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「今日、来るよね。顧問、怒ってるよ!」
そう言う、マネージャーの言葉に頷く事が出来なかった。
中間テストが終わり、夏の総体が始まるが中間テストが終わってから一度も部活には行っていない。まだ行きたいと思わなかった。
いろんな事が面倒でさっさと帰る用意をした。校舎から吹奏楽部の音が聞こえ、部活の事が頭をよぎる。焦る気持ちはある、でもやりたいと思わない。
自転車に荷物を乗せ、逃げるように学校から出た。
広い道路を走るが辺りは田畑が広がる田舎だ。大学に進学を目指すには、ここ(地元)から出なくては行けない。でも、そんな事は、実感がわかず、部活だけでなく、勉強さえも手につかない。
ただ、時間だけがすぎ、焦りだけが残っていく。
坂道を上るとかすかに潮の香りがした。
下り坂を少しブレーキをかけながら下ると海が見える。そのまま、港まで自転車を走らせた。
「今日も休んじゃったよ。これが去年だったら先輩にしごかれてたな」
海を見ながらつい、独り言が出た。何も考えずに過ごせたら楽に生きれるのかなと思うがそれは出来ない事だと思い直す。何も考えずに生きる生き物は、人間ではなく、ただの人形だ。
「かりん。何してるの?」
名前を呼ばれ振り向くと母が車を横付けにし、窓から顔を出していた。
「お母さん。何?」
「部活は?」
「休みだった」
「ふーん。そう。そんな所でたそがれないで早く帰っておいで」
母は、そう言って車を走らせて帰って行った。
「嘘ってバレてる。そりゃそうだよね。」
こんな総体前に休む部活なんてどこにもない。もう一度、海を眺めて家に帰ろうと自転車を走らせた。
次の日の朝、学校に着くと般若の顔をした、マネージャーとキャプテンが机の前に来た。
「かりん。いい加減しなさいよ。もう、総体まで、時間はないんだからね。いつまでも行きたいと思わないと言う理由通ると思っているの」
顔も口調も怖く、思わず、
「思ってないです」
と呟いた。
その答えに満足した二人は自分のクラスや席に戻って行った。
うつらうつらと授業を聞いていると前の席でなのはが目をつむり横揺れで揺れているのが目に入り、思わず笑ってしまった。
「3年1組、油谷夏隣。3年1組、油谷夏隣。今すぐ、職員室まで。」
と賑やかな昼休みの教室に放送が鳴り響く。
「嫌だ。行きたくない。顧問、完全に怒ってるよ…」
と呟きマネージャーの方を見ると早く行きなさいと口を動かしていた。ため息をつき、職員室に向かって、歩き始める。
「失礼します!」
軽くノックして職員室に入った。
顧問を見つけようと職員室を見渡していると、眼鏡をかけた男子生徒と目が合う。それは、一瞬の事だけど印象的な事だった。ペコリとお辞儀をされたので私も首だけ動かして返した。
「来た来た。サボリ魔」
「あっ、仲野先生。こんにちは」
「こんにちは、じゃない。油谷。何度、呼び出したと思う」
顧問である仲野先生の眉間にシワが出来ている。
いつも、温厚である先生が怒る時にできるものでかなり怒っていることが予想できた。
「油谷。なんで部活に来ない。後、1週間もしないうちに総体だ。今、しないと間に合わないぞ」
「はい」
私は、頷く事しか出来ない。先生の言うことも分かるが部活に行きたいと思わない。
「とにかく、部活に来い。いいな」
「はい」
結局、仲野先生に何も言えず、返事だけをして部活に行く事になってしまった。
ため息が1つでた。
久々の部活。行く気もなかったので、ジャージもなく一人、体操服でする事になった。やる気も起きず、みんなが走ったり、跳んだりするのを見ていた。ただ見ていた。高跳びの前にも立ってみたがやっぱり体が動かない。普段なら一番に跳ぶのに今日はその気持ちもない。
「夏隣。確かに来いと言ったけど、やる気がないなら来ないで。みんなの迷惑になる」
声が聞こえ、見上げると女子のキャプテンが泣きながら怒っていた。
どんな事があっても泣かない彼女が泣いていた。今日、先生が言っても私は、ここに居てはいけなかなったのだ。後悔の文字しかない。他の部員も遠巻きで見ていた。みんなが一つになり、頑張っているのに、私は邪魔者だ。
「ごめん」
と彼女の顔をもう一度見ることができず、私はその場から去ることしかできなかった。
晴れた空なのに曇っているように見えた。
部室棟の前で座って考える。ますます、行きたくなくなった。
私がこんな気持ちになるべきではないと分かっているが悲しい気持ちになり自己嫌悪で一杯になった。