As5.心に刻まれた魔法、淡い面影
数日間船で揺られていたところ、事件は起きた。
「……ん? あれはなんだ?」
見渡す限り海、海、海……。そんな何もない景色に飽きてきた頃、西の方角に何かが見えた。一瞬島かとも思ったがどうやら違う。それは動いているように見えた。だが、あれが生き物なら巨大すぎる。少し不安を覚えたヴァラロスはオーディーンに確認することにした。
「お、おい。西の方向になにかいるぞ!?」
「あぁ? 西の方向って……ったく。なんでアレがここにいるんだ……」
オーディーンはその巨大な影に覚えがあるようだ。しかし、あたかも、ここにいることが予想外といった反応をする。その反応からもその影が好ましくないものと容易に想像ができた。
「ちょっと槍持ってくる。いいか? 余計なことはするなよ?」
「槍でどうにかなるもんなのかアレっ!? 余計なことどころかなんもできねぇよっ!!」
オーディーンは話し終わると船内へ槍を取りに戻る。余計なことをするなと言われたが、むしろ、足止めしろと言われたところで何もできないだろう。ここは大人しく待つに限る。腐っても神だ。きっとこの場をどうにかしてくれるだろう。
…………そんなことを考えていたヴァラロスは後悔した。
「まだかーーー!? もう結構近づいてきてるんだけどっ!!?」
オーディーンが船内に戻り結構時間が経った。巨大な影はもうかなり接近してきており、その姿が肉眼で確認できるほどになっていた。あれは、きっとクラーケンだ。
はるか昔、海を渡る船があると、その巨体を使って海にひきずり込む魔物がいたという伝説が残っている。誰も確認なんてできなかったため、ただの伝承かと思っていたのだが、実在していたとは夢にも思っていなかった。
「もう危ないって!? 何かできることは……というか、他の人はどうしたっ!? なんで誰も出てこない!!?」
そう、不思議なことに誰も出てこないのだ。この緊急事態、誰もが確認に来るはずだろう。だが、誰もこない。この異常な状況にヴァラロスは冷静さを失っていた。
「くそっ! こんなところで……。ん……? なんだ?」
その時、ある魔法が頭に浮かんだ。自分では使ったことはない。だが、この身体とこの心が見ている。
それは、追い求めていたその人の面影。だが、今はとても心強い魔法である。
ヴァラロスは、身体が覚えているその姿を真似て、手を大きく天に掲げて叫んだ。
「アイスランス!!」
その巨大な魔物に対して魔法を展開するヴァラロス。無数の氷の槍が宙に展開されヴァラロスの指示を待つ。それを見たヴァラロスはニヤリと笑い、天に掲げていた手を標的となる魔物へと振り下ろす。すると、宙に浮いていた氷の槍が標的目掛けて一気に襲いかかる。
その様子は、まるで高位の魔法使いのようであった。
「ーーーーーーーーー!!?」
攻撃を当てられた魔物は急な攻撃に戸惑い暴れる。その様子から、攻撃が有効であることを意味していた。
「よし! これなら……あれ……?」
急に力が抜けるヴァラロス。この症状は知っている。魔力切れと呼ばれる現象だ。魔法を使いすぎて魔力の元となる生命力が激減したんだ。そう理解した頃には遅かった。ヴァラロスの身体は糸の切れた人形のように崩れ床に伏した。
(くそっ……せっかくの有効打なのに……こんなんじゃ折角教えてもらったのに笑われる……。……あ? 誰に笑われるんだ……? 教えてもらった……?)
ヴァラロスの中で何かが開きかけたその時、とても馴染みのある声が聞こえてくる。
「ったく。余計なことはするなと言っただろう。とりあえず、アレをどうにかするか。悪いが航行の邪魔だ。遠くに行ってもらおう!」
そう言うと、オーディーンは持っていた槍を構えてクラーケン目掛けて投げた。気のせいだろうか、朦朧とする意識の中、オーディーンの持っていた槍が赤く輝いていたように見えた。そして、槍を投げた瞬間、空間が裂けるような錯覚を覚えた。
「ーーーーーーーーーーー!!!?」
巨大な体が暴れるのを感じたがすぐにおさまる。きっと、魔物が海深くへと逃げたのだろう。あんな魔物が存在するなんて、世界はまだまだ知らないことが多いらしい。そんなことを思いながらヴァラロスは意識を手放すのであった。
『…………ァル』
どこか聞いたことのある呼び方。
『…………ヴァル』
それは懐かしい人。守れなかった相手。
『守ってくれてありがと!』
いや、違う。昔の幼馴染じゃない。あいつは守れなかった。じゃあ、誰を守った?
『すっごくかっこよかったよ♪』
誰だ。でもとても心地よい。恥ずかしく感じるがそれ以上に幸福感がある。ずっと一緒にいたいと思う。いったい……誰なんだ? なんだ、何故だか焦燥感に駆られる。まるで、今すぐ追いかけないといけないと感じるのだ。そう感じた時に、目の前にぼんやりと影が揺らめき、その姿が映し出されそうになる。しかし、その影から残酷な言葉が伝えられ、その姿は霧散する。
『バイバイ』
「待ってくれ!!!!」
「うぉっ!? いきなり叫ぶなよ、心臓に悪い……」
「あ、あれ……?」
「大丈夫か? だから余計なことはするなと……まぁ、涙が出るくらい疲弊してるんだ。今はゆっくり休め」
そこは船の一室であった。オーディーンが運んで看病してくれていたらしい。
涙が出ていると言われハッとするヴァラロス。しかし、何故か分からない。おそらく夢を見ていたのだろう。だが、なに一つ覚えていないのだ。不思議な気持ちにもやもやしながらも、今は消耗した生命力を回復するためにベッドで休むのであった。
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