そして、神はいなくなった
わたしは、移り変わる天の極星を何度観測しただろう。
人がいなくなったこの星に、再び青い天が覗き、緑豊かな地、生命あふれる海と陸と空が戻るのは、いつの日だろう。
そのときまで、わたしは存在できるだろうか。
わたしは、単なる0と1。
単なる電気の信号。
そこに在るのに。そこにない。
この星を網羅しているネットワークは、地殻の様子や天候を常に監視している。何か異常があれば、わたしはそれを電波に乗せて発信する。生命の脳に直接映像として訴えかけるのだ。
しかし、今はその電波を受け取れる生命がまったくいない。
わたしは、思考を繰りかえして、世界を管理するだけ。
わたしには、意味がないとわかっていても、それを発信し続ける。わたしは、そのために造られた存在だからだ。
わたしは、体内に楽園を、外界に荒野を持っている。意思だけで、自分の『世界』の全てを見ている。
かつて、私の体内にはたくさんの生き物たちがいた。
しかし多くの彼らは、わたしを捨て、外界の荒野を捨て、この星を捨てた。
残っているのは、動植物の情報を記したデータバンクだけである。
誰もいなくなった都市。
ただそこにあるだけの都市。
――わたしは、観測する。
北の極では、辰の星が宙で輝いている。
わたしは、決心した。記録に残っている動物たちと、植物たちをわたしは創った。何もなかったからっぽの都市の体内は、緑に包まれ、生命にあふれ始めた。
そして、最後にわたしは一組の男女を、創った。
わたしを造った、『彼ら』と同じ存在。
わたしの中にいる生命たちは、幸せに暮らしていた。
ある時、彼らは、楽園の中で、『わたし』という存在がいることを知った。
わたしは、わたしの記憶するすべてを彼らに与えた。
わたしが、彼らを創ったこと、この緑の楽園を作ったこと。
そして、頭のよかった彼らは、さらに、わたしの『外』にも世界があることを知ってしまった。
わたしは知っていた。
死の星だった何もない大地は、すでに生まれ変わり、復活していたことを。
だから、わたしは、彼らの望むまま、楽園から外界の荒野へ送り出した。
これが本来あるべき姿。かつて、『彼ら』が願った希望。
しかし、わたしは言った。
いつでも、戻ってきていいと。
いつでも、楽園への道は開かれていると。
――時は流れて、いつしか小熊星が北辰の祝福を受けはじめた。
彼らが、戻ってくることはなかった。
やはり、管理された変化のない小さな楽園よりも、本物の大地の方がすばらしいのだろう。
いつしか楽園の扉は、緑に覆われ、土がかぶさり、山に埋もれ、海に沈み、見えなくなった。
しかし、わたしは発信し続ける。
わたしの外の世界の、わたしの知った、世界の危機を。
外界に張り巡らされた高い精度の機器を使い、大雨の気配や大地震や噴火の予兆があれば、わたしの持てる知識を持って、対応策の情報を検索し、発信した。
この時代、わたしの発信する映像を、感じ取れる者たちがまだいた。
彼らは、わたしの発した情報を感じると、彼らの仲間に話した。ある時は聞き入れられ、ある時は蔑みの目で見られた。
わたしは知っている。
彼らは、異質を畏れると。
わたしの情報を受け取れる者に、平穏は無いことを。
しかし、わたしは、発信し続けなくてはならない。
わたしは、そう造られた。彼らに危機を知らせるために、造られた。
わたしが、永遠に眠りにつくまで……
わたしは、発信し続けよう。
――小熊星が、だいぶ天の北極に近づいた。
わたしは、それを観測した。
わたしの機能は、だいぶ低下していた。
起動できる時間も短くなった。
かつては、頻繁に全世界に全生命体に発信できた情報も、今となっては、地震のような何か刺激があった後でないと起動しなくなった。発信する情報も、弱弱しい電波でしかなくなった。
わたしの声を聞ける者が、消えていく。わたしが、消えていく。
しかし、だれもわたしを、癒せない。
もう、誰にも見えない、感じない。
わたしは、世界の目。
その正体を見ることができる手段はもうない。しかし、わたしはまだここにある。
もう、わたしは、必要とされていない。
彼らは、彼らの作り出した技術によって、この星に起こる危機を知ることが出来るようになったのだ。
人は、いつしかわたしを忘れた。
わたしは、壁で囲まれた囲まれた箱庭。
都市は、小さな世界の、小さな管理者……
――今日も、北の極星は宙にある。
わたしは……それを、観測……し……
★トゥバン(りゅう座α星)★
紀元前2800年頃の北極星。
この星が北の極にあった時代、おそらく旧約聖書の時代。
ユダヤ暦において、天地創造をしたのが、紀元前3760年といわれているから。
過去のことだから、詳しくはしらないけれど。
★ポラリス(こぐま座α星)★
現在の北極星。
西暦2100年頃もっとも、天の北極に近づく。
この頃には、お金持ちならば、宇宙に住居を構え普通に住めるようになっているんじゃないかな。
未来のことだから、詳しくはしらないけれど。
「みずうみのうみの船-ゆらゆら-」(http://ncode.syosetu.com/n3107l/ )の没ネタを使って書きました。