表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/27

早い五月病

 五限の始まりを告げるチャイムが鳴った。教室には自前のパソコンを持った学生が二十人ほど集まった。メガネをかけている人の割合が高い気がする。たまたまかな。

 山下先生と、あと二人職員の人が教室に入ってきた。

「えー、みなさん遅い時間までご苦労様です。みなさん、自分でパソコンを用意された方ばかりですね。学校のLANに接続する設定を行います。出来るだけ早く終わるようにします。一回ですませるので今日だけ時間をもらいますね」

 山下先生がそう言うと、サポート役らしき職員の人二人が、冊子を配っている。僕のところにもまわってきた。冊子をぱらぱらとめくる。あまり期待していなかったけれど、残念ながらWindowsマシンの解説しか載っていない。

「すいません。僕のパソコン、Macなんですけど」

 手を上げて山下先生に向かって言った。

「え、Mac?」

 山下先生含め、三人全員が僕のPowerBookを見つめるばかりだ。

 どうやら、リンゴマークはあまり目立っていなかったらしい。

「山下先生、繋がります……よね?」

「はい、繋がります。しかし、私はDOS/Vしか触ったことが……」

「私も同じです。どうしましょう」

 どうやら、想定外の事態らしい。三人を困らせてしまったようだ。

 でも、僕はWindowsマシンがあまりわからないのでお互いに歩み寄ったとしてもなかなか難しい問題になってしまうんだろう。


「あ、そうだ!齋藤先生を呼びましょう」

 職員の人が大きな声を出した。

「おお、名案だ」

「しかし、今どちらにいらっしゃるか……」

「あ、研究室に電話しましょう。内線番号は……」

 どうやら、解決の方法がないわけではなさそうだ。一人残されるんじゃないかと、これ以上どうやったら悪くなるんだというくらいのことを考えていたけれど、希望の光はかすかに灯っているらしい。

「西田君、だね。Macの設定に強い職員の人を呼ぶから、少し待っていてくれるかな」

「はい、大丈夫です」

 山下先生が気を遣ってくれているのがわかる。僕のせいでみんなの設定が遅れるのは心苦しい。

「はい、では冊子の最初のページを開いて……」

 ガイダンスがはじまった。


 僕は今、Windowsマシンも大学に持ってこようかな、なんて考えている。

 配布された冊子をぱらぱらめくって読むけど、どうもネットワークは苦手だ。家のLANを構築するのにもかなり苦労した。

 コンコン、とドアをノックする音が聞こえた。

 ドアが開くと、恰幅のいい男の人が入ってきた。山下先生と少し話をしたあと、僕のところにやってきて、

「どうも。齋藤です。君がMac使いの人だね。よろしく」

 丸いレンズのメガネの奥のつぶらな瞳が輝いている。無邪気ってこういう雰囲気の人のことを指すんだろうか。そう思うのと同時に、ガイダンスの時に半分以上マイクを持って喋ってた人だ。どこかで見たことあるな、と思っていた。


「お、PowerBookのニューモデルだね。お、英字キーボードだ。やっぱりMacは英字キーボードじゃないとね」

「あ、はい……一応BTOでオプション選びましたから」

 うんうん、と嬉しそうに頷いて、齋藤先生は僕のPowerBookのキーボードをタイプしている。僕が見たことのない画面がディスプレイに次々と表示されていく。

「あの、入学式のあとのパーティーで、同じテーブルでしたよね。違ってたらごめんなさい」

 僕は齋藤先生に小さな声で話しかけた。

 ん?と眉をひそめて少し額に手をあてたあと、うんうん、と大きく頷いて、

「ああ、あの時の。そう言えばそうだったね。うーん、Mac使いは引かれ合うんだね。よろしく」

 そう言ってにっこり笑った顔はまるで子どもみたいだ。

「あ、はい、よろしくお願いします」

 僕も出来るだけ元気に返事をした。

「ここを、こうして……と」

 齋藤先生は僕にはわからない高度な設定をやっているようだ。タイピングのスピードも速い。

「はい、出来上がり。LANにつなぐとウインドウがでるから、ここにIDとパスワードを入力すれば、Rドライブにアクセスできるから。ここに自分専用のファイルを一時的に置いたりできるよ。あ、ここからはWindowsと同じ。えーと、十八ページから」

 齋藤先生の説明はすごくわかりやすくて、使い方のコツも教えてもらった。Windowsマシンの設定はまだ全員完了していないのに、すごい。

「あの……今度、Macの使い方教えていただけますか?」

 そう訊ねると、

「もちろん。Mac使いなら誰でも大歓迎だよ。僕の研究室は一号館の二階にあるから。基本的にカギはかけていないから、僕がいなくても本とか読んでてもいいよ」

 嬉しそうにそう言ってもらえた。質問を受けるのが嬉しい人って珍しいんじゃないかな。きっと面倒見がいいんだろう。

「じゃあ、僕はこれで失礼するね。設定は大丈夫だと思うけど、どこかおかしいところがあったら、研究室に来てくれれば設定するから。Windowsマシンの設定も勉強しておくといいよ。山下先生に聞けば丁寧に教えてもらえると思うし」

 そう言って、齋藤先生は研究室に戻っていった。僕は全員の設定が終わるまで、冊子を読んでおくことにした。


 二十分ほど経っただろうか。僕が冊子を一通り読み終えると、丁度最後の人の設定がおわったところだった。

 学生はみんな帰ってしまったので、僕も帰る準備を遅まきながら始める。注意力が足りなくて、準備とかが一番最後になってしまうのは昔から変わらない。直さないといけないんだけど、なかなかぐずなところを直すのは難しい。

「Macユーザーの学生はひさしぶりだよ。君はMac専門かい?」

 山下先生が話しかけてくれた。僕は荷物をまとめながら返事を考える。

「はい、そうですね。自分専用のマシンはデスクトップ、ノートともにMacです。高校の時はWindowsマシンも学校で触っていたんですけど、卒業したらもう使い方を忘れてしまいました」

 苦笑いしながら答えた。半分冗談で、半分本当だ。Macのアンチエイリアスのかかっているフォントに慣れているので、Windowsのカクカクした文字には違和感を憶える。

「なるほど。私はDOS/Vしか触ったことがなくてね。Appleのデザインはいいと思うんだが、マウスのボタンが一つのイメージが抜けなくてね。情報処理を教える人間としては使えるOSは多ければ多いほどいいのはわかっているんだが、WindowsとLinuxで精一杯だよ」

 山下先生はそう言っているけど、謙虚なんだろう。Macも使える様子だ。齋藤先生との会話が少し聞こえたけれど、たぶん僕よりMacに詳しいんじゃないかな。

 荷物をまとめ終わった。山下先生と一緒に教室を出る。

「それでは、気を付けてね」

「はい、ありがとうございます」

 挨拶を交わして、僕はバス乗り場へ向かった。ミュージックプレーヤーを鞄から出そうとしたら、丁度バスがやってくるのが見えた。

 さすがに、五限終わりのバスは利用する人が少ない。僕を入れて五人、バス待ちをしている。

 バス停で動きを止めたバスに乗り込む。ミュージックプレーヤーの電源を入れたら、好きな曲から再生が始まった。そう言えば、リピートボタンを押していたな。

 音楽のサビの部分で、バスが動き出した。坂道を自転車で下る人がバスを追い越していった。

 あ、と声を上げそうになったけど、なんとかこらえることが出来た。猛スピードで自転車を運転しているのは中田君だ。自転車で通っているんだ。家が近くなのかな。

 交差点の信号でバスが止まると、中田君の姿は見えなくなってしまった。

 そして僕は思い出す。図書館で英英辞書を借りるのを忘れてしまった。

 誰にも聞こえないように気を付けて、僕は今日何回目かわからないため息をついた。


 金曜日、僕は起きた時から英英辞書、英英辞書とずっと口にして英英辞書の存在を頭にたたき込んだ。

 その甲斐あって、学校に着いてすぐに図書館へ向かい、英英辞書を借りることが出来た。書架に並んでいなかったので、司書さんに訊ねてみると、利用者が少ないため、閉鎖書架に置いてあるとのこと。

 司書さんが持ってきてくれた。返却期限は前期試験終了日まで。

 定期的に手続きをしないといけないと思っていたので、思わぬサービスの良さに驚いた。

 ただ、ぶ厚くてかさばる英英辞書を鞄に押し込んで持っていたので、帰りのスクールバスに乗る頃には右のひじが痛くてしょうがなかった。別に朝一番に借りに行かなくてもよかったのだ。朝一番じゃないと忘れていたかもしれないと自分に言い聞かせて、僕はスクールバスから降りた。


 土曜日は目が覚めたのが午後の三時だった。目覚まし時計を見て、十二時間くるったんじゃないかと窓を開けて外の景色を眺めたら、太陽の光がさんさんと降り注いでいた。

 大学生活がはじまって初めての週末なんだから疲れが出たんだろう。そう思ってもうずっと寝ていることにした。

 本当にずっと寝ていたら夜中にあまりにもおなかが空いたので食パンに何もつけずにかぶりついた。六枚切りの食パンを全部食べてしまったので、一袋どこかに消えてしまったんだと家族に思わせるために、自分の部屋のゴミ箱に袋を捨てたのは内緒だ。


 日曜日、さすがに動かないといけないと思って、家の花壇に咲いている花を眺めていた。

 僕は花の名前は全然わからなくて、ついでに家族の誰がいつ種を植えているのかもしらないけど、花が咲いているのと咲いていないのとでは、やっぱり花がある方がいいなあ、なんて思った。

 明日の基礎英語の予習をしないといけないのはわかっていたけど、お昼ご飯を食べてからにしようと思って、お昼ご飯を食べ終わると教科書を開いたけど、単語を拾い読みしか出来なかった。鞄に入れっぱなしの英英辞書を開いてみたけれど、何を調べたらいいのかわからない。

 わからないことがわからないので、どうしようもない。途方に暮れていたら、夜になってしまった。

 とりあえず英英辞書と英語の教科書を鞄に入れて、月曜日の準備をしたけど、教科書の内容を二行しか読めていない。

 誰かに相談しようと思ったけど、生憎、僕の携帯には大学の友人は誰も登録していない。うーん、とうなってみたけれど、どうにもならない。齋藤先生の研究室の電話番号を登録しているのを思い出したけど、Macと基礎英語を関係づけようとしたけれど、思いついたのはappleがリンゴということしか思いつかなかった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ