注文した。頭を使っていたら、甘いもの食べても太らないって誰かが言っていたような気がする。……たぶん。
電車待ちのホームに夕日が射し込んでいる。もうすぐ一日が終わる。いろいろあって、少し疲れてしまった。家に連絡しないと。思いだして、母の携帯電話にかける。
「六時半に着くから、迎えお願い」
嘘をついているわけじゃないけど、きっと母さんは僕がこんな一日を過ごしたって知らない。
僕がため息をつくと、丁度、ホームに電車が来ることを告げる音が鳴り響いた。
ベッドに横になって、僕は今日の出来事を思い返す。学校を休んでしまったこと、駅で降りることができなかった体、たくさんの本との出会い。
楽しかったこともあるけど、やっぱり学校にいかなかったのはまずいなあ。天井を見上げて出てきたことは、プラスよりマイナスの比率が高かった。
学校の講義は進んでいるだろう。特に英語は心配だ。何で今日、学校にいかなかったんだろう。
頭の中で、同じことが延々とループしている。胸が痛い。寝返りを打ったけれど、それで頭の整理がつくはずもなく、時間だけがただ流れていった。




