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離婚は前提条件なので。  作者: cheeery


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17/19

思い出す朝



翌朝。

目を覚ました時、あれほど体をむしばんでいた熱は、ウソのようにすっきりと引いていた。体はまだ少し気だるいけれど、昨夜までの熱がウソのようになくなり思考ははっきりしている。


ひとりだったらもう少し時間がかかっただろう。

これも四宮くんのお陰だ……。


リビングへ向かうと、すでに四宮くんはテーブルで新聞を読んでいた。


私の足音に気づいて顔を上げた彼と目が合う。

その穏やかな視線に、昨夜の熱っぽい瞳が重なり心臓が跳ねた。


「……おはよう」

「おはようございます。美和さん、体はもう大丈夫なんですか?」


「ええ、おかげさまですっかりよくなったみたい。それで……あの、昨日はありがとう」


ぎこちなく頭を下げると、彼は柔らかく笑った。


「昨日の美和さん……可愛かったですよ」

「なっ!?」


その一言で、私の頭の中に昨夜の記憶が鮮明にフラッシュバックする。


熱に浮かされて、彼に弱音を吐いて……あげくの果てに「行かないで」と引き留めた、情けない自分の姿。

顔に、カッと熱が集まるのが分かった。


「お、覚えてないわそんなの」


必死にそう言い返すが、声は上ずり彼の前ではなんの説得力も持たなかった。

彼は、私が眠った後もずっとそばにいてくれたのだろうか。


ちょっとクマが出来てる……。

いつまであの部屋にいてくれたんだろう。


聞きたいけれど、熱にうなされていない私は素直になれない。


「わ、私、会社に行く準備があるから……っ!」


「ええ、今度は無理をしないように」


「分かってるわよ!」


ほとんど叫ぶように言い返して、私は自分の部屋へと逃げ込んだ。

なんかいつもより意識してしまって落ち着かない。


会社に到着すると、フロアの空気がいつもと違うことに気づいた。

私が自分のデスクへ向かって歩いていると、何人かの部下がおずおずといった様子で私を見ている。

すると部下たち数人が私の元にやってきた。


「あ、あの、桐谷課長……。一昨日は……大丈夫でしたか?」


会社で倒れたから心配してくれているのだろう。


不安そうに聞いてくる部下たち。

今まではこんな姿も見せたこともなかったから、気づくこともなかったけどこうやって声をかけてくれるんだな……。


私はどうせ自分は嫌われているしと意固地になっていたのかもしれない。


「ええ、もう平気よ。心配かけてごめんなさい」


私がそう返すと、彼らはみんなぱっと表情を明るくさせた。


「突然課長が倒れたから心配してたんです。直前までかなりお忙しそうで……なにかあれば、私たちにも言ってくださいね!」


「ええ、ありがとう」


今日は素直にそんな言葉が言えた。

これはもしかしたら四宮くんのお陰かもしれない……。


「でも、びっくりしましたよー!桐谷さんが倒れた時、社長がすごい勢いで駆けつけてきて!」


「そう!もう顔色変えて、道を開けてください!って……そのまま桐谷さんのこと、お姫様みたいに抱きかかえて……」


きゃあ、と黄色い声を上げる女性社員たち。


なんとなく、覚えているようで覚えていないような光景。

でも人から聞くとなんかむずがゆい気持ちになる。


「し、知らないし……!私、意識なかったから!」


思わずそう返すと、周りから「えー!」「もったいない!」と声が上がる。

知らないはずなのに、彼の腕の力強さと胸の中から聞こえた必死な心臓の音を私の体は、はっきりと覚えていた。


そんな風にからかわれていると、内線が鳴った。

役員会議室への召集だった。


気持ちを切り替えて会議室へ向かうと、そこにはこの間と同じ役員たちと四宮社長がいた。


「桐谷さん、こちらへ」


促されるまま開いてる席に座る。


「先日の役員会議で桐谷課長が提示したプロジェクトの件だが……」


彼の言葉にごくりと息をのむ。


「彼女のプランを正式に承認することに決定した。つきましては、本プロジェクトの最高責任者として、引き続き桐谷美和課長に一任したいと思いますが、みなさん、よろしいですね?」


四宮社長の問いかけに、他の役員たちがこくりと頷く。


良かった……通ったんだ。


「桐谷課長。キミの働きは買っているがくれぐれも無理はしないようにね」


彼の目を正面から受け止めて、はっきりと答える。


「はい、ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした。プロジェクトは必ず、成功させてみせます」


会議が終わり、私は一礼して役員会議室を退出した。


上手くいったようで良かった……。

これからまた、忙しくなるだろう。

でも嬉しい……また大きなプロジェクトに関わることが出来るんだもん。


最近はネガティブに思うよりも上手くいったと思うことが多いように感じる。

四宮くんと一緒に暮らすようになってからだ。


彼が居場所を作ってくれるから、頑張れるっていうのもあるのかもしれない。

ふと、熱にうなされていた時の記憶がよみがえる。


そういえば、看病してもらったし……お礼は、した方がいいわよね。

四宮社長だって、日本を代表する財閥のトップで一分一秒が惜しいほど忙しいはずだ。


それなのに、私のために時間を割いてくれた。

とはいえ、どんなお礼をしたらいいだろう……。


四宮くんの欲しそうなものなんてさっぱり見当もつかない。


物なんてきっと自分で買えるだろうし……食事に連れていく?

でも私なんかと一緒に食事して楽しいかしら……。


うーん分からない。

もう、いいや。直接聞いてみよう!


その日の夜、仕事を終えた彼が帰宅した。


「おかえりなさい」

「ただいま」


ジャケットを脱ぎ、慣れた手つきでハンガーにかけている。

今日は会食があり、食事はもう済んでいるらしい。


ソファーに腰掛ける彼を見て、私は言った。


「あのさ……」


彼が顔を上げる。


「どうかしましたか?」

「一昨日……その、看病してくれたでしょう?そのお礼がしたいんだけど……」


「お礼、ですか?そんなのいりませんよ。夫婦なら当然のことです」


彼はさらりと答える。


「でも、迷惑かけたのは事実だし……四宮くんにしてもらってることばかりだから、気が済まないっていうか……」


そもそも結婚だって私の父の会社を助けるためにしてもらったようなものだ。


結婚してからというもの、私の方がしてもらってばっかりで返せていないのはフェアじゃない気がする。


「僕はそんな風に思ったことないですけど。あなたが気が済まないって言うなら……」


彼がそう言ってくれたことに、私はほっと胸を撫でおろした。


「それで……なにか欲しいものとか、してほしいこととか……ある?なんでもするわ!」


勢い込んでそう宣言すると、彼はしばらく黙って私を見つめ、そして悪戯っぽく微笑んだ。


「なんでも、ですか」

「え、ええ……」


その意味深な響きに私は思わずたじろぐ。

彼は楽しそうに目を細めると、ゆっくりと口を開いた。


「そうですね……ならあなたが欲しい」

「──へ……?」


一瞬、言葉の意味が理解できなかった。


あなたが、ほしい?

じわじわと言葉の意味が体に染み渡るにつれて、顔がカッと熱くなるのが分かった。


「なっ……な、なにを、言って……!」

「もう一度いいましょうか?美和さん、あなたが欲しい」


彼は捉えるような眼差しで私を見ていた。


どきん、と心臓が大きく跳ねる。


なに、言ってんのよ……っ。

冗談だ。いつものように、私をからかっているだけだ。


そう思おうとするのに、彼の真剣な眼差しがそれを許してくれない。


どう、したら……。

そう思った時、彼は言った。


「なので、今夜は一緒に寝てくれませんか?」


一緒に、寝る……?

その言葉が持つ直接的な意味合いに、私の頭は真っ白になった。


それは、つまり……そういうことだ。

私たちは法的には夫婦だ。


彼が私にそれを求めたとして、なに一つおかしなことはない。

むしろ、今まで何もなかったことの方が、不自然だったのかもしれない。


彼に、私の父の会社を救ってもらった。無理な願いを聞いてもらったのは、私の方だ。

その対価として、私が妻の務めを果たすのは、当然のこと……。


ここは受け入れなきゃいけない。

私は、震える唇を一度固く結び彼の目を見つめ返した。


「……わかった」


もう、後戻りはできない。


お風呂を終え、寝室の扉を開ける。

いつもと同じ部屋のはずなのに、心臓の音がうるさくてなんだか落ち着かない。


まさか彼が身体の欲の発散も私に求めてくるとは思わなかった。


それをしてくれる女性なら他にいくらでもいそうなのに。


結婚という契約が彼を繋ぎとめてしまっているのだと思うと少し申し訳なくなった。


大丈夫、すぐ終わる。

彼の欲を吐き出させればいいんだもの。


自分にそう言い聞かせるけれど、言うことを聞かない心臓はドキドキと早鐘を打ち続ける。

ベッドの端に、そっと腰掛ける。


するとガチャリ、とドアが開く音がして四宮くんが入ってきた。


「すみません、お待たせしました」


彼はゆっくりとこちらへ歩み寄ってくると、私の隣に静かに腰を下ろした。


ベッドが彼の重みでぎしりと小さく軋む。


「そんなに緊張しなくても」

「……別に!緊張なんかしてない」


強がるようにそう言い返すけれど、声は自分でも分かるくらいに上ずっていた。


私が緊張しているのは彼にはとっくにお見通しなんだろう。

これじゃあいつものように彼のペースだ。


ダメよ。

私のペースに戻さないと。


「いいから早くして」

「え……?」


戸惑う彼を私はありったけの力で、ベッドに押し倒した。


こんなことは早く終わらせる。

そうすればこのドキドキからも解放されるんだもの。


「ちょっ……!」


突然のことに、彼は驚きの声を上げてなされるがままにベッドへと沈んだ。


その上に乗り上げるようにして、私は彼を見下ろす。

心臓が、破裂しそうなほど大きな音を立てている。


「これも、妻の務めだと思うから……要望は、受け入れる。でも、心まであげるつもりはないから」


必死にそう言い放つ。

これは、あくまでも契約結婚であるという線引きだ。


「だからあなたは、そこで寝てて」


そう告げると、私は彼の服に指をかけた。


ひとつ、またひとつと脱がせていくうちに、彼の戸惑うような視線が体に突き刺さる。


もう、後には引けない。


「なにもせずに見ていろと?」

「ええ。主導権を渡す気はないから」


私は勢いのままに部屋の電気を消した。


これは、私が妻としての役割をこなすだけの、ただの「行為」だ。

ここに恋愛感情なんてない。


そう彼に、そしてなにより自分自身に証明するように、私は彼の部屋着のズボンへと手をかけた。

しかし、その瞬間、私の動きがぴたりと止まる。


私がこれからしようとしている行為に対して、彼の体は、全くと言っていいほど反応していなかった。


「……え?」


どうして。男の人というのは、こういう時、もっと……。

そんな私の耳に、暗闇の中からどこか面白がっているような彼の声が届いた。


「……こういうのには、ムードっていうものがあるんですよ、美和さん」


その言葉と同時に、私の視界がぐるりと反転した。


「きゃっ……!」


一瞬の浮遊感の後、私の背中は柔らかいベッドへと沈み込んでいた。

さっきまで私が見下ろしていたはずの彼が、今度は私の上に覆いかぶさっている。


「なっ……!」

「これで立場逆転、ですね?」


耳元で彼の低く甘い声がささやく。


「あっ」


その声だけで、体の芯がじんと痺れるようだった。


抵抗しようにも、屈強な腕に両手首をまとめられ、いとも簡単に頭上で縫い付けられてしまう。


「約束と、違う……っ」

「主導権の話しですか?僕はそれについて承諾はしてません」


「そんなの、ズル……」


言葉を続けようとしたけれど、彼の唇でふさがれた。


「ん……っ!」


私の唇の輪郭を確かめるように、角度を変え、何度も啄むように繰り返される。

そのあまりにも優しいキスに私の体の力が少しずつ抜けていくのが分かる。


脳がとかされていく。

悔しいのに、気持ちいいと感じてしまう自分に腹が立つ。


「ん……っ、ふ……」


彼の舌が私の唇をそっとこじ開け、中に侵入してきた。


「……っ、ぁ……んぅ……」


初めての濃厚なキス。

息の仕方も何もかも分からなくなって、ただ彼の熱だけが私の中を支配していく。


……気持ち、い……。

私の背中が、しなやかなシーツの上で甘く弓なりにしなるのが、自分でも分かった。


「……はぁ、はぁ」


長いキスの後、ようやく唇が解放された時には、私はもうまともに彼を睨み返すことすらできなくなっていた。


「……心はあげないなんて言われたら、誰だって燃えますよ」

「だっ……て、それは……」


必死に言い訳を探す私に、彼は追い打ちをかけるように耳元で囁いた。


「それだけ煽ったなら覚悟してもらいましょうか」


その言葉を合図に、彼は私の服に手をかけた。


「や……っ」


抵抗しようとする私の手を、彼は再び片手でまとめあげ頭上で押さえつけた。


「これだと主導権は、僕にあるみたいですね」


意地悪く笑いながら、彼は私の耳元に唇を寄せる。

そして、そのまま首筋へ熱いキスを落としていった。


「ひゃ……ぁっ!」


ぞくぞくと、背筋に甘い痺れが走る。


ちがう。主導権は、私だ。

このまま奪われてはいけない。


だって奪われたからこの行為に意味を持ってしまう。

必死に取り戻そうと抵抗して見せるけれど。


「ん……っ、ふ……ぁ……」


彼の唇が肌をなぞるたびに、甘い声が漏れるのを止められない。


彼の指が、ゆっくりと私の体を確かめるように滑っていく。

その指が、私の胸の膨らみに触れた瞬間、体がびくりと大きく跳ねた。


「……っ、ん、やぁ……!」


駄目だ。取り返せない。

彼の巧みな愛撫に、私の体はいとも簡単に主導権を明け渡してしまった。


「本当はここまでするつもりはなかったんですけどね……」

「えっ」


どういう、意味……。

まわらない頭で必死に考える。


しかし、正解なんてでてくるわけなくて……。


「あなたが可愛すぎて、ダメだ」


彼は熱っぽく甘い溜息を吐いた。

そのあまりにも色気のある音に、私の体の芯がまたずくんと熱くなる。


そして彼の指は、私の中心にある熱く濡れた場所へとたどり着く。


「んぅ……っ、ぁ、や……っ!」


今まで触れられたことのない、敏感な場所。

そこを、彼が優しくしかし的確になぞる。


「……ねぇ美和さん」


耳元で、彼の熱い吐息が囁く。


「俺以外にそんな顔……見せたらダメですからね」


もう、駄目……。思考が、完全に快感に塗りつぶされていく。

悔しいとか、意地とか、そんなものはもう、どこかに行ってしまった。


もう、なにも考えられない。

彼は私のパジャマを完全に脱がせると、自身の体も露わにした。


そして、今までとは比べ物にならないほどの熱が、私の中へとゆっくりと入ってくる。


「……っ、ぁ……!」


初めての感覚に、体が強張る。

しかし、彼はそれ以上進まず、私が慣れるのを優しく待ってくれた。


「美和さん……力を、抜いて」


唇を重ね、安心させるように囁く。

その声に導かれるように、私の体の力が少しずつ、抜けていく。


彼が、ゆっくりと動き始める。


最初は、戸惑うように。

やがて深く確かなリズムで。

その度に、私の体の奥から、甘い痺れが湧き上がってきた。


「ぁ……っ、ん、ふ……っ、ぁあ……!」


彼が与えてくれる快感の波に、ただ身を委ねる。

シーツを握りしめていたはずの手は、いつしか、彼の逞しい背中に回されていた。


「美和さん……っ」


私の耳元で、どうしようもなく愛おしそうに名前を呼ぶから。


「かわいい」


可愛くないと言われ続けてきた私に、何度も可愛いと告げるから……。


「ん、ぁ……!」


だから……四宮くんが悪い。

彼のせいにする理由を探して私は理性を手放した。


「……っ、はぁ、四宮く……いく……!」


全身を、灼けるような快感が貫く。

目の前が真っ白になり、私は彼の背中にしがみつきながら、甲高い声を上げた。


ああ、どうしよう……。

一線を越えてしまったかもしれない──。




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