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離婚は前提条件なので。  作者: cheeery


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四宮くんとの生活



それから数週間後──。

私と四宮くんは、婚姻届を持って役所の窓口に向かった。


役所の待合スペースは人でごった返している。


そのほとんどが幸せそうに笑い合うカップルや、生まれたばかりの赤ん坊を抱いた夫婦だった。


その中で私たち二人だけがまるでビジネスの商談にでも来たかのようになんの感情もなく順番を待っていた。


お互いの両親への挨拶は、少し前に済ませた。


どこの得体の知れない女が四宮家の長男の嫁になるなんて、受け入れられないじゃないかと思っていたけれど、意外にも四宮家のご両親は笑顔で受け入れてくれた。


『ずっと心配していたんだ。怜は特に仕事に専念すると他を見ることをしなくなるから。それに玲の会社で働いてくれる優秀な人とだなんて、この上ない喜びだよ』


息子に相手がいたことをさぞ喜んでいるようで申し訳ない気持ちになった。


一方うちの父はというと……。

あの後、すぐに四宮くんが私に8000千万円を振り込んでくれた。


それだけじゃなく、経営が上手くいくようにと父の経営する桐谷印刷の提携パートナーとなり、資金援助を正式にしてくれた。


今、会社は安定していて、これからもうちの会社が出資してくれる限り続けていけそうな状態だ。

父への紹介の時は、話しを合わせてもらって私はなにも関与していないことにしてもらった。


偶然支援を申し出たのがうちの会社であり、私のことは知らなかったという設定だ。


ちょっと無理があるかもしれないと思ったけれど、そういうのに疎い父は「そんな偶然があるなんて」と喜んでいた。


こんな感じでなにごともキレイに収まって今、私たちはここにいる。


隣に立つ彼はいつもと変わらない涼しい顔でスマートフォンを眺めている。

四宮くんもまたなんとも思っていないんだろう。


しょせん契約上の夫婦なんてそんなものだ。


「次の方どうぞ」


二人で窓口のカウンターへと進む。


「これにて、受理いたしました」


婚姻届は簡単に受理された。


それから私たちは特に話をすることもなく、役所を出た。


「……これで、僕たちは法的に夫婦なりました」

「ええ」


「これからよろしくお願いします」


彼がそう言って右手を差し出す。


私はその手を取らなかった。


「言っておくけど、私はあなたを好きになることなんて絶対にないから」


それは私に残された唯一の抵抗だった。


「借金は、これから計算して私が払える最大限の額を毎月返していくつもりでいるから」


この結婚はニセモノの結婚だ。


決して気持ちまで彼に差し出したりしない。


「お金は別に返さなくてもいいですよ」


彼はさらりとそんなことを言う。


悔しい……。


「絶対に返すから」


彼に仮を作るなんてごめんだ。

必死になって仕事に食らいついて返し切る。


「だから……借金を返し終えたら四宮くんとはすぐ離婚する。それまでは妻としてならなんでもするわ」


そんな私の悲壮なまでの決意を彼はまるで楽しむようにいとも簡単にいなした。


「……構いませんよ。出来るのなら」


彼はふわりと笑った。


その全てを見透かしているかのような笑顔に私はただ唇をきつく噛みしめることしかできなかった。


……くやしい。


私が四宮くんに借りた借金を返すことが出来ないと思っているんだろうか。


ムカつく。

何がなんでも返してすぐに離婚してやるんだから!


でも……。


「四宮社長、ありがとう……ございました」


私は四宮くんに深く頭を下げた。


お礼を言わなくちゃいけない。

彼がいなければ父の会社は今頃倒産していただろう。


提携パートナーになってくれたんだと嬉しそうに父が電話をくれた時は、自分の選択が間違いではなかったのだと強く思った。


「社長なんてやめてください。ねっ、美和さん?」


四宮くんはさらりと私の髪を撫でた。


その手をパシンと振り払いながらも、私は告げる。


「四宮社長の法律上の妻として、役目は必ず果たします」


ニコッと笑顔を作れば、彼は口角をあげてメガネを上に持ち上げた。


本当になんでもやってやるつもりでいたんだ。

それがお互いの契約だと思っていたから。


でもこれは……。


「え、一緒に暮らすの?」


彼の口からまさかの言葉が飛び出して、私は思わず声をあげた。


てっきりお互いの生活には干渉しない別居婚だと思っていたんだけど、彼はそんな私の考えをあっさりと否定する。


「夫婦なんですから一緒に暮らすのは当然です」


そ、それはそうだけど……。


彼の方こそ別居婚を望んでると思ってた。


全然一緒に暮らす想定をしていなかったから私は戸惑ってしまった。


でもそれを彼が望むというのなら、私は受け入れるしかない……。


「分かったわ。条件をのむ」

「ではさっそく相談をしましょうか」


相談した結果、一緒に暮らす部屋は今、四宮くんが暮らしている部屋で、そこでふたりで暮らしていくことになった。


「せっかくですし、家でも見ていきますか」

「え、ええ……」


今の家を退去して彼の家にうつるのか。

それってけっこうちゃんと生活が変わる結婚になりそう……。


それから私たちはタクシーで四宮くんの家へとやってきた。


都心の高層マンションの最上階。

玄関を抜けると、白と黒を基調とした落ち着いた空間が広がっていた。


大きな窓からは街の灯りが一望でき、視界いっぱいに広がる夜景は非現実的なくらいまぶしかった。


「す、すごい家に住んでるのね……」


ちょっと前まで自分の後輩だったと思えない。

ずいぶん身分を偽ってくれたもんだ。


心の中で、精一杯の皮肉をつぶやく。

そんな私の心中を知ってか知らずか、彼は楽しそうな声で言った。


「気に入っていただけましたか?」


「……まぁ」


私がそっぽを向いてそう答えると、彼はさらに笑みを深めた。


「キッチンはこちらです。調理器具も一通り揃っていますが、なにか必要なものがあれば言ってください。すぐに買い足しましょう」


彼が指し示した先には、映画でしか見たことのないような広々としたアイランドキッチンがあった。


すごすぎる……。


こんなところで借金のある私が生活していいんだろうか。


なんか申し訳ない気持ちになる。


リビングの奥にあるドアを彼が開ける。

そこには、広々としたベッドルームがあった。


ここは寝室か……。


大きなキングサイズのベッドが一つだけ、鎮座している。


……ん?

ひとつだけ!?


「ベッドが一台しかないようだけど」


「当然です。僕たちは夫婦ですから」


私がそう指摘すると彼はさも当然のようにこともなげに言い放つ。


「……ちょっと待って。まさかここで一緒に?」


思わず声が裏返った。

すると彼は私のその必死な様子が面白いとでも言うように、目を細めた。


「そうですよ」

「ベッドは別でいいでしょう?」


強く言い返す。


冗談じゃない。

これはただの契約上の結婚なのにベッドも一緒だなんて……。


「……僕と寝たら惚れてしまうと?」

「なっ……そんなわけないでしょ!?」


頬にカッと熱が走る。


私が唇を噛みしめ視線を逸らすと、彼はたまらないとでも言うように笑った。


「……っ、く、く」


押し殺すような小さな笑い。


その声音が妙に落ち着いていて、からかわれていると分かっているのに、鼓動が早まってしまう。


「な、なによ」

「いえ……桐谷さんのそういうところが可愛いなと思いまして……」


「か、可愛いなんて……変なこと言わないで!」


私が睨み返すように言うと、彼は穏やかな笑みのまま首を傾げる。


「本心ですよ」


そしてゆっくりと私に顔を近づけてくる。


「あなたはいつも完璧であろうと気を張っている。でもこうして不意をつかれるとすぐに顔に出てしまう。そういうところがとても可愛いんです」


吐息がかかるほどの距離でその熱っぽい瞳がじっと私を見つめていた。


その響きは妙に耳に残り、私の胸をざわつかせる。


も、もうだめだ。

この男のペースに完全に飲まれている。


「そういうの、いらないから!」


なんとか反論すると、彼は残念そうにしながらも言った。


「本気なのにな」


そんなことをつぶやきながら、彼は寝室の奥にあるもう一つのドアを開けた。


「まぁ、一緒に寝るっていうのは冗談です。あなたの部屋はこちらにご用意しています」


その先にはリビングと同じくらい広々としたもう一つの寝室があった。


なんだ……ちゃんとあるじゃない。


「でも、一緒に寝て欲しい時は遠慮なく言ってくださいね」

「そ、そんな日がくるわけないでしょう!?」


再び楽しそうに笑う彼に、声を荒げることしか出来なかった。


四宮くんはまるでオモチャを見つけた子どもみたいにしている。

遊び道具には私はならないから。



それから話し合いをして、荷物をまとめ次第四宮くんの家に行くことになった。

四宮くんの家は会社からも近いし、正直ありがたさはある。


でも……彼と一緒に暮らすなんて出来るのかしら。


もともと誰かと一緒に暮らすことだってしたことがないのに……。


四宮くんの考えていることは、今だによく分からない。


私を救った理由も、結婚をするという条件を出したことも。

彼の妻という立場は他の女性なら喉から手が出るほと欲しい立場だと思う。


それなのに、なぜ私にそんな条件をつけてきたのか。

そんなことを考えていると、四宮くんがあるものを取り出した。


ジャケットの内ポケットからすっと取り出されたのは、小さなベルベットの箱。


「……なに、これ」


四宮くんが箱を開ける。


その中に収められていたのは、一粒のダイヤモンドが上品に輝く指輪だった。


「結婚指輪です」


一体いくらしたんだろう。


「これを美和さんに渡したくて」


私のためにお金を使うなんてことしなくていいのに……。


「そんなのいらないわ!私たちは契約上の夫婦なんだから」


「ダメですよ、つけてください。これは僕が提示するルールだ」


四宮くんはそう言うと、箱から指輪を取り出し私の左手を取った。


ひんやりとした金属が私の薬指にするりとはまる。

そのあまりにも自然な仕草に、私の心臓が大きく跳ねた。


「この指輪は会社では付けなくていいですが、家の中では必ずつけてください。桐谷さんは僕の妻ですから」


心臓が、喉元まで跳ね上がった。


薬指にきらりと光る結婚指輪。

それは、まるで私が彼の所有物であると示す刻印。


今はまだ馴染まないけれど……分かりやすくていい。

この指輪を外す時、私は彼から解放されるのだから。


大丈夫、絶対に外してみせるわ──。




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