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「失礼します。」
職員室に入るとガラッと先生が入れ替わっていることが分かった。私は別世界に入ったように思われ一歩下がったが菜乃花 は、気にせず進んでいく。慌てて菜乃花に着いていった。
「こんにちは。山下先生」
菜乃花が中学時代の顧問に話し掛けた。英語の先生で厳しい事で有名な先生だった。顔が三日月みたいな先生で妹の担任だった事を思い出した。
「吉浦さんか。こんにちは。何をしに来たの」
山下先生が少し嬉しそうな顔になり、菜乃花に問いかける。
「夏の大会に必要な楽器を借りに来たんです。チャイム、今年は使います?後から高校の顧問が連絡が来ると思いますが先に話しにきました」
「使わないよ。というか引退したんじゃなかったの吉浦さん」
ちょっと意外そうな顔になる山下先生は、表情が顔に出やすい先生なんだろう。そう思いながら二人の会話を聞く。
「引退しましたが、少し手伝っているんです」
「また、お節介か」
「うるさいです」
「ごめん。ごめん。そしたら音楽室に行こうか。中学生の後輩にもお節介してください」
「お節介って言わないでください。どうするゆたちゃん?一緒に行く?」
山下先生との会話が終わり菜乃花が話し掛けて来た。懐かしい校舎を一人歩く勇気がでなくて、
「一緒に行く」
と返事した。
音楽室に近づくに連れて楽器の音が大きくなっていく。
山下先生が音楽室に入ると
「こんにちは」
と明るくまぶしい声が聞こえてた。菜乃花と私は後ろのドアから覗きみる。
「こんにちは。基礎練は?」
という問いかけに部長であろう女の子が
「今、終わりました」
と答えた。
すると、
「吉浦さん。来て」
と山下先生は菜乃花を呼んだ。嫌そうな顔になりながらも菜乃花は、中学生の後輩の前に立った。
「この曲、知ってるよね。マーチングの曲なんだけど降れる?」
山下先生は菜乃花にそう声を掛け、大きな楽譜を菜乃花に渡していた。
「無理ですよ。無理です」
と菜乃花は断るが顧問は折れない。それどころか中学生の後輩に紹介し始める。そこまでされると断れなくなり、指揮棒を持ち(クラッシックが分からない私でもそれは分かった)少し高い台に乗った。
「よろしくお願いします。頭から通ししましょう。マーチテンポでいきますね。」
そういうと菜乃花は少しの間目を閉じた。それは神聖なもののように感じた。目を開けると指揮棒を降り、音楽が溢れ流れ出した。小さい体を大きく振るわせたり小さく振るわせたりしながら音楽をつむいでいる。菜乃花はイキイキして綺麗だった。
「吉浦さん。凄いでしょ?クラリネットはダメダメなのにね」
「えっ。そうなんですか」
音楽に耳を傾けていると急に話し掛けれ驚いてしまう。
「そう。ダメダメだよ。指揮も高校に入ってからだしね」
その言葉にも驚いてしまう。高校から始めて、こんな音楽を紡げるなんて、菜乃花の事が凄いと思う分、ずるいとも思ってしまう。
「部員達も驚いていると思うよ。吹きやすくてね」
あぁ、この先生も菜乃花をずるいと思っている。
そう思うと勝手に親近感がわいた。
「終わったね」
そう言うと菜乃花に話し掛けて行った。
「良かったよ、吉浦さん。クラリネットはダメダメなのにね」
その言葉に菜乃花は
「ダメダメは余計です」
と怒りながら言っていた。それから表情を改め
「今年もいい音楽ですね」
とうなずき満足気に話していた。
「ありがとう」
と山下先生も嬉しそうに答え、
「まだ、いるでしょう?練習、見てあげてよ」
と話していた。
「そうですね」
と苦笑しながら菜乃花は、答えて私の方にやってきた。指揮棒を降るのが余程、楽しかったのかまだキラキラしている菜乃花を本当に羨ましく、ずるく感じる。
「ねぇ、ゆたちゃん来て」
と声を弾ませながら菜乃花が指さす方に目を向けるともうひとつの音楽室のベランダだった。
「ここから見える風景が一番好きなんだ」
ベランダからは校庭が一望出来た。人や物が小さくミニチュアの模型みたいだ。見上げると空が近くて本当に届きそうだ。
「ねっ。いいでしょ」
「うん」
ベランダにいると風が気持ちよく頬をくすぐり、空は泣き出したいくらい綺麗な空で、そんなところにいると思わず言葉がこぼれた。
「ずるい」
「えっ?」
菜乃花は、不思議そうに聞き返す。惚けた表情がまた、にくいからまた、話し掛ける。
「菜乃花は、ずるい。ずるくてずるくて………羨ましい」
「そんなことない」
「そんなことある。もう、自分の道を自分で決めて自分で進もうとしている。それが羨ましい」
「それは、私の方だよ。ゆたちゃんは、勉強も出来て、運動も出来る。羨ましいしずるいよ」
初めて菜乃花の気持ちを聞いた。
「クラリネットは、本当にへたくそでさ。山下先生に怒られたらここで校庭を見てたんだ」
「う、うん」
「ずーと、見ているとぐちゃぐちゃになっていた事がからっぽになって。また、頑張ろうと思える。確かに今、道を決めるのは難しいことだよ。でもさ、興味あることを大学で学んでから見つけるのでも遅くないんじゃない?部活。全然、行ってないんだって?」
「う、うん。」
「そりゃ、行きたくない時もあるよ。でも、ここで行くって決めないとずるずるだよ」
図星だ。でも今日、行ったんだと口を尖らせる。
「今日、行った」
「でも、自分で決めた訳でもないでしょ。自分で決めないと」
分かってる。でもそれが一番難しいんだ。決めないといけないのは自分が一番分かっていて、答えを探すことを一番怖がっている。本当にそれで良いのかと思い一歩が踏み出せない。少しの沈黙の後、菜乃花が口を開く。
「私は、ゆたちゃんが羨ましい。何でもできて、どうしようと悩んでいるのに最後にはちゃんと決めている所。本当にずるい。ゆたちゃん、大丈夫だよ。私、山下先生と楽器の話し、してくるから好きな所に行っておいでよ。メールするから」
携帯を取り出しながら私に声を掛け、静かに部屋から出て行った。