8.初めての共同作業
ヴァラロスが手続きを済ませ、ディアに荷馬車に乗るように促す。言われるがままに荷馬車にディアが乗り、それを確認したヴァラロスは馬へ跨ると街道に向けて馬車をひく。馬を操った事があるのかその様子は手慣れたものだった。
「……ヴァル、馬の扱い上手いじゃん」
「……どうも。昔御者の仕事もした事があってな。その時に身に付けた」
「ふーん。苦労してたんだね」
「そうだな……。まぁその経験があったから今馬が引けるんだけどな」
「そう……前向きなんだね」
「前に進まないと何も出来ないからな。止まってても腹が減るだけだ。それなら前に進んで食いもん調達した方がいい」
「……ふーん。前に壁があったら?」
「よじ登るか壊すかだな」
「迂回はしないんだ」
何気なく会話しているがヴァラロスは嬉しかった。今まで人に褒められる事があまりなかった為、少し驚いたのだ。そのせいか、普段あまり口にしないような事まで口走ってしまう。自分でも驚くほど前向きな発言が飛び出していた。
かたやディアも感心していた。最初はヴァラロスの馬の扱いが上手くて軽く嫉妬をしていたが、ヴァラロスが自分の過去を隠さずに答えてくれた為、毒気が一気に抜けたのだ。普通は会って翌日の他人に身の上を話したりしないだろう。ましてやヴァラロスのことだ。昨日会話しただけでも、無闇に情報をひけらかすような事はしない人だとわかる。それなのにディアに対して無警戒に身の上を話している。それだけでもディアにとって好印象だったが、その発言がすごく前向きなのだ。ヴァラロスが今までどのような人生を歩んできたかなんて分からないが、少なくとも職を転々としていたのは間違いない。職が変われば覚える事も変わる。使う技術も変わる。全てが新しい環境になるという事はそれだけストレスが溜まるはずなのだ。それなのにも関わらずこの短時間の会話でさえ常に前向きな回答が来る事にディアは心地よさすら感じ始めていた。
そんな他愛もない話をしたり、景色を眺めているとすぐにウルフとの遭遇報告があった場所へと到着するのだった。
「そろそろ到着だが……どこにも見当たらないな」
ヴァラロスが辺りを見回してもどこまでも広がる草原があるだけで生き物が見つけられなかった。
ヴァラロスが馬の足を緩め辺りを観察していると荷台からディアが飛び降りた
「お、おい! 危な「ヴァル! 来るよ!」
「っ!?」
ヴァラロスの静止の言葉を待たずにディアが叫ぶ。ディアが向いている方向を見るとちょうど草むらの茂みからウルフが飛び出してくるところだった。
「アイスランス!」
ディアが魔法を唱えると氷の槍がウルフめがけて発射される。その氷の槍は寸分違わずウルフの心臓を貫く。
キャウンッ!
一瞬の出来事で呆然とするヴァラロス。無意識に剣を引き抜いて防御の構えをしていたのは流石といえよう。
自分が呆けていた事に気づいたヴァラロスはディアとは反対側へ馬から飛び降り剣を構える。
「数は!? 場所はわかるか?」
「1時の方向3m先に2体! こっちは任せて!」
「分かった!」
ディアに場所を聞き剣先をその方角に向けるとちょうどディアが言った距離のところの茂みが動き2体のウルフが飛び出してくるところだった。
「ふっ!」
力を入れて剣を振るヴァラロス。飛びかかったウルフの首を正確に切り落とす。一体目を切り伏せた後は、身体を回転させ剣の勢いを活かしたまま二体目も切り伏せる。ウルフ程度であればたとえ2体で飛びかかられようともヴァラロスにとって敵ではない。
「ウィンドカッター」
声がした方向を見るとディアもウルフを追加で2体倒したところであった。
「他は!?」
合計5体のウルフを倒した後も警戒を緩めないヴァラロス。一方のディアは辺りに他の気配がない事を確認し警戒を緩める。
「大丈夫。もういない」
「……そうか。しかし、大したもんだな。あ、いや悪い。俺がもっと警戒しておくべきだった」
冒険者として先輩であり、Cランクであるヴァラロスはウルフの襲撃に対応できなかった事を謝る。本来であればヴァラロスが襲撃を予測し指示を出すべきところであった。
しかし、ディアは首を横に振った。
「あれは仕方ない。むしろよく初撃で剣を抜いたなと思った。大抵の冒険者なら武器を構える間もなく馬から落とされてるよ」
「大抵の冒険者ならって……お前、冒険者登録したばっかじゃん……」
「…………村で魔物との戦いを見てたからそう思ったの。アタシの故郷だとあんなの日常茶飯事だし」
「なにその村! 怖すぎるんですけど!?」
一瞬言葉に迷ったディアであったが、適当に返答する事にした。特段出自がバレるような事もなさそうだし、ウソは言っていない。ただ、その結果、ディアの故郷がものすごく危険な場所認定されることになった。
「それにしても、よくウルフの場所がわかったな」
「魔力」
「魔力?」
「ウルフから漏れ出るわずかな魔力から位置を特定できる。……逆に、ある程度近付かないと分からないから気付くのが遅くなっちゃった」
「いや、十分だろ。ありがとうな」
「ん。でもヴァルひとりでも対処できてたと思う」
「どうだかな、今回は左右の道から挟まれてたから危なかったと思う。俺は無事でも馬が危なかったかな」
そう言いつつ馬の背中に手を置くヴァラロス。すると、馬の様子がおかしい事に気づいた。
「……おい、この馬」
「……すごく器用だね。……立ったまま気絶してる」
襲撃された瞬間からおとなしいとは思っていたが、まさか気絶しているとは。しかも立ったままで。
もし、馬が暴れていたらヴァラロスが落馬していた恐れもあった為、結果的によかったが、馬にとってはこの世の終わりに等しい瞬間であったのだろう。どう考えてもウルフが飛び出した瞬間から捕食される未来しか見えない。あまりの恐怖に気絶してしまったようだった。
「参ったな……これじゃ他の場所に移動が出来ない……。いや、移動は必要ないか」
ヴァラロスが落胆しかけた直後に考えを改めディアの横へつくと剣を構えて草原へ向き直る。同じタイミングでディアもヴァラロスが見る先を警戒していた。
「分かるの?」
ディアが問いかける。その言葉は新手が来ていることを肯定していた。だが、ディアの言葉にヴァラロスは首を横に振り答える。
「勘だ。ただちょっとあそこの茂みが不自然に揺れたような気がしてな」
ヴァラロスの回答に肩をすくめるディア。肩をすくめながらもディアは笑っていた。
「なにそれ。でも正解。来るよ!」
ディアが声を大きくしてヴァラロスに合図した途端、ウルフが再び飛び出してきた。それをヴァラロスが簡単に切り伏せる。
「ヴァル! 右から回り込んできてる!」
「!? おうよ!」
ディアの助言を受けてすぐに頭を切り替えるヴァラロス。するとすぐにもう2体のウルフが飛びかかってくるところであった。
「ふん!」
分かっていれば対処は簡単である。ウルフの最大の武器はその隠密性であり、場所さえ分かってしまえばどうということはない。
「よし。そっちは?」
「もう終わったよ」
ヴァラロスが振り向くと、恐らく同じタイミングで襲撃があったのだろう。ウルフが2体横たわっているのが見える。ディアが涼しい顔をしていることからウルフ2体程度なら余裕ということだろう。
(この実力……ドラゴン複数体を相手にしたって……本当なのか……?)
ヴァラロスがディアの実力を推測っている、ディアが声を掛けてくる。
「……本当にこれでおしまいみたい。これ、どうする?」
ディアが戦闘終了を宣言し、横たわるウルフたちを指差す。流石に街道に放置するわけにはいかない。もし放置すれば他の魔物を呼び寄せる恐れがある。二次被害を誘発しかねない為、適切に処理をする必要があるのだ。
「そうだな……ちょうど荷台あるし、乗せて帰るか。ギルドに渡せばいくらか素材として買い取ってもらえるだろう」
「ふーん」
「毛皮にしても、肉にしても用途はある……はず」
「はずってなに……まぁ品質は保ったほうが良さそうだね。ヴァルー、まずこれ荷台に乗っけて」
「……え、俺だけで?」
「アタシに何を期待してるのかな?」
ディアがさも当然のようにヴァラロスに依頼する。ここには合わせて10体のウルフが横たわっている。それを全てヴァラロスに押し付けようという魂胆のようだ。
ただ、ヴァラロスとしても分かっている。見た目は町娘のディアである。その腕は華奢でとても力仕事が出来るようには思えない。その為、無理にディアに手伝わせるのも気が引けていた。気は引けていたが……
「……ここは普通、手伝うって言ってから俺が断るところだろ。なんで、さも当然のように俺にやらせようとするのさ……」
「ほら、アタシ魔法結構使ったでしょ? ちょっと疲れちゃったし、そもそもアタシ自身ウルフを持ち上げられる気がしないし。ヴァルならなんとかしてくれそうだなーって」
ディアがそういうと頭を抱えるヴァラロス。言いたいことはいくつかあるが言っても仕方がないとわかり諦めるしかない。
そんなヴァラロスの気持ちを察したのかディアがフォローを入れる。
「ごめんね。こればっかりは出来そうにないんだよー。その代わり、乗せた後はアタシに任せてよ」
「任せるって、何をだ?」
「いいから、いいから」
ディアがそう言うので渋々ウルフを荷台に乗せるヴァラロス。実は、ディアはやろうと思えばウルフ程度軽く持ち上げられる。だが、魔法を連発したことで生命力を使ってしまい、ほんの少しだけ疲れてしまった為にヴァラロスに任せようと思ったのだ。……という建前である。実際にはそんなに疲れてはいないが、ヴァラロスなら任せられそうだったから任せてしまったのであった。
「がんばれー」
「お前、絶対元気だろ!?」
近くの石に腰掛けヴァラロスに手を振るディア。ヴァラロスに元気と指摘されるとディアは大袈裟に自分の肩を揉んで疲れているアピールをする。……決して面倒くさかったわけではない。そんな事を自分に言い聞かせるながらヴァラロスを頼るディアであった。
◇ ◇ ◇
「ありがとう。じゃあいくねー」
ウルフを荷台に乗せ終わるとディアが手を前に出し何やら魔力を込めているようだった。すると、ウルフの山が次第に白く見えるようになる。よく見ると霜が下りており、ウルフが凍りついているようであった。
「肉も使うんなら出来るだけ冷やしておかないと。あとは、馬を起こすからヴァルは荷台に乗ってて」
「……いや、乗れないだろこれ」
「……そうか。じゃあヴァルが御者してる後ろに乗せてもらおうかな。はい、起きて起きて。帰るよー」
ディアが呼びかけると馬がブルブルと震え出す。一瞬何が起きたのかわからない様子だったが何事もなかったかのようにその場に佇む馬。その様子を見てヴァラロスは馬に乗ってみるが問題はないようであった。
「よし。じゃあ後ろ乗る」
「これ、乗れるか?」
「いけるでしょ。アタシ軽いもん」
そう言ってディアがヴァラロスの後ろに乗り込む。乗る際にヴァラロスが馬の上から手を引いてやっと乗れた。服装がワンピースのような構造をしている事から跨ることが出来ない。横座りでヴァラロスにしがみつくような形となった。
「お、おい。危なくないか?」
「ヴァルに掴まってれば大丈夫でしょ。……ん? もしかして恥ずかしがってる?」
「ひとりで掴まれないのかって言ってるんだよ!?」
正直照れくさく思うヴァラロスをディアが茶化す。その後、来た道を折り返して帰る際にディアが報酬が金貨1枚分である事、毛皮でどれだけ稼げるかなど嬉々として話している。その様子はとても楽しそうであり、ヴァラロスも自然と顔が綻ぶのであった。
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