9. 二人の約束
その後、街に戻った頃には昼過ぎになっていた。馬貸し屋がウルフの山を見て腰を抜かし、ヴァラロスがギルドに運ぶまで貸して欲しいと頼む。もちろん断られることもなくそのままギルドへと到着した。
「……と言うわけで依頼達成とウルフの買取を頼む」
「数が多いわ! 数が!」
ディアの冒険者登録の際にいた受付のおじさんが猛っていた。
「普通ウルフの討伐なら一回に2、3匹程度だろ! 10匹ってなんだよ! 駆け出しのCランク冒険者だったら今頃腹ん中だぞ!?」
「俺達だったから良かったじゃんか」
「いや、そうなんだが、本当にありがたいんだが、それだけで片付けていい問題じゃない! 悪いがヴァラロス……と」
あ、目が合った……のに書類に目を落とされた!
「……ディア。詳しく話を聞きたい。奥の部屋に来てくれ」
コイツ名前覚えてなかったな。そう思うディアであったが大した問題ではない為、特に気にしない事にした。
◇ ◇ ◇
奥の部屋に通された2人は受付のおじさんに促されるまま椅子に座る。心なしか座った椅子は気持ちふんわりしていた。
「で、受付のおじさん。何が聞きたい?」
「……さっき名前覚えてなかった当てつけか?……あれ?……いや、そもそも名乗ってたっけ?」
「聞いてない」
「お、おう。それは悪かった」
受付のおじさんは素直に謝り、改めて自己紹介を始めた。
「俺はドミニクだ。このギルドでサブマスとして働いている」
「そう。それで、そのサブマスのドミニクは何を聞きたいの?」
「……」
「……お前、サブマスに当たり強くない?」
「舐められたら終わり」
「お前は何と戦ってるんだ!?」
謎の対抗心でドミニクに強く当たるディア。ドミニクが可哀想になってくる。
当のドミニクはため息をつきながらも早く用件を終わらせようと話を進める。
「まぁ、聞きたいのはウルフと遭遇した詳細な場所と状況だ。ウルフ10匹が襲ってきて馬すら無事ときたらよほどの実力がないと無理だろ」
「いや……片っ端から倒しただけだからな。すぐ終わったし」
「特に気になることもない」
ドミニクが質問をするが、ヴァラロスとディアは首を傾げる。ヴァラロスが言うように普通に対処しただけであり、何も特別なことはしていない。そして、ディアもそれに賛同する。しかし、ドミニクにとってそれこそ考えなければならない事態だった。
「具体的に、誰が何匹倒したんだ?」
「えっと……最初はディアが防いでくれて1匹。その後、街道の左右からの挟撃があって俺とディアがそれぞれ2匹。その後すぐに追加の襲撃があって俺が3匹、ディアが2匹だから……」
「それぞれ5匹ずつか」
ドミニクは目を瞑り少し考えていた。しかしすぐに目を開けて何か決心したような目でディアを見る。
「……なに?」
いきなり面と向かって見られた為、反射的に反抗的な態度をとってしまう。しかし、ドミニクはそんな事は気にせず驚くべき内容を告げる。
「ディア。お前のランクを上げる」
「…………へ?」
ドミニクと発言に気が抜けるディア。隣にいたヴァラロスも驚いている。
「考えてもみろ。Cランク冒険者と肩を並べて複数の魔物を討伐出来るEランク冒険者なんているか? しかも2人で馬も守り切ってる。ウルフ10匹を相手にだ。今回の対象は動物だったが護衛も出来るって事なんだよ。そんなやつをEランクでいさせるわけにはいかない。だから昨日の今日だがDランク昇格だ。おめでとう」
ドミニクはそう言うと軽く拍手を送る。何が起きたのかわからない様子のディアは呆気に取られていたが、やがて現実に帰ってきた。
「えっと……ありがとう」
何やら照れくさそうに返答する。もう長年、他人から賛辞を貰うことがなかったディアにとって、その感情は忘れていたものであった。
「なんだ、素直に礼言えるじゃないか」
「……」
なんとなく舐められた気がしてスンッとするディア。その様子を見たヴァラロスは苦笑するしかなかった。
◇ ◇ ◇
ディアのランクアップを聞いたヴァラロスの頭にある考えが浮かんでいた。
(昨日の今日でDランクになるってやっぱりおかしいけど……逆に、あとは依頼達成数20を超えればランクCになれる。……単騎での複数魔物討伐の実績はもう十分認められたって事だからな。そうなれば……ひとつ上の依頼が受注できる。俺だけだと厳しいって考えてたが、ディアとならあるいは……)
それはヴァラロスが冒険者として活動している理由でもあった。
『ヴァル! いつまで寝てんのよ!』
『えへへ……ありがとう! ヴァル!』
『ヴァルは大きくなったら何になりたいの?』
脳裏に蘇る記憶。昔懐かしい声。……もう二度と戻らない日常。
(……まだ、ひとつ目の依頼だ。短期で20件なんてこなせるとは思えない。あんまり期待しない方が……いや、まてよ?……あぁそうか。その手があったか!)
ドミニクに振り回されているディアを横目にヴァラロスは何やら覚悟を決めたようであった。
◇ ◇ ◇
冒険者ギルド併設の食堂でお昼ご飯を食べているとヴァラロスがある提案を持ち掛ける。
「なぁ、ディア」
「ん? なぁに?」
ディアはランクアップのお祝いにとヴァラロスから昼ごはんを奢ってもらっており、とても機嫌が良い。
「相談なんだが、ディアは路銀を稼ぎたいんだよな?」
「本当の目的はそうじゃ無いけど、目的達成のためには、そうだね」
「本当の目的?」
「」
ヴァラロスがディアに尋ねると、ディアが凍りついた。しまったという表情をしたまま固まり、心なしか冷や汗が出ているようにも見える。
ディアはヴァラロスにお昼を奢ってもらい、とても嬉しかった為かヴァラロスへの警戒心がガクッと下がっていたのだ。その為、つい口を滑らせてしまった。
まさか、魔族領の集落を魔物から守る為に方法を探しに来ましたとは言えない。言っていい情報と悪い情報を頭の中で取捨選択しながら回答する必要があった。
「え、えっとぉ……アタシが住んでいる村が、よく魔物に襲われて家が壊されたりしてるから、なにか村を守る方法がないかなと思って探してるの。多分、アタシの住んでる村ってプロカルくらいの規模の村だから、もしかしたら参考になるかなと思ってプロカルを目指してる。最近魔物が増えて討伐してもキリがない状態だから……」
嘘は言っていない。住んでいる(魔王城の近くの)村が、よく魔物に襲われているのだ。討伐(殲滅)しても魔物が増えて(湧いて)キリがないのだ。
それを聞いたヴァラロスはディアの服を見て納得する。こんな町娘が出てくるくらいである。ディアから聞いた話だとかなり強い魔物が頻繁に襲ってくるのだろう。並の冒険者なら瞬殺されてしまうんじゃないかとヴァラロスはディアの故郷を考え恐ろしく思う。
「プロカルに行って参考になればいいんだが……。あそこそんなに強い魔物は出てこないからなぁ……。そうなると、やっぱり村の防衛強化にある程度お金がいるよな?」
「う、まぁ……そう、だね」
ヴァラロスの言葉に歯切れの悪い返事をするディア。正直、ディアが村の防衛強化を依頼をすると言うことは、魔王からの命令である。魔王の命令を受けて配下の者たちでことにあたり、材料の調達から実際の施策実施まで全てを配下の者たちで実施する。その際は王城の資産を使うことになる為、特にお金に困ることはないのだ。ただ、お金を使うという点では正しい。その為に歯切れの悪い返事となった。
それを知らないヴァラロスは、ディアにさらなるお金が必要だと考えてある提案を持ちかける。
「そこで、だ。ランクをCまで上げる気はないか?」
「Cランクに……?」
「そう。パーティメンバーが全員Cランクならひとつ上の依頼。つまりBランクの依頼に挑戦できる」
「それって……」
ディアがそれを聞いた瞬間にある依頼を思い出す。報酬は確かにいい。確かにいいが対象が骨の折れる相手である。
「ディアとならいけそうな気がするんだわ。そこでだ。俺も協力させてくれ。依頼を一度に複数受ける」
「……はぁ? だって、それはひとつひとつがおざなりになるから辞めろってヴァルも言ってたでしょ?」
「事情が変わったからな。俺の目的は竜種を根絶する事だ。まず足掛かりとして今ある依頼を受けたい。その為なら多少の意地は捨てる。頼む」
そう言って頭を下げるヴァラロス。これだけは譲れないとばかりに頼み込む。それを見たディアは複雑そうな顔をしてぼそっと言葉をこぼした。
「……一ヶ月」
「なに?」
「一ヶ月がアタシに残された期限。それまでにアタシの目的を達成しつつ、ランクを上げて、竜種の討伐を終わらせる。それが出来るなら協力する」
ディアはそれ以上は妥協できないと言った様子でヴァラロスに条件を突きつける。それを受けたヴァラロスはニッと笑いお礼を言う。
「ありがとうな。そうと決まれば善は急げだ。急いで依頼を受けよう」
「…………まだ食べてる。あともうひとつ条件追加」
ヴァラロスはその言葉で息を呑む。ただでさえ時間的条件が厳しいのだ。他に何を要求するのかと身構える。
「…………またランクアップしたらなんか奢って」
「…………は? そんなこと?」
「うん」
「…………あっははは!」
ヴァラロスが一瞬狐につままれたような顔をするとすぐに笑い出した。
「いいぜ。それくらい。ランクアップしたらお祝いしなきゃだもんな」
「約束だからね」
「おう! 任せておけ」
ディアは個人として祝われることなどほぼない。魔王としての責務を果たすだけで、誰にも褒められることはないのだ。もちろん、部下から慕われており、褒め称えられることはある。だが、所詮は社交辞令であり、部下からヨイショされているだけと感じてしまう。そんな中ドミニクがディアの実力を認め異例のランクアップを認めたり、それをヴァラロスが祝ってくれたのは、本当にディア個人を認め、ディア個人に対して褒賞を与えるものである。それらがなんとも心地よかったのだ。だからついディアらしからぬ要求をしてしまった。だが、それも仕方のないことである。ここまで自由に好き勝手出来ることなど、本来はありえないのだから。
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