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内職のじかん

 ものの五分で文章は打ち終えてしまった。ファイル名をつけて、保存する。課題終了だ。先生に報告してもいいんだけど、変に注目を集めると嫌なので、僕はパソコンの中のファイルの整理をすることにした。

 スピーカーをミュートにして、音楽ファイルを整理する。MP3ファイルとAACファイルが混在していて、しかも同じ曲があったりするから、どちらかを消したりタグを付けたりと、結構手間がかかる。

 誰かに迷惑をかける訳でもないし、まあ怒られないだろう。僕はミュージックフォルダの整理をひたすらやることにした。

 黙々と音楽ファイルの整理をしていると、改めて自分の音楽の好みが偏っていることに気付く。ほとんどが女性ボーカルなのだ。

 高い声が聴いていて心地いいので、有名どころから集めていったら、ネットであの曲がいいとか、あのアーティストと音楽性が似ているのは誰々だ、なんていう書き込みを見ると、一度聴いてみないと気が済まなくなってしまう。

 そして、困ったことに笹川市はレンタルCDショップがほとんどない。全くないわけじゃないけど、有名どころのアーティストのCDしか入荷してくれない。という訳で、インターネットでマイナーなアーティストの曲を購入することになってしまうのだ。

 中には、あまりにも売れなくて廃盤になってしまったものなんかも結構あったりする。そういう時は、泣く泣くオークションで高値を払って購入することになる。そして、いつの間にか部屋にCDがうずたかく積み上がってしまう。

 どうやら僕は収集癖があるらしく、小さい頃から色んなものを集めていた。新聞紙に載っている車の写真の切り抜き、牛乳瓶のフタ、記念切手、トレーディングカードゲーム、同人誌など、数え出すときりがない。

 今はどこにしまってあるのかわからないものもたくさんある。僕は物を捨てられない性分だし、幸いなことに田舎住まいなので、土地はあるから小屋のどこかにしまってあるはずだ。


 黙々とファイルの整理をしていたら、いつの間にか四十分ほど経っていた。講義の残り時間はあと半分だ。

 そろそろ、タイピング終わっている人もいるんじゃないかと思って周りを見渡すと、意外にもまだタイピングをしている人が多い。

 隣の席の人は、人差し指と中指しかタイピングに使っていない。

 パソコンを扱っている人はタッチタイピングが出来るものと思っていたけど、小指まで使ってタイピングしている人は意外に少ないとインターネットのニュースで見たことがある。まあ、自分専用のパソコンを持っている学生はそんなにいないのかもしれない。

 僕がおこづかいを貯めてパソコンを買ったのは高校一年生の時だ。当時はパソコンに関する知識が全くなくて、デザインだけで購入を決めたのがiMacだ。未だに僕の部屋で現役として頑張ってくれている。パソコンに初めて触ったのは小学生の時で、学校にTOWNSが十台視聴覚室に設置されて、マウスでダブルクリックするところから勉強した。

 当時はかな入力をしていたんだけど、中学生の時に親戚のおばさんからもらったお古のワープロで文章入力をしている時に、ローマ字入力の方が自分に合っていることに気付いて、それ以来ローマ字で入力している。

 高校生になって初めてWindows機に触った時にはローマ字入力が主流になっていて、ワープロをローマ字入力で使っていてよかったと思ったことを覚えている。

 昔のことを回想すると、嫌なことも思い出してしまう。むしろ嫌な思い出の方が多い。あー、自分でマイナスな方向に持っていってどうする。今日はやっぱり疲れているようだ。もう何も考えないで、講義が終わるまでぼーっとしていよう。


 前の席に座っている人の液晶画面を見つめていたら。英語の文字列がやたら並んでいる。あれれ、変換キーのロックがかかったままになったのかな。一瞬そう思ったけれど、英文が表示されているのはワードではなくてブラウザで表示されていることに気付いた。

 ワードも起動してあるようだけれど、ブラウザしか操作していないところをみると、どうやら課題はもう終わらせてあるようだ。

 荷物に見覚えがある。ショルダーバッグを見て気付いた。さっき、教室の後ろにいた人だ。こんなに近くにいるのに気付かなかった。

 ショルダーバッグの上に大きな本がある。さっき抱えていた本だ。何の本を読んでいるのかな。本読みとしては気になるところだ。

 気付かれないようにそっと頭を動かして、視線を本の背表紙に向ける。……英語だ。洋書かな。なんていうタイトルだろう。すごくぶ厚い本だ。

「New Oxford Dictionary of English……?」

 あ、思わず声に出してしまった。タイピング音にかき消されて、周りには聞こえていないと思うけど、きっと本人には聞こえてしまったはずだ。


「先生、終わりました」そう言って、前の席の人が手を上げた時に気付いた。英語のクラスが一緒の人だ。たしか、最初に当てられて英文をさらっと読んだ人だ!

「えーと、中田君、かな。はい、終わっていいよ」

 先生がそう言うと、荷物を手早くまとめてさっと帰ってしまった。

 中田君、か。あのぶ厚い本は英英辞書だ。さっそく図書館で借りて勉強していたんだ。すごいなあ。でも、急に帰っちゃったってことは気を悪くさせたかな……。

 うーん、今日は何やってもダメだ。きっと今日のО型の運勢は最悪に違いない。「はあ」と、思わずため息が出て、周りから一瞬、すごい視線を感じた。うう、最悪より悪い言葉ってなんていうんだろう。


 チャイムが鳴って、講義が終わった。みんな片づけるのは早いなあ。教室は人気が一気になくなった。

「この次の時間、学校指定以外のパソコンを持ってきている者はガイダンスがあるので残るように」

 山下先生の声が響く。

 あ、この部屋なんだ。移動しないでいいや。らっきー。え、淡泊?ううん。無気力なだけ。


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