As6.綴られた記憶、未知への探究
先日のクラーケンとの邂逅で生命力を消費したヴァラロスはベッドの上で自身の日記を振り返っていた。
『パエニンスラに着いた翌日、オーディーンと一緒に船に乗っている。まさか、自分で船を作っていたなんて思いもしなかった。しかも、ちゃんと商売のことを考えていた。どう考えても商売の神だろ、アレ。ただ、出発日を予め決めていたとか、船の準備が出来ているだとか、まるで全て見通していたかのようだ。正直、得体の知れない恐怖を感じる。いったいどこまで視えているのか……。だが、今はそれに乗ってやるしかない。消えた記憶の中のあの人に会うためには。しかし、この船はすごい。試運転も兼ねた初めての客ということで乗船はタダにしてもらえたが、本格的に運行が始まったら大変なことになるだろう。もはや革命である。まず、波が強くてもそこまで大きく揺れない。船旅は海の状態に大きく左右される。多少の荒波ならびくともしないのだ。次に施設。風呂は試運転のため大きな浴槽一つであったが、十分な広さで満足できた。全ての湯を堪能できたら、七日間船の上でも飽きずに楽しめるだろう。食堂もすごい。今回はオーディーンが職人含め全員の食事を用意してくれた。調理場を覗かせてもらったが、清潔感あふれており、そして、とても機能的である。本来何人もの料理人がいて調理するのだろう。とても広い作りとなっていた。ここばかりは今が一番いいかもしれない。神の料理が食べられるのだから。忖度なしにオーディーンの料理は美味しい。甲板からの眺めもよかった。明日からも楽しみだ』
『乗船二日目。料理は美味しい。風呂も良い。だが、気付いてしまった。暇である。確かに乗っているだけで目的地に着くのはありがたいし、とても楽だ。ただ、なんとなく身体を動かしたくなる。まるで、毎日依頼をこなしたり、トラブルが次々と起こるのをどうにかしていたかのように、身体が今の状況にもどかしさを感じている。オーディーンにそれを伝えたら、トレーニング室を失念してたと嘆いていた。なにか、他の娯楽もあった方がいいと思うが。……だが、折角の機会だ。たまにはなにもせずに、ゆっくりと休むことにしよう』
『海、海、海……。なにもない。時折飛んでいる渡り鳥を見つけて気分が少し高揚するくらいだ。オーディーンに竿を渡されて釣りもやってみたが、何時間やってもなにも釣れなかった。そもそも、船が移動してるのだ、釣れるわけがない。それでも糸を垂らしたのは、ひとえに暇であったからだ。特になにもなかったので風呂を満喫して寝ることにする』
『この日記は二日後に書いた。その日はクラーケンが現れた。伝説の怪物がまさか実在するなんて……。後から聞いたが、オーディーンがなかなか帰ってこなかったのは職人達をひとりひとり眠らせていたかららしい。こんな魔物が出るなんて知られたら今後の航行に影響があるだろう。だから、誰も出てこなかったのだ。……どうやら、この船に結界を張ったとかで向こう1000年は襲われることはないと言われた。そもそも、今回も襲われるはずはなかったとのこと。だが、事実襲われた。きっと、何か要因があったのだろう。……しかし、あの魔法はなんだったのだろう。自然と頭に浮かんだ魔法。アイスランス。初めて見て、初めて使ったはずなのにも関わらず、どこか懐かしく感じる。この魔法、まだ上手く扱えないが、いつか上手く扱えるようになる頃には、会えているだろうか。また、何か夢を見た気がした。だけど、なにも思い出せない。きっと、大切な記憶。取り戻しかけて、再び消えた記憶。いつか取り戻してみせる。そんなことを思いながらその日は寝た』
『ずっと意識を失っていたようなので書くことなし。』
『今日はやっと身体を起こせるようになった。気付けば一日中意識を失っていたのだとか。これでペンを持ち、日記を書ける。……最近は日記を書かないと落ち着かない。また、記憶がなくなってしまうかも知れないと思うと不安でたまらなくなるのだ。今回、もしも日記が無かったら、神のことなど知る由もない。パートナーがいたことも信じられなかっただろう。だが、気がかりな点がある。なぜ、俺はパートナーのことを詳細に書かなかったのか。一緒に依頼を受けただの、昇級して飯を奢っただの書かれていたが、肝心な素性についてはなにも書かれてはいないのだ。いったい何故だろうか。……当時の自分は、日記にその詳細を残すことを避けたのか……。この徹底っぷりを考えるに、何か理由があったのだろう。日記に書くことで他人に見られるリスクがある。自分ならそう考える。つまり、他人には知られたくない何かがあったのだろう。きっと、それがいなくなってしまった原因だと思う。いつか、その秘密を知ることができるのだろうか。そう信じて、その日も寝ることにした』
そして、今に至る。日記を改めて読み返してみて気付いた。これは意図的に情報を伏せているのだと。ここまで綺麗に痕跡を残さないのは意図的にやらないと無理だ。どうしても、どこかでボロが出る。しかし、この日記にはそれがない。きっと、何か重要な情報が抜けている。そんな気がした。
コンッコンッ
ベッドに転がりながら日記を読んでいたら、部屋の扉をノックする音が聞こえた。いったい誰だろう。一瞬そう思ってはみたものの、訪ねてくる人なんて一人しかいない。
「入るぞ。調子はどうだ?」
「おかげさまで、だいぶ回復した。ありがとう」
オーディーンが部屋に入るなり調子を聞いてくる。ここ数日看病してくれており、世話になっていたため、素直にお礼を言った。オーディーンは気にも留めない様子で「いいってことよ」と言ったものの、その顔は少し照れくさそうだった。
「そんな事より、見えてきたぞ。ポルトゥスが」
「えっ? もう到着したのか?」
ヴァラロスが驚く。もっとかかると思っていたし、感覚的にそんなに経っていないように思えたのだ。
「お前は丸一日寝てたからな。まぁ、アレの出現でちょっと速度を上げたのもあるが、もう到着だ」
アレと表現はぼかしているがクラーケンのことだろう。確かに、あんな化け物がいる海はさっさと抜けるに限る。
ヴァラロスがまだ呆けているとオーディーンが手を差し出す。
「さぁ、次の街だ」
「……やっぱ同行者がなぁ」
「お前なぁ……」
軽口を言い合いながらもヴァラロスはオーディーンの手を取って立ち上がる。立ち上がったヴァラロスは日記を丁寧に鞄にしまい、パパッと身支度を済ませ、オーディーンに言った。
「さぁ、行こう!」
世の中まだ知らないことがたくさんある。知らない何かを求めてヴァラロスは新しい一歩を踏み出そうとしていた。
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