【第3話 決算書みたいな転生】
俺は答えを決めた。
白い空白の中に浮かぶ問い――
「転生しますか?」
その文字は、読もうとして読んだというより、
見た瞬間に「理解できてしまう」種類のものだった。
そして俺は、あまり迷わなかった。
迷う理由がない。
生きていた頃の俺は、仕事に人生を捧げた。
それを後悔しているわけじゃない。
やることはやり切った。
だが、もう一度やり直せるなら。
今度は少しだけ、歩く速度を落としてもいい。
――誰かと並んで、同じ景色を見ながら進む人生。
それを、やってみたいと思った。
だから、俺は選ぶ。
転生する。
そう決めた瞬間、白い空間に変化はなかった。
光も差さない。風も吹かない。音も鳴らない。
ただ、事務的な「処理」が進んだ気配だけがした。
システムガイダンス。
転生を受理しました。
あなたの転生は、
生前における行動履歴および社会的貢献度に基づき、
権利として付与されています。
評価に基づき、
初期設定(スキル・特性・称号)が適用されます。
――まるで、決算書だな。
そう思った。
売上でも、利益でも、功労でもない。
もっと地味で、もっと現実的な「積み上げ」の記録。
俺の人生が、ここで数字のように整理されていく。
◇ ◇ ◇
システムガイダンス。
補足情報:
人格・嗜好・感覚的資質については、
原則として生前の状態を引き継ぎます。
※一部の技能的不得意、身体的特性も含まれます。
……なるほど。
都合のいい再配布じゃないってことか。
良いところだけ抜き取って、別人に作り替えるような話ではない。
俺は俺のまま。
欠点も、苦手も、きちんと連れていく。
むしろ、そこに妙な安心があった。
人生の続きとして、ちゃんと繋がっている感じがする。
◇ ◇ ◇
スキル適用を開始します。
まず表示されたのは、ランクの付かない項目だった。
▲猫舌(ランク無しスキル)
獲得理由:
生前より猫舌であり、熱い食べ物を苦手としていたため。
感覚器官は高精度で再構成されています。
一部刺激に対して鋭敏な反応を示します。
……猫舌も、そのままか。
いや、正確には「そのまま」以上だ。
舌に、わずかな違和感がある。
引っかかるほどじゃない。
だが、つるりとしていない。
ほんの少し、ざらついている。
温度も、味も、質感も。
微妙な差が、必要以上に分かってしまう。
これじゃ熱いものは無理だ。
猫舌が治るどころか、むしろ強化されている。
……まあ、いい。
急いで飲み込む必要のある人生は、
もう終わったんだ。
少し冷ましてからでも、きっと大丈夫だ。
次。
▲移動図書館(ランク無しスキル)
獲得理由:
生前、博士号などの学術的称号や顕著な知的偉業は持たないものの、
実務・生活・現場対応における知識量と応用力から、
周囲より「博士」と呼ばれることがあったため。
……博士。
懐かしい呼び方だ。
俺は勉強ができたわけじゃない。
成績だって、良い方じゃなかったはずだ。
それでも「博士」と呼ばれたのは、たぶん――
分からないことを、そのままにできなかったからだ。
仕組みを知りたかった。
理由を理解したかった。
どうすれば早くなるか、どうすれば安全になるか、
どうすれば壊れないか。
現場で拾って、使って、また拾って。
そうして積み上がった断片が、俺の頭の中には残っている。
それを「図書館」と呼ぶのは、少し格好がつきすぎだが、
まあ、便利ではあるんだろう。
次。
▲マイツールボックス(ランク無しスキル)
獲得理由:
死亡時、工具箱を抱えた状態で生命活動が停止していたため。
生前において道具を重要視し、適切な管理・整備を怠らなかった点が評価された。
※汎用収納ではなく「道具保護」に特化した能力として再構成。
……それは、そうだろうな。
俺は最後まで工具箱を抱えていた。
帰るつもりで、整備して、蓋を閉めて。
たぶんあれが、俺の人生の象徴だった。
道具は嘘をつかない。
手入れをすれば応えるし、放置すれば黙って壊れる。
俺は道具を守ってきた。
現場を守るために。
誰かの仕事が止まらないように。
その性分が、ここでも「形」になるらしい。
万能の収納じゃなくていい。
俺が欲しいのは、道具が壊れないことだ。
それだけで、十分だ。
◇ ◇ ◇
次に表示されたのは、ランク付きのスキルだった。
平衡感覚 B
獲得理由:
生前、業種を問わず「真っ直ぐ」「水平」「基準」を必要とする作業に長期間従事。
目視・感覚によるズレ修正能力が高水準で定着していたため。
――ああ。
これ、絶対に要るやつだ。
棚が傾けば物が落ちる。
机がガタつけば集中が切れる。
基礎が狂えば全部が狂う。
小さなズレが、後で大きな手戻りになる。
俺はそれを嫌というほど知っている。
数値が見えるわけじゃないだろう。
だが「ズレてる/合ってる」が分かるだけで、
仕事は何倍も楽になる。
経営の手腕 A
獲得理由:
社長業として長期間組織を維持・運営し、
人員配置・工程管理・対外調整において十分な成果を上げていたため。
……成果、ね。
自分では「やるしかなかった」だけだと思っていた。
誰もやらないなら、俺がやる。
現場が詰むなら、俺が動く。
そうして回してきた。
だが、外から見れば、それは「手腕」になるらしい。
――褒められるのは、慣れない。
不眠不休 C
獲得理由:
生前、ワーカーホリック気味の生活習慣を長年継続。
睡眠不足状態でも一定の活動を維持できていたため。
※完全耐性ではなく「無理が効く」程度に制限。
……やっぱり付くのか。
正直、これは要らない。
いや、便利ではある。
あるに越したことはない。
だが、俺は知っている。
無理が効く、というのは、
無理をする理由を作ってしまう。
俺はそれで、死んだ。
だから今度は、使い方を間違えない。
無理ができるから、やる――ではなく、
やらないために無理が効く、にする。
守るために使う。
働くためじゃなく、生きるために。
◇ ◇ ◇
最後に、魔法に関する項目が表示された。
魔法適正 B
獲得理由:
生前、対人関係・親密行動において拙速さを避け、
衝動よりも理性を優先する傾向が顕著であったため。
感情制御・集中力・内的安定性が高いと判断された。
※魔力量ではなく「制御・持続・安定性」を評価。
……なるほど。
できる、じゃなくて。
向いてる、ってことか。
俺は火力で押すタイプじゃない。
派手に何かをぶち壊して、勝つ人生でもなかった。
代わりに――
壊れる前に止める。
崩れる前に支える。
長く続くように整える。
そういう方向に、向いている。
それが魔法でも同じだというなら、
たぶん俺は、生活のための魔法を得意にするんだろう。
◇ ◇ ◇
システムガイダンス。
称号を付与します。
称号:《魔法使い(マギ・プライム)》
付与理由:
一定年齢までの人格形成、責任行動、精神的成熟が確認されました。
魔法運用に適する安定性を有するため、称号を付与します。
……称号?
魔法適正Bの上に、魔法使い。
俺は思わず、眉をひそめた。
いや、違う。
俺は魔法使いじゃない。
魔法を「扱えそう」なだけだ。
だが、システムは淡々と処理を続けるだけで、
俺の感想など聞く気もないらしい。
まあいい。
名前がどうであれ、
俺がやることは変わらない。
できる範囲で、
壊さずに、
整えて、
暮らす。
◇ ◇ ◇
システムガイダンス。
初期設定の適用が完了しました。
補足:
以後、追加のスキル付与および詳細説明は行われません。
本システムは初期設定のみを提供します。
……そうか。
後出しはない。
ご都合もない。
ここから先は、俺の手で生きろ――ってことだ。
それでいい。
俺はそういう方が落ち着く。
誰かに救われる人生じゃなく、
自分で整えていく人生の方が、性に合っている。
白い空間が、わずかに遠のく。
意識が、沈んでいく。
どこかで、重力を感じた。
小さな手足の感覚が、輪郭を取り戻していく。
そして最後に、俺は思った。
――次の人生は、急がない。
急がずに、冷まして。
真っ直ぐを取り直して。
誰かと歩けるなら、歩いて。
そうやって、生きていこう。
(第3話 了)
※他作品も連載中です。
最強のハンター、神の光を拾う。〜滅びゆく世界で俺はもう一度守りたい〜
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